第312話 28-7 どうぶつ王国からのSOS

 10月10日の開業以来、水曜日と木曜日は休診日として、YUNA動物病院には毎日40匹から50匹ほどのペットが持ち込まれています。

 YUNA動物病院では特段ペットだけの診療に限定しているわけではないのですが、馬や豚などの家畜の場合は郊外の牧場での飼育になるために神戸市中心部に近い人工島のポートアイランドの場合、それら家畜を運搬するのに手間がかかるのでどうしても近隣の知己の獣医や縁故を頼る事になり、新参者のYUNA動物病院には縁遠いことになります。


 そんな中でも所謂ペットではない患畜診療の機会がありました。

 11月26日に、YUNA動物病院の近くにある神戸どうぶつ王国からSOSが入ったのです。


 神戸どうぶつ王国にも複数の獣医さんがいるのですけれど、対応しきれずに飼育中のカピバラが危篤状態に陥ったようなのです。

 神戸どうぶつ病院には日本*医生命科学大学で優奈の2年先輩である加賀原裕紀さんが就職しており、彼自身は必ずしもカピバラ対応の獣医ではなかったのですけれど、優奈が造り上げたYUNA式3Dスキャナーの潜在能力をネット情報で知っていたことから、ダメ元で上司に図って、連絡してきたようなのです。


 その日は水曜日でYUNA動物病院の休診日ではあったのですが、救援要請を受けて優奈は病院を開け、神戸どうぶつ王国の飼育員と獣医により運ばれてきたカピバラを診療することにしました。

 カピバラは肝臓がんに冒されていました。


 優奈は開腹手術では患畜の体力が持たないと判断、お手製の循環浄化システムにより体液の浄化を行いつつカテーテル手術でがん病巣の摘出を図ることにしました。

 弱ったカピバラの心臓は今にも止まりそうだったのですが、優奈の超能力がカピバラを精神面で支え、同時に体力を補いました。


 カピバラの搬入から1時間あまりの手術により肝臓の三分の一を切除、IPS幹細胞を移植して経過を見ることにしました。

 カテーテルで肝臓が切除できるかですって?


 通常なら難しいでしょうね。

 でも優奈は、カテーテル先端に細胞破砕用のウォータージェットを取り付け、細胞を破砕しつつ吸引して、肝臓の皮一枚を残して癌細胞を除去し、その上でIPS幹細胞を植え付けたのです。


 網の目の様に走る血管を患部と正常部分に仕分けつつ、レーザーで焼いて止血しながら行う切除手術は、優奈だからできることであって、普通の獣医師ではまずできない手術なのです。

 また、IPS幹細胞は患畜の血液と皮膚細胞を採取して、優奈が造ったIPS培養器で急速培養させたものなので、生体拒否反応は無いはずなのです。


 余談ながら肝臓機能が低下してカピバラは危篤に陥っていたわけですが、他の部位にも実は癌細胞が転移していました。

 その全てを優奈が秘密裏に除去し、同時に必要な箇所には肝臓と同じくIPS幹細胞の移植も行っています。


 神戸どうぶつ王国の獣医三名が当該手術に立ち会ったのですが、いずれも最新鋭の機器の性能に驚くと共に優奈の手腕の見事さに恐れ入っていました。

 カピバラは優奈特製の栄養剤と抗生物質を与えられ、YUNA動物病院の入院患畜第三号になりました。


 因みに第一号はグリーンイグアナで、第二号は交通事故で車にはねられ、右前肢と肋骨を骨折した秋田犬のジェリー君でした。

 このジェリー君も実は瀕死の重傷だったのですが、優奈が奇跡の手術で助けてしまいました。


 カピバラについては、入院してから1週間後、未だ体調万全とは言えないものの自力で歩行できるほど回復したので神戸どうぶつ王国へ戻って行きました。

 優奈の診るところ、IPS幹細胞の順調な生育状況から、3ヶ月もすれば元気なカピバラが子供達に見られることになるでしょう。


 そうして、これ以後やっかいな病気に陥った場合には、神戸どうぶつ王国の飼育動物が時折YUNA動物病院に持ち込まれるようになりました。

 また、この評判は関係者から周辺の人々に伝わり、六甲をはじめとする神戸市周辺の牧場からも時折家畜が搬入されるようになりました。

 

 これら家畜は大型である場合が多いため、エレベーター直結の大型動物用待合室に収容され、大型家畜専用の第六診療室で診療されるようになっています。

 ペットと待合室を分けるのは感染症等の蔓延を防ぐためでもあります。


 放牧されている家畜などからペットに感染する場合もありますが、逆に衛生観念の薄い飼い主のペットがもたらす感染症の方が家畜にとって危険な場合もあります。

 YUNA動物病院に一度来た飼い主は、優奈の迅速的確な手当に感服してリピーターになり、また口コミでの噂が広がって一月も経たないうちに千客万来の様相を呈しており、YUNA動物病院は大変盛況なのです。


 但し、獣医が優奈一人では対応に限界があります。

 患畜一体について仮に診療10分でも40体では、総計で400分。時間にして7時間弱の時間を必要とします。


 午前の部が9時半から12時半までの3時間、午後の部が午後1時半から5時半までの4時間では当然に限界があるのです。

 来年4月からは大学の後輩一人に来てもらう手筈ですが、それでも患畜が多い時は対応できるかどうかはわかりません。


 もう一つ優奈には優奈自身が産みだした種々の新鋭検査機器のブラックボックスの製作が自宅での仕事としてあります。

 このブラックボックスを生産しないと医療機器メーカーは新たな検査機器を組み上げられないのです。


 獣医だけではなく人を診る医師からの引き合いも多く、医療機器メーカーはブラックボックスをいくらでも欲しがっている状況なのです。

 一応1週間に8種類のブラックボックス各10個前後の製造を目指していますが、それぞれ卸値で一個あたり100万円に設定しています。


 実際の製造費用はそれほど掛からないので、安く売ることも考えたのですが、余り安くすると他の医療機器との格差が大きくなってしまい、寡占状態になって品薄に拍車を掛けることになるので、メーカーとも相談の上で妥当な納入価格を決めました。

 結果として優奈には、ブラックボックス関連だけで週に8千万円、月に3億2千万円程度の収入があるのです。


 年間およそ52週では、41億円余りの粗利益があります。

 まぁ、材料費も必要ですし、税金で残り半分程が持って行かれますけれどね。


 法人ならばもう少し節税も可能なのでしょうが、優奈の場合はあくまで個人の収入になりますからね。

 必要経費として認められる範囲は極めて低いのです。


 因みに検査機器には特許権がついて回りますから、機器一基当たりの単価の1%について、0.5%分を国境なき医師団へ、0.25%分を機器ごとメーカーごとに仕分けてウィーン獣医大学又は日本*医生命科学大学に送金され、更に残りの0.25%について優奈の指定口座に振り込まれます。

 例えばYUNA式3Dスキャナーで、製造元推奨販売定価が5600万円ほどしますから、3Dスキャナー一基が売れると概ね28万円が国境なき医師団へ、7万円がウィーン獣医大学若しくは日本❆医生命科学大学へ(概ね欧米のメーカーはウィーン獣医大へ、アジアのメーカーは日本❆医生命科学大学へ仕分けされています。)、14万円が優奈の口座に振り込まれることになります。


 生産量は年間でほぼ120基ですから優奈の口座には3Dスキャナーだけでブラックボックス以外に1680万円ほどの収入があることになります。

 他の7種類の検査機器についてもほぼ似たようなモノですから、年間で1億円を超える収入があるのです。


 さらに今年も11月に入ってから南欧を中心にインフルエンザが流行し始めており、優奈が反応釜の特許を持っているインフルエンザ対応ワクチンの販売がまたまた寡占状態になっているようです。

 この関連でもおそらくは数十億円規模の収入が入ってくることになるでしょうね。


 優奈はそのために例年恒例の寄付先の選定を始めています。

 甚大な被害を受けた被災地域、孤児院等の福祉施設、ユニセフなど寄付を必要としている団体は国内外にかなりの数に上ります。


 全ての団体に寄付をすることは到底無理なので、優奈が気づいた所や共感を覚えた団体に絞っているのです。

 個人的な趣味嗜好による選定になってしまうけれど、これは致し方ないことなのです。


 寄付する側にその権利があるのですから・・・。

 優奈が種々の事情を勘案しつつ厳選した寄付先ですが、寄付金額はその年の収入にも左右されますけれど、現状では概ね年間数億円規模になります。


 例によって確定申告は神戸市内の会計事務所に一括して任せています。

 神戸の税務署では、優奈が巨額の寄付を行う大口納税者として良く知られているようです。

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