【序幕】選抜、畔 蓮葉 其の三




 それから、数刻の後。

 洋、蓮葉、忍野の三名は、昼と同じ海辺の草原を訪れた。

 周囲は意外にも明るい。草原に至る舗装路や岸辺には幾つか街灯が立ち、その周囲を闇から切り抜いている。空には満月。海の向こうには舞洲や対岸のビルの灯が地上の星のように瞬いている。

 けれど、草原まで届く光は、月のそれだけだ。

 常人であれば足元を躊躇う薄明ながら、三人は真昼のように草原の中央へと足を踏み入れた。

 人払いをするまでもなく、人気は皆無だ。族かアベックがいるかもと洋は予想していたが、どうやら杞憂だったらしい。

「始める前に、合格条件をお伝えいたします。

 立ち合いの上で、私に致命傷を負わせること。

 それが《選抜試合》の合格条件となります」

 洋を驚かせた忍野の説明を、蓮葉は無表情で聞き流す。

「立合人はオレだ。がんばれよ蓮葉」

「うん、お兄ちゃん!」

 振り向いた少女が破顔した。砂漠の昼夜を思わせる温度差だ。

 カシュ、カシュン! スポーツバッグを開き、蓮葉が《化け烏》を展開していく。

 殺意を形にしたような異形の刃。柄まで総黒塗りの大鋏だ。

 洋は忍野を見た。大鋏の出現に驚いているのがわかる。鮫貝を文具と揶揄した忍野だが、大きさは違えど、こちらも文具の類だ。

 ハサミを武器にする例は、洋の知る限りでは存在しない。

 もちろんハサミでも人は殺せる。刃渡りと鋭利な先端があれば、凶器には十分だからだ。だがそれは凶器であって武器ではない。戦闘用に造られたものが武器であり、ハサミはあくまで道具なのだ。

 武器としてのハサミの不利は、幾つもある。

 まず挟んで切断という構造が、動的な戦闘に向かない。殺傷範囲がごく限られ、取り回しが悪い。それ故、戦術が広がらず、敵に読まれやすい。両手で扱う大鋏ならなおのことだ。

 ハサミが繊細な道具である点も致命的だ。二枚の刃で対象を断つには、刃の角度と支点の絶妙な調整が必要となる。高級な洋鋏は手荒に扱えば調整が狂い、切れ味が悪くなる。文字通りしのぎを削る実戦に於いて、不向きとされるのは当然である。

 とはいえ、あの《畔》が、それらの弱点を見落とすわけもない。

 忍野もそれは承知している。帯電したように張りつめた夜気がその証明だ。

 洋は一度、蓮葉が《化け烏》を使うさまを目撃している。坂を蛇行する誘拐犯の車から子供を奪還したのは見事だったが、その使用はあくまで道具だった。武器として用いるのは、これが初見になる。

 懸念はあるが、正直、わくわくしていた。

 どんな興行より真剣勝負が面白い。武芸者のさがだ。

 そして誰にも言えず秘めて来た、蓮葉の疑問が二つ。

 おそらくはそのどちらも、この戦いで答えが見えてくる。

 三人を頂点とする、一辺5メートルの正三角形が草原に描かれた。四機のドローンが浮上し、四角で三角を包囲する。

 涼やかな音とともに、忍野が二刀を抜いた。

「それでは、《神風選抜試合》を開始いたしします」

 蓮葉の選抜が、始まった。


 


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