第209話 22-2 レナの指導(2)

 ユーナは強制しているわけではない。

 そうした方がいいと考えていながらも、最終判断はレナの意思に委ねている。


 ユーナは友達想い、親しくなった人は誰でも大事にしている。

 未だ逢ったことはないけれど、メールで近況を知らせて来る時に、色々な名前が出て来る。


 英国のカレン、韓国のソニン、日本のミハル、他にもいろいろな国の人々が優奈と親しくなってメールでやり取りしているのだけれど、言葉が違う。

 ユーナは、自分のメールにそれぞれの言葉に翻訳したものをわざわざ送ってくるし、各個人から送られて来たものも差し支えない部分は翻訳文を送って来る。


 だからカレンが何を言い、ソニンが何を希望しているのかがよくわかる。

 面白いのは、例えばカレンが英語でソニンに質問し、ソニンが韓国語でそのまま答えていること。

 それぞれのメールが届いた後、時間は空くけれど、必ずユーナから翻訳文が届く。


 だから言葉の壁を乗り越えて、ユーナを接点に語らいあっているのである。

 だからレナもユーナが好きだ。


 彼女には言葉の垣根がない。

 フランス人ではないのだけれど、完璧なほどフランス語に堪能であり、フランスの歴史、地理などはレナよりもよく知っている。


 だからレナにとってユーナは、フランス人の友達以上に頼りになる友人なのだ。

 その友人がわざわざ危険を冒して此処にいる。


 レナを信用している証と言えばそれまでなのだけれど、レナが一言誰かに秘密を打ち明ければ、ユーナは権力者たちから追われる身となる。

 そうまでしてレナに接する価値があるのだろうかと疑問にも思うが、その信頼だけは絶対に裏切れない。


 レナは覚悟を決めた。

 この黒髪の美少女と共に危険を冒すことに。


「いいわ、ユーナの言うことだもの。

 貴女を信じて授業を受けます。

 何をすればいい?」


 ユーナは、とても素敵な笑顔を見せてくれた。


「じゃぁ、床にこんな風に座ってくれるかな。」


 ユーナは、床に腰を下ろして胡坐を組んだ。

 レナも真似してそのようにすると、ユーナが立ち上がり、レナの正面に位置を変えて座りなおした。


「レナ、目を閉じて周囲の気配を感じ取ってくれる?

 音じゃないから耳ではない。

 目を閉じても光を感ずるだろうけれど光でもない。

 それに触れてもいないから手や肌に感ずる感触でもない。

 でも何かがレナのすぐそばに存在するから探してごらん。

 レナならきっとそれを感じ取れる。」


 そう言われて、一生懸命に何かを捉えようとしたが、あまりに漠然とし過ぎて何を探せばいいのかわからなかった。

 ユーナは何を感じ取れと言っているのだろう。


 霊魂?

 妖精の類?

 それとも神様?


 雑念が押し寄せ、集中が削がれる。

 床に座ってひたすらに思念で試行錯誤を繰り返しているだけなのだが、そのうち額に汗がにじみ出て来ていた。


「レナ、力仕事じゃないのだから力まないで。

 息を吸って、・・・。

 吐いて。」


 ユーナにそう呼びかけられて、ふっと力みが抜けた途端、何かを感じたような気がした。

 何かは分からない。


 でも何かがありそうだ。

 レナはその心細い心象だけを頼りに、意識の上で近づいた。


 それは目の前で息づくようにゆっくりと蠢いていた。

 ユーナが傍にいるのだから多分危険はない。


 そう信じながら恐る恐る近づいて意識が接触した。

 途端にレナの意識が平べったくなり、その息づくものの表面に張り付いた。


 何処までも広がって行きそうな意識であったが、目の前にある息づくものはとても大きく、そのごくわずかな表面にへばりついているだけだった。

 そうしてレナはそのものの温かさを感じ取り、その表面をより密着させたのである。


 途端に声が聞こえた。


『できたわね、レナ。

 そうよ、それでいい。』


 声であって声でなかった。


『ユーナ、貴方なの?』


『ええ、そうよ。

 レナ、貴方はテレパシーで私と意志を通じている。

 思念での会話は気を付けないと自らの意図を相手に駄々洩れにしてしまうから気を付けてね。

 思ったことを全て吐き出すのではなくて、会話するように、言葉を選ぶように、話しなさい。

 そうすれば、いつでも、どこでも、あなたと私はテレパシーで話ができる。

 頭の中にある携帯電話みたいなものね。

 但し、料金は無料、洞窟の中でも、深く潜航中の潜水艦の中でも関係なくつながるわよ。

 但し、相手にもプライバシーがあるから使う時間帯には気を付けてね。

 部屋に入る際にノックするように相手の都合も確認してからの方がいいと思うわ。

 相手が寝ている時は話しかけてもダメな場合があるしね。

 で、次の段階よ。電話をかけて用件が済んだら、電話を置いて切らなければならない。

 私とのリンクを切ってみて。』


 レナは思わず目を開けた。

 そこには、にこにこしているユーナが居た。


「あの、・・・。

 どうやって切るの?」


「さぁ、・・・・。

 私のやり方は知っているけれど、貴方がどうすべきかは、自分で何とかするものよ。

 繋がったときはどうしたの?」


「繋がったときは、・・・。

 何かの存在に気づいて、その表面にくっつくように私の意識を広げてみた。

 暖かさを感じてより密着してみたらユーナとつながった。」


「なるほど。

 じゃぁ、その反対をやってみて。

 密着した意識を剥がすのよ。」


 言うは易しだが、実際にやってみると途轍もなく大変だった。

 ユーナと意識がリンクしている状態がとても親密で暖かく離れがたい雰囲気なのです。


 暫くいろいろとやっては見たができないので、レナはやむなく力づくで引き剥がしにかかった。

 べりべりっと音がしそうに無理やり剥がして、かなり強烈な痛みを覚え、思わず涙目になった。

 それがユーナにも伝わったようで、妙なことを言った。


「もしかして、リンクから外れる時に痛みを感じた?」


「ええ、すごく痛かったわよ。」


「そうなんだ。

 私もリンクは初めてだからねぇ。

 良くは知らない。

 毎回痛みがあるなら大変だけど、でも、多分慣れるわよ。

 で、今日の授業はお終いよ。

 最初にテレパスを使った時はものすごく疲れたからね。

 多分、レナも疲れていると思う。」


「誰かとテレパスでつながったことがあるの?」


「いや、ないよ。

 今まで、そんな人が周囲には居なかったからね。

 私がテレパスを使ったのは人の意識を見るため。

 テレパシーは意思の疎通だけじゃなく、意識の読み取りもできるんだ。

 何れレナもできるようになるけれど、注意してね。

 ロシアに3名、英国に1名、オランダに1名、ギリシャにも1名の超能力者がいることはわかっている。

 ユージーンで前にも言ったけれど、彼らはFIZMAという秘密結社を作って世界を支配しようとしているわ。

 左程の力を持っているわけではないけれど、暗示能力に優れた者が多いの。

 それで一般の人の意識を操り、政治の裏であくどい真似もしているわ。

 将来的には排除すべきかもと考えているけれど、今はその時期じゃない。

 何れにしろ、そうした能力者の前では、レナがたとえばテレパスでも使えば察知される危険性がある。

 だからみだりに使っちゃいけない。

 彼らに見つかると絶対に貴方を利用しようとする。

 レナの能力がもっと上がれば対応できるだろうけれど、下手をするとヒュプノに捕まってしまうかもしれない。

 だから、私のいないところでは当面超能力は使わないこと。

 いいわね。」


「ええ。わかったわ。

 でも超能力者って、結構多いのね。そんなにいるとは思わなかった。」


「うーん、FIZMAだけが超能力者じゃないわ。

 もっとたくさんの人がその潜在的能力を持っているわ。

 レナと同程度ならば18人、それ以上の能力を持った人も6人ほどいる。

 で、FIZMAの連中のレベルは、それよりも低いと思うのよ。

 だから世界を支配しようなんてとてもおこがましい話なのだけれど、彼ら自身は自分達を人類のエリートだと信じ込んでおり、自分達を上回るかも知れない存在については全く考えてもいないわ。

 何れにしろ、また、明日にでもここに来るわね。

 レナがいるかどうか確認しながら来るけれど、別に特段の準備はいらないよ。」


「ええ、わかったわ。

 でも、シャワールームやトイレに入っている時に目の前に現れるのは勘弁してね。

 モデルの時はともかく、普段、裸を見られるのはちょっとね。」


「了解、じゃぁ、またね。」


 そう言って、ユーナは目の前から瞬時に消えたのである。

 正しく消えたとしか言いようがない。


 ふっと瞬間的に消えたのである。

 特撮映画でよく見るテレポート、もしくはそれに似た何かであることに間違いないようだ。


 レナは首を振りつつ、手近の椅子の座ろうとして猛烈な眠気が襲ってきたのを知った。

 這いずるように移動して、ベッドに転がり込むとすぐに眠りに落ちた。


 その翌日から、暫くの間は、レナの日程に合わせてユーナが頻繁にレナのマンションに現れ、レナをしごいて行く生活が続いたのである。

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