第二十二章 レナ・水泳・学祭の一時

第208話 22-1 レナの指導(1)

 優奈は8月16日1130にパースを出発、シドニー経由で8月8月17日午前5時に羽田に到着したのです。

 入国手続き、その他もあって、羽田空港を出たのは午前6時過ぎでした。


 冬の豪州から半日程度で真夏の日本への移動というものは結構厳しいものがあるのですが、それよりも大きなトランク二個を抱えて、モノレールやら電車に乗るのは結構面倒なものです。

 そうかと言ってタクシーに乗ると武蔵境まではかなり高いタクシー代になりますよね。


 お金持ちの優奈にとってはさほどの出費ではないものの、できるだけ贅沢をしないようには心掛けているので、そこで優奈は、日本を発つ前に羽田空港近くの駐車場に自家用車を入れてあるのです。

 1日千円、18日間の駐車で18000円の出費は大きいのですがタクシー代よりは安く上がるのです。


 Park and Ride方式で、駐車場から空港、あるいは空港から駐車場までは送迎がついているのです。

 優奈が自分の車に乗ったのは午前6時半過ぎ頃であり、ラッシュには少し早いけれど、そろそろ混んで来る時期でした。


 一部渋滞にかかったのでマンションに辿り着いたのは、午前8時頃になったのです。

 8月19日から27日までは、神戸に帰省、久しぶりの京都及び神戸を散策しました。


 特段の予定はなかったものの、神戸の友人たちと旧交を温め、母や祖父母たちの買い物にお付き合いをし、たまに神戸の街をぶらつくだけなのですが、一人で歩くときは変装をせざるを得ません。


 夜間の午後10時過ぎには秘密基地へ行って、種々の実験や解剖を行っているのも普段と変わらず、既に日課の一部と化しています。

 そんな折には、麻生山周辺の野生の動物で傷ついたものを時々拾って来ては助けている優奈です。


 助けた動物は、できるだけなつく前に野生に返すようにしているのですが、中にはその恩をしっかりと覚えている動物もいるようです。

 稀に休日の日中に麻生山の散策などをしていると、優奈の姿を見て寄り添ってくる小動物も少なくないのです。


 ◇◇◇◇


 8月27日には上京し、韓国への渡航準備を行いました。

 今回は、8月30日に羽田から金浦空港へ向かい、オリンピック体操競技場で8月31日及び9月1日はリハーサル、2日から4日までの三日間で夏季コンサートを開演するのです。


 もちろんHALSのいつものメンバーも同行しました。

 すっかり定着した優奈とソニンのコンサートは、もはやソウルでは定番となっており、ファンもそのつもりで待ち構えているようです。


 1万4千人の観客が見守る中、いつものように華麗なるデュエットの歌のステージが繰り広げられました。

 またも新曲が5曲追加され、ソニンの持ち歌がどんどんと増えているし、興行収入ばかりでなくCD又はDVDが好調に売れているのです。


 韓国音楽界で初の公式CD売り上げ100万枚を記録したソニンですけれど、その後に出す新曲全てが100万枚を超えており、新曲の総売り上げは優に1000万枚を超えているのでした。

 このため、印税収入もかなり大きくなっているのが現状なのです。


 売上総額で言えば50億円を間違いなく超えているし、FM放送などでの放送使用料も年間2000万円を超えるようになってきているのです。

 このためHALSの波照間さんはホクホク顔なんです。


 何れにしろ、ソニンとの公演を無事に終えて、9月5日は1日だけのソウルでの休養。

 ソニンと一緒にソウル市内の観光地をいろいろと廻りました。


 翌6日には翌年春の公演を約束して東京へと戻ったのです。



 9月7日優奈は21歳の誕生日を迎えました。

 メールであちらこちらからお祝いのメッセージが届いています。


 そうしてこの日、優奈は誰にも知られずにパリへ跳んだのです。

 目的はひとつ、レナを指導するためなのです。


 ◇◇◇◇


 そのレナは、昨年の夏にロサンゼルスでのファッション・ショーに出演して以来、主としてヨーロッパ圏内を活動の場としています。

 この7月に開催されたパリ、ロンドン、ミラノの三か所のコレクションを終え、更には8月中旬の北米カナダでのショーも無事に終えて、現在は一息ついている状態なのです。


 モデル仲間と示し合わせてたまには買い物にも出ますが、普段は自分のマンションに籠っていることが多いのです。

 時間はパリ時間で午後9時半を少し回った頃合い。


 食事も済ませ、後は寝るばかりとなっていたのだけれど、玄関のチャイムが鳴ったのです。

 こんな時間にチャイムがと驚くレナでした。


 夜に出かけることの多いフランス人ではあるけれど、そもそもアポイントは何もなかったはずでした。

 それに、レナの住むマンションはセキュリティがしっかりしていて、入り口に専従のガードマンが常駐しているから、部外者が勝手に玄関先まで上がることはないはずなのです。


 従って、訪問者はマンション内の住人ということになるのですが、こんな時間に訪ねて来るような人物はいなかった筈と思いながら、ドア越しのカメラで確認したところ、有り得ない人物がそこに立って居たのです。

 レナの恩人であり、かけがえのない友人でもあるユーナなのです。


 見間違いかと思って再度モニターを見るのですが、間違いなくカジュアルな服装のユーナでした。

 慌ててドアを開けてユーナを迎え入れたレナでした。


「久しぶりね。

 どうやって、入って来たの。

 此処は、部外者は入り口でガードマンに停められるはず。

 そうして行く先がはっきりすればガードマンからそれぞれの家庭に確認の電話が入ることになっているのだけれど・・・。

 ひょっとして、ユーナ、別の住人のところに居た?」


「いいえ、そんなことはしていないわよ。

 レナの家に用事があって来たけれど、入り口のガードマンを通さずに入って来たの。

 だから、下のガードマンさんは私がここにいることを知らないわ。」


「え?えっ、えぇ?

 一体どういうこと?」


「ユージーンのホテルでパーティを開いた時に、ベランダで言ったことを覚えているかしら?」


「ええ、確か、・・・。

 超能力の話と、何時か人知れず会いに来るって言っていた。」


「そう、私がここに来ているのは誰にも内緒なの。

 私、ほんの少し前には日本の東京の郊外にある私のマンションにいた。

 で、そこからテレポートという力を使って、跳んできた。

 本当はレナの部屋の中にまで入って来られるけれど、レナを驚かすだけだから、今回は玄関のドアの外に跳んできたわけ。

 今度来るときはレナの部屋に直接跳んで来るかもしれないけれど、余り驚かないようにね。

 但し、レナ以外の人がいる場合は、跳んでは来ない。

 これはあくまでレナと私の秘密なの。」


 レナは、優奈の言葉がまともに理解できていなかった。


「あの、・・・。

 日本からパリまで跳んできたと云うの?

 それも極めて短い時間で?」


「そうね、航空機でも13時間ほどかかるけれど、私は一瞬で跳んで来られる。

 ICBMよりも速いのよ。」


「超能力ってそんなに凄いの?」


「そう、凄いから、誰にも秘密にしなければならない。

 例えば、私は大統領官邸に跳んで、フランスの大統領の目の前にナイフを置いて戻ってくることもできる。

 一秒とかからないわね。

 同じようにシャンゼリゼ通りの凱旋門近くにカルティエの宝飾店があるけれど、誰にも気づかれずに金庫の中に入っている宝石類を盗んで来ることもできる。

 で、何を言いたいかというと、そんなことのできる者は為政者いせいしゃにとって極めて危険な人物ということになる。

 イスラムのテロリストよりも危険でしょうね。

 やろうと思えば、フランス軍が保有する核兵器を盗んで来て、エッフェル塔の真下で爆発させることもできるんだから。

 勿論そう云ったことを私はしようとは思わないけれど、仮に気の狂った人物でそうした能力を持った者が無茶をし始めたなら収拾がつかなくなる。

 普通の人では到底そのような人物の行動を抑制できない。

 例え軍隊でもね。

 だから国を動かす権力者とその側近たちはそのような危険人物が居たなら抹殺するか若しくは完全な統制下に置こうとする。

 私が誰にも能力を見せたことがないのはそうした危険性があるからなの。

 そうして、レナ、貴方も私と同じ危険人物になる可能性がある。

 超能力は放置していてもいつか開花することがある。

 私の場合がそうだった。

 私は誰に教えられずとも超能力と呼ばれるものを使えるようになった。

 レナもそうなるかも知れない。

 但し、不確実性もあって、そうした能力がレナの意識のある時に発現するとは限らない。

 そうしてあくまで可能性ではあるけれど、自分の制御できない状態で能力を最大限に開放されたなら、・・・。

 そうね、パリの街ぐらいは吹き飛ばしてしまうかもしれない。

 レナが寝ている時にテレポートして、大西洋のど真ん中や火山のマグマに落ちたなら助からないでしょう?

 同じく人事不省に陥っている時に炎を周囲にまき散らしたならば、家が燃えてしまったり、周囲の人々に火傷を負わせたりする可能性もある。

 だから、私はコントロールできる環境下で能力の発現を促す方がいいと考えているの。

 だから、レナ、私は貴女に超能力の授業をしに来たのです。

 私の授業を受けてくれますか?」


「そりゃぁ、ユーナの言うことは信じてるけど、・・・。

 どうしても受けなければいけないものなの?

 私は危険人物にはなりたくないのだけれど・・・。」


「うん、そうね。

 私も危険人物になんかなりたくなかったわ。

 でもなってしまった。

 だから、なってしまって慌てふためくよりも、少なくともその準備だけでもしておいた方がいいと私は思うよ。

 どうかな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る