【開幕】《神風天覧試合》、始まりの儀 其の七




 ひとまず観察を終えた洋は、忍野に助け船を出すことにした。

「おいおい。いい加減、忍野に説明させてやれよ」

「ちょっと。なんであんたが仕切んのよ」

 食ってかかったのは、宮山たつきだ。 

「仕切る役目の忍野が押されてっからだよ。

 グダグダ言うなら、ルールを全部聞いた後にしろ。

 それならオレも文句ねえ。先に引き上げられるからな」

「……豚の分際で、生意気な」

「人間様を名乗るなら、他人ひとの話くらい聞きやがれ」

 睨み合う洋と烏京だが、結果的に騒ぎは収束した。

「洋殿、かたじけない」  

 一礼すると、忍野はおもむろに口を開いた。

「それでは改めて、《天覧試合》のルールを説明いたします。

 本戦は総当たり戦となります。

 《神風》にはあらゆる状況への対応が求められます。

 皆様の技前を少しでも多く試したく、この形式を採りました。

 連戦は行いません。試合間隔は七日程度とお考え下さい」

「十五試合だと百五日。三ヵ月半くらい?」

「夏までかかんのかよ。長すぎンだろ」

「それより、試合そのもののルールはどうなんだ」

 急かす烏京に忍野がうなずいた。

「試合の形式は一対一。私、空木 忍野が立会人を務めます。

 武器の使用は無制限。禁じ手はただ一つ。

 対戦相手を殺した者は、《神風》になる資格を失う──

 ゆめゆめ、お忘れなきよう」

 御所の闇が、束の間、本来の静寂を取り戻した。

「……え? 今の衝撃受けるとこ?」

 一同が声を失う中、ただ一人、目を丸くしたのは宮山たつきだ。

「あんたたち、どんだけ殺し前提なわけよ」

「いやあ、こいつは結構エグい条件だぜ、巫女さん」

 不思議そうな巫女に、洋が応じた。

「あんたは違うかもだが、ここにいるのは殺しを前提に鍛え上げた連中だ。

 殺すより殺さない方が遥かに難しい。相手が殺す気ならなおさらだ」

「お互い殺さないルールなら、条件は同じでしょ」

「息をするより気軽に人を殺せる連中だぜ。

 熱くなった相手が、手加減を忘れたらどうする?

 自分は命賭けだが、相手は失格になるだけだ。

 この条件でルールを守るには、実力以上に胆力がいるぜ」

「そう?」

 たつきは納得のいかない様子だ。洋はため息をついた。

 この自信オバケはともかく、蝙蝠傘やピンク髪が面食らうのは当然だ。

 例えるならカーレースではなくチキンレース。人道的に見えて、これほどえげつないルールもない。

「しっかし、選抜の条件が殺しで、本戦が不殺とはな」

「活殺自在こそ《神風》の神髄なれば」

「気軽に言ってくれるぜ」

 澄まし顔の忍野に肩をすくめたものの、洋自身はこのルールに不満はない。武の高みではあるが、活殺自在は洋も目指すところだ。忍野相手に実践もしている。

 問題は、ブレーキの壊れた蓮葉を止められるかだ。

 まかり間違えば、初戦で失格になりかねない。洋が傍から止められるルールなのか、まずは確かめておく必要がある。

「幾つか、確認しておきたい」

 黒装束の烏京が、最初に手を挙げた。

「死合いでなければ、何をもって決着とする?」

「《必至》──即ち、一方が生殺与奪の権を握れば」

「不殺以外に、制限はないのか?」

「場外に関する制限はありますが、他はございません。

 場外については、後ほど説明いたします」

「つまり、殺しさえしなければ、何をしてもいいと?」

「然り」

「毒は?」

「不問です。毒殺は失格となります」

「不殺の定義を問う。

 ほどなく死に至る状態はどう扱う? 例えば大量出血だ」 

「生殺与奪の名の通りです。

 決着の後、手当によって死を免れるならば、不殺と見なします」

「手足をバラそうと?」

「問題ありませぬ」

「なるほど」

 黒衣に覆われた口元に、昏い笑みが浮かんだ。

「総当たり戦とは名ばかりの潰し合いというわけだ」

「いえ、そうはなりませぬ」

 忍野が紫宸殿の方に振り向くと、陰から白い人影が現れた。

 白装束に身を包んだ少女である。濡烏ぬれがらすの黒髪、顔立ちは曖昧だが二十歳はたち前。曖昧な理由は、目頭に巻かれた白帯にある。明らかに視界を塞がれながらも、その足取りに迷いはなく、一同の前に進み出て一礼した。

「空木 八海やつみと申します。お見知りおきを」

「ああ、聞いてた妹さんか」

「左様。この者が、決着した双方の治療を行います。

 空木の体質は皆さまご存じの通り。妹は、その加護を他者に施せます。

 どのような怪我であれ、たちどころに完治せしめます。

 ただし、その力は万能にあらず。私と違い、死に至った肉体は甦りません。

 また、決着の場に八海が駆け付けるには、しばしの時を要します。

 治癒に過信を抱かれぬこと、あらかじめお願い申し上げます」

「なるほどねえ。そういうことか」 

 自己主張が強いタイプではない忍野が、選抜戦で不死の体質を誇示したのは、この救済措置の説明のためだろう。確かに体験していなければ、にわかに信じがたい能力である。他の候補に異論がないのがその証拠だ。

「おっぬギリギリまで殺し合えってか」

「まるで修羅道だな」

 浪馬が毒づき、烏京がつぶやいた。

 六道の一つ修羅道は、闘争だけの世界という。亡者が殺し合い、死んでも甦っては闘い続ける、永劫に続く地獄である。 

「ご不満ですか?」

「いや、願ったりだ。続けてくれ」

 烏京に促され、忍野は説明を続ける。

「《必至》については、補則がございます。

 生殺与奪を取ったと立会人が見なし、決着を宣言する。

 ですが、皆々様は私より格上の武人であります。

 私の認めた《必至》が、《必至》ならぬ事態も起こり得るかと」

 忍野の言うところは、つまりこうだ。

 喉元に刃を突きつければ、普通は逃げられない。故に《必至》、生殺与奪の権を奪ったと見なす。しかし忍野の集めた六名は普通ではない。忍野には無理でも、自分は喉の刃に対処できる──そう主張する可能性がある。

「そのような場合には、《異議あり》の申し出を行ってください。

 立会人はすみやかに決着を撤回し、試合を再開いたします。

 ただし再開後は、異議を申し立てた者は禁じ手の適用外となります。 

 また、異議を受けるのは一度きり。二度はありません」

「つまり、異議を唱えれば、《必至》の状態から試合を再開できる。

 できるが、以後、相手は自分を殺してもお咎めなし。

 自分は殺しを封じられた状態のまま、試合継続ってことか」

「然り」

 たつきが、まじまじと洋の顔を見た。

「あんた、脳みそまで脂肪じゃないのね」  

「そこはせめて、筋肉って言えよ」

「飛び道具の《必至》は、どう取る気だ?」

 烏京の質問である。

「寸止めが適わぬ以上、飛び道具の《必至》は認め難いかと。

 避けることも受けることも出来ぬ状況であれば、或いは」

「……ふん、まあいい」

 次に手を上げたのは、巨人に乗った少女だ。

「互いに《必至》がかかった場合には?」

 声色は幼いが、鋭い指摘である。

 武器格闘において、相討ちは少なくない。技量が伯仲すればなおのことだ。

「双方いずれかに継続の意思があれば、分けて続行します。

 異論がなければ、引き分けとなります。

 引き分けの配点は双方に星一つ。

 なお、勝利には星二つ。不戦勝は一つ。敗者に星は付きません」

「点数制かヨ! 最初にそれを言えよ、馬鹿」

 浪馬の茶々に、忍野は冷ややかな一瞥をくれる。

「なお、試合の妨害や公平な比武に水を差す行為には、星の減点を行います。

 基準は明かせませぬが、立会人の一存と考えていただいて構いません。

 お忘れなきよう」

 露骨な釘指しに周囲は沸き、槍使いは舌打ちした。

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