第200話 21-5 レンタカー事情と新種の菌

 何とか暗くなる前にはソーンダイク邸に辿り着いた優奈は、今日のできごとを話し、警官のテッドという人がジェシカさんを良く知っている風だったと言うと、ジェシカさんは頷いた。


「テッドは、死んだ夫の友人の息子さんでね。

 この家にも昔はよく遊びに来ていたもんさ。」


「そうなんですか・・・。

 それで、通学の方、朝方はまず大丈夫かなと思いますけれど、夕方帰宅時はまた同じようなことが起きる可能性もあります。

 少々のことがあっても撃退はできると思っていますけれど、後処理に振り回されると、こちらにも大学にも迷惑をかけかねません。

 それで、できれば空港のレンタカー事務所から車を借りて来ようと思っているのですけれど構わないでしょうか?

 この家の敷地内に停めることが許されるかどうか?

 それに大学敷地の駐車場に停めてもいいかどうかも確認してからでないと動けませんが・・・。」


「うん、ウチは構わないよ。

 ガレージも空いてるし、端の方に止めるならガレージの中でなくても構わない。

 どうやら優奈は見かけによらず強そうだし、大学までさほど遠くはないけれど、今度みたいなことがあってもまた無事に済むとは限らないしね。

 ユーナがしたいようにしなさいな。」


 そう言ってジェシカさんは車をレンタルして敷地内に停めることを認めてくれました。

 翌日の昼休み、大学の事務局に行って確認したところ、”Reserve ”と表示された場所以外の場所であれば、大学構内の駐車場はどこでも駐車が可能であり、特段の許可は不要だということが分かりました。


 因みに昼食は、大学構内の学食でエミリーたちと食べるようにしているのです。

 気温が暖かければ、外の芝生の上で食べることもあるようです。


 生憎とパースに来てから最高気温が18度を超えることはありませんでした。

 優奈はその日のゼミが終わると、一旦ソーンダイク邸へ戻り、邸の近くにあるショッピングセンターへ出向いて、タクシー乗り場でタクシーを拾ってパース空港第一ターミナルに向かったのです。


 無論ジェシカさんには行く先を告げています。

 実は、オーストラリアでは30歳以下のドライバーはレンタル料金が割高になるんです。


 特に優奈のように20歳だとレンタルしない会社もあるようですが、幸いにして貸してもらえるところがあって予約済みなんです。

 優奈が借りたのはカムリMark-II であり、優奈が持っている車とほとんど仕様が同じです。


 オーストラリアは、日英などと同じく車は左側通行ですので、車も右ハンドルで日本と同じです。

 また、道路標識もほとんど同じなので運転で戸惑うことは少ないのです。


 但し、ロータリーでは右側の車が優先となるのでそれだけは注意しなければならないし、一方通行が結構あるんです。

 他にも些細なことで違っている部分はありますが、優奈は完全に頭に叩き込んでいるので運転に問題はありませんでした。


 行きはタクシーでしたが、帰りはレンタカーに乗って午後7時頃にはソーンダイク邸に戻っていました。

 因みに帰国までの13日間を借りて、料金は1120豪州ドル(略96400円ほどになる)でしたが、これが30歳以上45歳までのドライバーならば、700豪州ドル程度で済むのです。


 まぁ、いずれにしろ2週間ほど借りて10万未満であればかなり安いと言えるでしょう。

 尤も、ウイークリーやマンスリータイプの長期レンタルでは、日本でもかなり安い(週で15000円から3万5000円。月で7万円から18万円)ので、それから見ると相当に割高になるかもしれません。


 もう一つ、昨年まで、オーストラリアでは20歳の年齢ではレンタカーを借りられなかったのです。

 保険会社の受け手が無いためです。

 しかしながら、昨年の10月に新法ができて20歳でも保険をかけて、レンタカーを借りられるようになったのでした。


 元々は16歳の免許取得時に無軌道な若者が事故を多発させたことから、16歳から4年間は仮免扱いとされたのが原因でしたが、緩和されて19歳までの制限に変更になったのです。

 その代わり20歳から25歳までの自動車保険は年齢が下なほど異常に高く設定されています。

 その分がレンタル料金に反映しているのです。


 翌日から優奈はカムリで通学するようになりました。

 ある意味では贅沢なのですが、面倒を避けるためには仕方がないのです。


 但し、車に乗っていても面倒は起きます。

 貰い事故もあれば、駐車場での悪戯もあり得るんです。


 優奈の場合、魔法でレンタカーに悪戯をされないよう認識疎外をかけ、なおかつ車のボディ及びガラスなどに強化コーティングをかけているので、戦車でも持ってこない限り傷をつけられたり、ドアを壊されたりする心配は無くなっています。

 勿論、車の盗難などは有り得ません。


 動かそうとしてもエンジンはかからないし、そもそもドアが開きません。

 レッカー車を持ってきても精霊さんが見張っているから怪しげな奴の場合は、仮にクレーンであっても移動できないようになっています。


 パースは空き巣狙いと車上狙いがかなり多くなっているようですね。

 街中でのひったくりも日本に負けず劣らずあって、バイクに引きずり倒された女性もいるらしいのです。

 仮に優奈が出会ったなら、ひったくりをバイクから叩き落してやるのですが、生憎と今のところそんな場面には出くわしていないのです。


 ◇◇◇◇


 8月4日、大学通学は三日目、免疫組織化学染色のアシストでエミリーについていた優奈は、ふと違和感を覚えました。

 採取した組織片自体の自壊が通常よりも早いことに気づいたのです。


「教授、この細胞片、ゼラチンで固定しているにもかかわらず自壊が進んでいます。

 何かのバクテリア、もしくは細菌の可能性があります。

 これ以上増殖すると危険かもしれませんのでご注意を!」

 

 リンジーは、警告の意味合を瞬時に悟った。


「全員、検体から直ちに離れて。

 今すぐよ。」


 全員が離れたのを確認して、リンジーがエミリーの扱っていた検体に近づく。


「ユーナ、アシストしてくれる?

 検体を、全てグローブボックスに入れるの。

 その前にラテックスグローブを二重にして、マスク、それに防塵メガネもつけてね。」


 二人は準備し、それから迅速に検体をグローブボックスに収納した。

 その後、次亜塩素酸水を使って検体付近の機器、用具さらには学生たちの手袋や衣服までもしっかりと除菌した。


 その上で、グローブボックスに入れた検体を確認すると、異常な速さで細胞組織が自壊していくのが目で見えた。

 薄くスライスした検体の本体は冷凍庫に入れてあるが、そちらも危険ということである。


「アラン、データベースを確認して頂戴。

 何処から運び込んだ検体だった?」


 アランが手袋のままパソコンを操作する。


「えーっと、データでは、クラハン農場に迷い込んだカンガルーの死体となっています。」


まずいわね。

 伝染性が無ければいいのだけれど・・・。

 マイク、貴方はクラハン農場に連絡して、出荷を止めることと農場の家畜や作業員に異常がないかどうかを確認してくれる?

 アラン、貴方は市役所の保健課に連絡、異常な自壊作用を引き起こす検体が獣医大学に運びこまれ、伝染性の危険もあるので所要の手続きをお願いすると伝えるの。

 出所はクラハン農場で発見されたカンガルーの死体、従って周辺の地域も危険かも知れない。

 私は、保健省に連絡する。

 その間、作業は中断。

 検体には決して触れないように。

 優奈を含む、女子三人は、その間に可能な対策を検討していて。」


 教授と二人の男子は、慌ただしく電話をかけ始めたのでした。

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