【開幕】《神風天覧試合》、始まりの儀 其の六
「──総当たり戦?」
丑三つ時の紫宸殿に点された篝火。立ち並ぶ六つの影。
光の輪に浮かぶ顔ぶれは個性豊かで、相似性は皆無だったが、この時ばかりは異口同音、同じ言葉が飛び出した。反応しなかったのは蓮葉と巨漢、それに巨漢の肩に座った少女だけだ。
「総当たりって、つまりはリーグ戦ってことか」
洋も驚きを隠せない。
武道や格闘技に於いて、総当たり戦を採用する例は稀である。
一番の問題は怪我だ。勝ち抜き戦に比べ、総当たりは試合数が格段に多い。
大相撲は総当たりに近い興行形式だが、怪我は日常茶飯事である。短時間で決着のつく大相撲でさえそうなのだ。ましてや《天覧試合》では武器を用いる。想像を絶する過酷さであることは、想像に難くない。
「六人全員でか?」「勝ち抜き戦じゃなくて?」「おいおい笑えねーぞ、忍野」
意見と質問が、矢継ぎ早に忍野に降り注ぐ。その様子に、洋はまず自身の口を閉じた。運営方針に異を唱えたところで、変更されるはずがない。無駄口は嫌いではないが、今は周囲を観察し、対戦者を把握する方が得策と見た。
「──
命を賭してこそ真の決着──音に聞く《神風天覧試合》も底が知れる」
そう断じるのは、松羽 烏京。御所の門上で洋をブタと罵った男である。
190近い長身痩躯にひょろ長い手足。目元以外を覆った黒装束。両の袖は不自然に大きく、
その烏京の主張は、総当たり戦がヌルいという指摘だ。死合い、すなわち命を取り合う勝負ではなく、寸止めなどの不殺を前提とすることへの不満である。総当たりと死合いは相容れず、この推察はおそらくは正しい。
とはいえ。自らを殺させるという選抜を行った忍野が、ただの寸止めを要求するとは洋には思えない。松羽 烏京は馬鹿ではないが、柔軟性にはやや欠けるか。そして死合いに並ならぬ執着を持っている。
「六人かける六人で、三十六……じゃない、三十試合?」
「十五試合だ」
「あ、半分ね。どのみち全員に勝つし、いいんだけど」
これは
巫女は神社由来であり、道々の輩とは無縁に思われるが、そうではない。明治以前は歩き巫女、梓巫女といった流浪の民であり、遊女に近い営みも行っていた。彼女らが姿を消したのは、1873年発令の巫女禁断令によるものである。
六人の候補者中、間違いなく最軽量だが、少女の態度は小型犬のように尊大だ。全国より選抜された怪物たちに囲まれ、気圧される様子の一切ない鼻柱の強さは、彼女の鈍感さ故か、圧倒的な実力の賜物なのか。少女の手に武器はなく、流儀を読むには手掛かりに欠ける。せめて神社の名がわかれば、と洋は思う。
盤石の自信以外に、たつきから読めるのは緊張感のなさだ。他と比べ、この少女には明らかに気負いがない。あるのは好奇心ばかりで、初めてのカフェでメニューを広げたような顔をしている。勝ち負けにこだわらないタイプなのかもしれないが、仮にも自身の生死を賭ける話で、この達観ぶりは異常に過ぎる。
「はるばる九州から来てやったってーのにヨ。
総当たりとかヌルいことやってられっか。テメー腹切れや忍野」
野次を飛ばす
そんな浪馬の台詞は、意見というより野次の類だ。明らかに本気ではなく、場を混ぜ返したいだけである。性格がねじ曲がっているのか、延長戦を迎えた反抗期なのか。この《天覧試合》の場でふざける度胸はたいしたものだが、たつきほどの底知れなさは感じない。派手なチンピラという印象だ。
浪馬については、その苗字の方が気になった。
浪馬の得物は古めかしい一本の槍だが、バックに武器商人がいるなら、何が飛び出してくるかわからない。そこだけは警戒が必要だろう。
残る一人──いや二人組の
だが、その筋量は明らかに老人のものではない。岩から削り出したような上腕二頭筋は、力を
荒楠が老人ならば、肩の少女は孫娘といったところだ。たつきと同じくらい小柄で、歳は十代前半に見える。彫りの深い顔立ちには異国の血が香るが、おかっぱの髪は艶やかな黒。着ているのは荒楠と同じく獣皮だが、鎧ではない。スカート丈の短い、個性的なワンピースである。
忍野を中心とする喧騒の中、老人と孫娘は無言を貫いている。
しかし、待ち方は対照的だった。身じろぎもしない荒楠に対して、少女は目だけを動かし、周囲を観察している──今しも、洋がそうしているように。
刹那、洋と少女の視線が交錯した。
思わずニヤリとする洋だが、少女は無表情のまま、やり過ごす。
見かけは幼いが、凄みのある目だった。少女の立場は謎だが、巫女やピンク髪よりよほど《神風》候補らしいと、洋には思われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます