第202話 21-7 大学への追っかけと市内中心部でのお買い物

 優奈はその日から、ラコルプログ菌を密かに持ち出し、秘密基地のレベルIVの実験室で研究を開始したのです。

 概ね午後5時半に帰宅し、洗濯などを済ませて、午後6時半ごろがソーンダイク邸の夕食なのです。


 それからシャワーを浴びて、自室へ戻り、午後10時頃まで部屋の明かりをつけて勉強時間、10時半に明かりを消して、睡眠を装って日本の秘密基地へ移動するのです。

 パースのソーンダイク邸から、東京都あきる野市山中の麻生山までは凡そ7900キロ強あるけれど、テレポートでは一瞬で移動できるんです。


 優奈はそこで約2時間の実験を行い、パースに戻るのです。

 パースにいない間に部屋及び周辺で異変があっても困るので、魔法による監視拠点をソーンダイク邸周辺に複数設定し、いつでも把握できるようにしているし、妖精さんに別途の監視もお願いしています。



 優奈の日課は朝5時半の起床から始まり、6時から約30分のジョギングなのです。

 パースの夜明け前の気温は8度乃至9度と寒いのでそれなりの防寒対策をした上でのジョギングです。


 日の出は7時前後であり、日を追って早くなって行くのですが、出かける頃はまだ暗く、帰る頃に薄明を迎えるぐらいです。

 30分で7キロから8キロを走って帰るのが朝の日課になっています。


 コースとしては、ソーンダイク邸からギルバードソン道路を北へ向かい、サウス通りを東へ道なりに進み、マードックドライブの交差点で南に方向を変え、ファーリントン道路との交差点で西向きに方向を変える。

 そのまま道なりにギルバートソン道路との交差点で北へと進みソーンダイク邸に至るコースが、概ね7キロ余りになります。


 それからシャワーを浴びて、7時には朝食です。

 自動車通学のため、朝は8時過ぎでも十分に間に合うようになりました。


 概ね大学駐車場での駐車位置も定まって、他の車両が止まっていることもありません。

 ネットを見ていると、どうも「000」のオペレーターから情報が流れたようで、優奈がマードック大学に短期留学していることがばれてしまいました。


 このため、結構な数の暇人がマードック大学構内をうろつくようになり、ガードマンが大変そうなのです。

 優奈が表に出るのは、朝晩の通学時と昼休みぐらいであり、そうしたファン蝟集いしゅうしているような場合には、できるだけ建物から出ないようにしています。


 いずれにせよ此処でも追っかけのようなことが始まるのは避けたいものですね。

 彼らも優奈が獣医学部に来ているであろうことは知っていても、研究室にほとんど籠り切りなことは知らないのです。


 大学職員も学生たちも、部外者には余計な情報を与えないし、そもそもが大学の発行する身分証明書を持たない者は大学の施設に入ること自体ができないようになっているんです。

 二日もすると不審者に対する警備方針が変わり、学生証等大学が発行した証明書の提示ができない者は身分証明書の提示を求められ、正当な事由で敷地内に入っている場合を除いて例外なく敷地外に退去を求められるようになりました。


 仮に正当な訪問者であっても、申告のあった行き先に確認を取ることが義務付けられたのです。

 不特定多数の者が入り込んでいる状況ではセキュリティの問題もあることから、教授会で決定した方針のようです。

 勿論、暇人がミラクル・ユーナに会いに来たなどと言っても許されるはずはありません。


 ◇◇◇◇


 8月6日は土曜日で、アリスさんとジェシカ夫人のご要望により、デパートまで買い物の予定です。

 最近は中心街でのひったくりも多いらしく、優奈にボディガードを頼んだようなものですね。


 その実、二人は優奈をパースの中心街に案内して観光でもさせようとしているようです。

 マードックは完全に学生街であり、その周辺は観光地とは程遠い住宅街でもあるんです。


 一方で中心街区は豪州の東海岸ほどではないのですが、摩天楼が並び、官公庁はもとより、博物館、図書館、コンベンションセンターなどの文化施設が揃っている地区なのです。

 ソーンダイク邸の近くにもショッピングセンターが在って便利なのですが、品質の良い物を選ぶならば中心街区に出なければならないようです。


 例えば、カルディーニャ・パーク・ショッピング・センターにもK-Martというデパートはあるのですが、日本で言えば*ーオンやイトー*ーカドー的な大規模小売店であって、*越、*丸、*ごう等のいわゆる高級品を扱うデパートではないんです。

 *越等のいわゆる高級志向の百貨店の類は、Myer、David Jones、Targetの三つが中心街区に固まっており、周辺のモールには専門店も多いのです。

 従って、少し品質の良い高級品を買うには中心街区へ行き、日常使う品はショッピングセンターで買うように仕分けているようです。


 土曜日は午前9時半に家を出て、車でマードック駅まで行き、駅の駐車場に車を停めました。

 駅が近いのと監視員がいるためか、有料駐車場に停める車が多いのが特徴で、優奈のレンタカーも有料駐車場に止めました。


 駅から少し離れている無料駐車場は、かなり閑散としています。

 今日は優奈のレンタカーで駅まで向かい、そこから電車で中心街区に向かうのです。


 降車駅はElizabeth Quayであり、終点はその次の駅であるPerth Underground駅です。

 Elizabeth Quayは、市内を流れるスワン川の河岸地域の再開発でウォーターフロントの行楽地として4億4千万ドルの巨費と概ね4年の歳月をかけて2017年末に完成したものです。


 様々なアミューズメント施設と、公園やレストランを組み合わせ、観光スポット若しくは市民の憩いの場所として計画、建設されたもので、毎年夏場の1月にはElizabeth Quay他4か所でFestivalが開催されるようです。

 マードック駅からElizabeth Quay駅までは13キロほどなのですが、電車では時間にして15分ほどです。


 神戸市で言えば、JR六甲道駅から西へ須磨浦海浜駅辺りまで(東へ向かうと神戸市を外れ、西宮甲子園口辺りまで)が13キロ、間に鷹取、新長田、兵庫、神戸、元町、三ノ宮、灘駅と7つも駅があるのですが、パースの場合は僅かにCanning Bridge Station、Bull Creek Stationの二つだけなのです。

 優奈は動きやすいように革製の半コートに白のハイネックのセーター、紺色ロングのスカーチョで髪型はストレートながらやや内側にカールしている形、少し大きめの青紫系ベレー帽、靴はミドルヒールのネイビー色ストレートブーツで揃えました。


 この格好ならば少々動き回っても身体の動きが縛られることはないでしょう。


 ◇◇◇◇


 地下のElizabeth Quay駅から地上に上がって、新たにできたフェリーターミナル(フリーマントルへ向かう河川フェリー)に向かって歩き始めた途端に、前にいたカップルの女性のハンドバックが背後から走って来たヘルメット姿の男に無理やり奪い取られたのです。

 女性はそのはずみで転倒させられていました。


 ひったくりの男が走る方向には、同じくヘルメットを被った男がオートバイに跨って待ち構えているようです。

 瞬時に優奈が動きました。


 ハンドバックを奪い去った男がオートバイの後部座席に跨るや否や、ドライバーの方を真横から蹴り倒したのです。

 アクセルを回してスタートしようとしていた男は、後部の男と共に完全に吹き飛ばされていました。


 乗り手がないまま発進したオートバイは、ガードの支柱にぶつかって、ひっくり返り、前輪のスポークが変形したために、使えなくなっていました。

 ドライバーの方は蹴られた衝撃で一瞬の間に意識を刈り取られていたのですが、後部に座っていた男はドライバーの男が柔らかい緩衝材の役目を果たしたために、転倒して固い舗装面に叩きつけられ、打撲傷は負ったものの一応無事でした。


 ハンドバックを放り出して慌てて逃げようとするところを優奈が追撃のケリを入れて、その男も敢え無くKOされたのです。

 カップルの男女が走り寄って奪われたハンドバックを拾い、優奈に近づいて礼を言った。

 その上で、まじまじと優奈の顔を見つめた男女である。


「あれ、・・・。

 もしかしてミラクル・ユーナ?」


 優奈は苦笑しながら言った。


「ええ、そう言われることも時々ありますね。」


「うわぁ、こんなところでミラクル・ユーナに会うなんて、しかもひったくられたハンドバックを取り返してくれたなんて・・・。」


「それより、貴女、ひったくられたはずみで転んだでしょう。

 怪我はなかったの?」


「うん、少し膝小僧を擦りむいただけ。

 大した怪我ではないわ。」

                                                    「それでも、きちんと医者の診断を受けた方がいいですよ。

 一つには貴女のためだけれど、もう一つには犯人である男たちに窃盗だけで無く、傷害罪として罰を与えるためにも怪我をした証拠が必要なの。

 多分警官が間もなくやってきて医者に連れて行かれるわよ。

 それも怪我の様子を写真なり、ビデオなりに撮ってからね。

 折角のデートなんだろうけれど、彼らを罰するためにも時間を割かなければならないわね。」


「うーん・・・。

 踏んだり蹴ったりとはこの事かなぁ。

 でも記念に一緒に写真を撮ってもらってもいいですか?

 ミラクル・ユーナに助けてもらったって友達に自慢できるから。

 それなら、デートを邪魔された分の十分な代償になる。」


「まぁ、ダメとは言えないかな。

 いいですよ。

 警察官が来る前に撮っちゃいましょうか。

 犯人の男二人の伸びているところをバックにして。

 警官が来るとそんな余裕はなくなるわよ。」


 慌てて二人はスマホを取り出し、近くに居たアリスに頼んで記念写真を何枚か取ったのでした。

 間もなく警官がやって来た。


 ジェシカ夫人は、優奈が動き出したすぐ後に、警察にひったくりの犯罪があった事を通報していたのです。

 犯人二人は手錠をかけられそのまま担架で運ばれて行きました。


 一方、優奈はその場で経緯の説明をすることになりました。

 被害者の女性も居たし、目撃者であるアリスとジェシカ夫人も居たので、立証は比較的簡単でした。


 警察は、強盗並びに強盗致傷として扱うことになるから、被害者の女性クリス・ハーパーさんに警察指定の病院で診察を受けるように勧めた。

 窃盗と異なり、強盗及び強盗致傷となると、初犯でも実刑は免れないかもしれなません。


 老女がひったくりにあって固い路面に倒れた結果、打ち所が悪くて死亡した事例もあるのです。

 殺人の意思は無くても、怪我をするかもしれないことを予見できていながら、敢えてひったくりに出た行為は、被害者が怪我をしても構わないと考えていたからであり、傷害の未必の故意みひつのこい(「密室の恋みっしつのこい」ではないですよォ\(^O^)/)があったものと見做されるのです。


 因みに優奈の行動は、私人の現行犯逮捕の範疇として許容されるもののはずです。

 逃げる泥棒を追いかけて多少の暴行を為したとしても社会的には容認されるんです。


 但し、犯人達に過度の傷害を負わせた場合は、優奈が過剰防衛若しくは傷害の罪で訴追される可能性もありますよ。

 男達の逃走防止で無力化するための多少の実力行使は認められるのですが、やり過ぎると警察でも隠し切れなくなるのです。


 ジェシカとアリスは優奈が確かに有能なボディガードを務められることに改めて気づいたようです。

 大学の帰り道で二人の男が優奈を襲ったのを返り討ちにしていたことは、優奈の報告で知っていたけれど、目の前でとんでもない速さで動き出し、あっという間に大の男二人を吹っ飛ばした蹴り技は凄まじいスピードと威力を持っていたのです。


 ドライバーとその背後に座っていた二人の男が、優奈の一撃でオートバイから二メートルほども吹っ飛んだのを目にしたからです。                                                       

 男二人をそれほどの威力で蹴り倒すことは普通の女性ではまず無理でしょう。


 やはり優奈が特別に強いからということになるのでしょう。

 警官の事情聴取は比較的早く済みました。


 仮に犯人達がひったくり犯罪を否認するような場合には、再度詳細な事情聴取を行うかもしれないと言われました。

 今度の場合は目撃者も多く、犯罪から捕獲までわずかな時間しか経過していないので、現行犯としての立証は難しくないのです。

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