第204話 21-9 アイスアリーナにて
実は、翌日の7日(日)に、ゼミの4年生組達とアイスアリーナにスケートに行く約束をしていたのだが、この分では結構ヤバいかもと思っているユーナなのです。
何処に行っても優奈の顔が知れ渡っているので、正直なところ余り人が集まる場所へは行きたくないのです。
そうは言っても約束した以上は行かざるを得ませんよね。
やむを得ず、朝一番にショッピングセンターへ行って、スキー用のゴーグルを購入、それにマフラーとカシミヤのニット帽でできるだけ顔を隠すように扮装を整えました。
ついでに髪の色も明るい茶色(栗毛)に変えました。
スキー用の目だけ出した目出し帽もあったけれど、さすがにそんな恰好では不審者扱いされそうなのでやめました。
午後1時現地集合の予定でしたから、その5分前に到着できるようソーンダイク邸から5キロ離れたアイスアリーナに車で向かったのです。
スケート靴は、レンタルできるので必要ありません。
今日の装いは、薄いピンクのパンタロンに同じく少し濃い目のピンクのセーター、その上に白いハーフコートを着込んでいます。
大きなマフラーを首に巻いて口元を隠し、ミラー式のノンフレームゴーグルをかけ、帽子を深めに被ると栗毛の髪と日本人らしからぬ脚長の体形の所為で東洋人には見えなくなりました。
ゼミの友人たちとアイスアリーナで落ち合った時には、彼らもユーナだとはすぐに気づかなかったぐらいなのです。
ユーナが話しかけるとさすがにわかったみたいで、皆が「えーっ。」と揃って感嘆の声を上げていました。
それからスケート靴を貸してもらい、皆で滑り始めたのです。
実のところ優奈がスケートを滑るのは初めてだったのですけれど、バランス感覚の良さを発揮して、10分もすると普通に滑れるようになっていました。
ゼミ組4人の中では、エミリーが一番上手く、アランがその次くらい、ターニャとマイクはどちらも初心者ですね。
ようやくよちよち歩きから脱却し、危ういながらもなんとか思う方向に滑れている感じなんです。
優奈もその初心者だったのですが、すぐに跳び抜けてしまっていました。
たまたま、リンクの中央で中学生ぐらいの女の子数人が、コーチらしき婦人から指導を受けながらフィギュアスケートの練習をしていたので、優奈は暫くそれを観察しました。
人口密度が低いためか、日曜だというのに広いスケート場もさほど混み合ってはいないのです。
だからリンク中央でフィギュアの練習ができることになるのです。
冬場の日本でしたなら、若い人のデートコースの一つでもあって、土日は絶対に混み合っているはずですよね。
やがて優奈が、彼女たちの動きを真似し始めました。
足を高く上げて滑走したり、スピンをかけたりするのですが、実に様になっているんです。
そのうちにジャンプも始めちゃいました。
1回跳んで様子を確認し、次いで二回転ジャンプを行い、徐々に回転数を増やして行くのです。
4回転ジャンプをきれいに決めた時には、その女の子達とコーチに注目されてしまいました。
それに気づいて、優奈は慌てて一旦リンク外に出て休憩に入りました。
別に疲れてはいなかったのですけれどね。
注目を受けると碌なことにならないからです。
ゼミの四人組も集まって来て、「ユーナ凄いね。」と話題にされちゃいました。
「でも、今日が初めてのスケートなのよ。だから
本当のことを言っても、4人が4人とも信じてくれませんでした。
そのうちに件のコーチらしき婦人が近づいてきたのです。
「ごめんなさい。
お話し中、お邪魔して。
私は、マーガレット・スゥエインと言います。
Carey Baptist College の教員をしていて、フィギュアアスケートのコーチをしています。
私もスケート歴が長いのだけれど、貴女のような選手を知らないわ。
どちらの方なのか教えて頂けますか?」
明らかに優奈に対する質問であり、まっすぐに優奈に視線を向けている。
「あの、・・・。
私はスケートの選手ではありません。
実はスケート靴を履いたのも今日が初めてです。」
「まさか、初めてのスケートでジャンプをこなせるなんて有り得ないわ。
ましてや、男子にだって難しいのに、女子の貴女が4回転ジャンプを軽々としてのけるなんて、・・・。」
「でも、・・・。」
そう言いかけた時に、アランが言った。
「ユーナ・カヤマだもの、できても別に不思議はないんじゃない?」
他の三人も相槌を打ちながら頷く。
マーガレットさんが困惑しながらも言った。
「ん、・・・。
ユーナ・カヤマ?
もしかして、ミラクル・ユーナ?」
優奈を除く4人が声を揃えて言った。
「
そうしてマーガレットさんも何故か頷いてしまうのです。
そこで頷かないでくださいよ、マーガレットさん。
「確かに、ミラクル・ユーナならできてしまいそう。」
優奈は、何でそこで納得するんですかと大声で叫びたかったのですが、ここは注目を避けねばならないですからひたすらおとなしくするのです。
マーガレットさんの話は、要するに、一流のフィギュアスケート選手と思われた優奈にお手本を見せてもらおうと話しかけて来たのでした。
勿論、優奈は全力でお断りしたのですが、友人たちが裏切りました。
「いいじゃん、俺らも遊びに来ているんだし、ユーナも別に困らないだろうから見せてあげなよ。」
とアランが言うと、マイクが続けるんです。
「そうだよ。ユーナの好きなように滑ればいいのだから。」
さらにエミリーが続きました。
「そうね、それを見るだけでも才能のある子は育つものよ。
現にユーナがそうでしょう。
あの子たちの真似をしてユーナが上手くなったのなら、あの子たちに恩返ししてやらなければね。」
そうしてターニャがとどめを刺したのです。
「私も賛成。
ここで逃げたら大和なでしこが
オーストラリアの子供たちにも教えてあげて?」
優奈は受けざるを得ませんでしたた。
「仕方がないので、お手本になるかどうかは分かりませんけれど、やるだけやってみましょう。
でも、私の正体は絶対に隠しておいてくださいね。
騒がれると本当に困るんです。
今でも結構大変なんですから・・・。」
マーガレット女史は簡単に請け負いました。
優奈はCarey Baptist College 中等部の生徒達が使っていたラジカセを借りて、中に入っているCDの音楽を確認しました。
何故かCDの中にカノンのロックが入っていたので、それをかけてもらうことにしました。
左程大きな音ではないのですけれど、アリーナでバックミュージックがない状態ではラジカセの音がアリーナの隅々まで届くんです。
既に、CDの電子データを直接読み込んでテンポと曲調を確認してあります。
最初は、割合と大人しい曲なんですが、徐々にロック調の速いテンポに移り変わるのです。
それに合わせてどう動けばいいかを考え、頭の中でまとめたところで合図を送って、曲を流してもらいました。
後は曲の流れに合わせて、如何にスムーズに、しかも、優雅にかつ綺麗に見せるかだけなのです。
何の練習もなしに、優奈はその日それをしてのけたのです。
後にそれが動画でネットに流れた時にフィギュアスケート界の誰しもがこれは一体誰なんだと探し求めることになるのですが、流石に顔が隠れている状態では確認のしようがありませんでした。
終始、安定した動きで女性らしい優雅な動きを手足で表現し、あまつさえ男性でも難しい4回転と3回転半のコンビネーション・ジャンプを繰り出して、完璧な姿勢で成功させた技量は世界最高峰であると言っても過言ではなかったのです。
しかも手足が長く、スタイルがとてもいいのは、アイスダンスを目指す者にとっては驚嘆に値することでした。
フィギュアの選手でこれほど完成された肢体を持った選手には未だお目にかかれていないのです。
マフラーと不自然なゴーグル、それに帽子の所為で、顔はわからないのですがそれでも美人でありそうな予感はする。
その後、アリーナに居た人物からの投稿によって、ネットでも大評判にはなったのですが、優奈と結びつけて考える人は暫くいませんでした。
それでも半年後には、優奈が韓国でのTV番組で髪の色を染めた事例を思い出した者がいて、静止画像で何度か比較確認して、ほぼミラクル・ユーナに間違いないと結論付けた韓国人が現れたのです。
その男性は、迷ったもののネットに投稿しました。
但し、韓国語であったので余り国際的には広がってはいなかったのですが、これがいずれまた新たな火種となるのです。
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