第197話 21-2 アリスの悩み
優奈の暴言に近い言葉を聞いてジェシカが怒った。
「まぁ、何てことを言うのですか。
アリスの気持ちもわからずにそんなことを言うなんて。」
「ごめんなさい。
でも、言わなければいけないんです。
アリスさん、貴女、今妊娠してますよ。」
ジェシカが仰天し、アリスはぽかんと口を開けたままである。
「貴女に会って直ぐに、貴方が発する気の様子でそれがわかりました。
でも、このままでは妊娠したと気づかないうちに流れてしまう。
原因は、貴方の身体の脊椎のわずかな捻じれにあります。
その捻じれが原因で受精卵の着床以後の発育が血流不全のために難しくなってしまうんです。
多分、マードック大学のカイロプラクティクでは調整が難しいし、発見も難しいでしょうね。
でも、私は日本に古くから伝わる武術を知っています。
その中に身体のねじれを治す方法があるんです。
カイロプラクティクと同じようでありながら異なる術式です。
もし、貴女さえ宜しければその方法を試させていただけませんか?
上手く行けば、私が帰国する頃には、正式な妊娠として外部からも認知できるようになるかも知れません。」
アリスが飛びつくように優奈に縋りついた。
「本当に?
本当にできるならやってください。
赤ちゃんを産むためなら何でもします。」
優奈がジェシカの方を見ると、ジェシカも両手を目の前に合掌して崇めるように優奈を見つめ頷いた。
「じゃあ、やってみましょう。
アリスさん、できれば下着姿でベッドに寝てもらえますか。
床でも構わないのですが、できればベッドの方がいいと思います。」
「じゃぁ、寝室で・・・。」
そう言ってアリスは二階にある自分たちの寝室へと案内する。
アリスがショーツとブラジャーだけの姿になって、優奈の指示に従ってベッドにうつぶせに寝た。
その身体の背骨のラインに沿って優奈が指をゆっくりと撫でおろして行く。
と、ある場所で止まった。
「アリスさん、少し痛いかもしれないけれど我慢してください。」
アリスが頷くと同時に、優奈の親指がアリスの背骨近くにめり込んだ。
押しているというよりは、むしろ刺しているという表現が似合うほど指がめり込んでいた。
アリスが手を握り締め、あるいはシーツを引っ掻いてもがき、低い呻き声を上げている。
ほんの数秒であったが、アリスにとっては死ぬかとも思うほどの痛みであった。
優奈が手を引いてほっとしたのもつかの間、優奈がまた言った。
「今度は痛みじゃないのですが、結構長く続きます。
できるだけ我慢してくださいね。」
何が長く続くんだろうと不安なアリスであったが、頷いた。
優奈は、ごめんなさいと小さく言って、靴を脱いでアリスの脚に跨り、それからアリスの臀部の上あたりに両手の手のひらを押し当てた。
それからそのままの体勢を維持している。
そのうちアリスが言った。
「あら、貴女の手のひらが凄く暖かくなってきた。」
「ええ、今の内はそう感じます。
それがもう少ししたら変わりますが、そこからが我慢の時間です。」
それから数秒、「クッ」と呻いて、アリスの表情が変わった。
それから十秒もしないうちに、アリスの顔が苦悶に満ちて来た。
何かに必死に耐えているという感じであるが、お尻が僅かに震えている。
ジェシカの目にはアリスの臀部が痙攣しているようにも見えた。
やがて耐えきれなくなってアリスが
ジェシカも知っている女がセックスで絶頂期に近づいた際に漏らす喘ぎの声である。
切なく甲高くアリスは声を押し殺しながらも声を漏らしていた。
それが5分ほども続き、ついにアリスがブルっと全身を震わせて気を失った。
優奈がそれでようやく手を放しベッドから降りたのである。
「一体何を?」
そう、ジェシカが訊いた途端に、大きなため息が漏れたような声を出してアリスが蘇った。
「あら、私・・・。
そうかぁ、逝っちゃったんだ。
あんまり気持ちが良くって、感極まって頭が真っ白になっちゃった。」
それからじとっとした目で優奈を見つめた。
「下着までべちょべちょ。
ケヴィンにもこんなに感じたことなかったのに・・・。
ユーナ、何をしたの?」
優奈は苦笑しながら言った。
「アリスさんの背骨のねじれを治すために強制的に脊髄を少し曲げました。
それからそれを落ち着かせるために性感を上げたのです。
筋肉の緊張が脊椎の位置を本来あるべき姿に修正してくれるんです。
アリスさんが必死に耐えて頑張ったおかげで、正常に戻ったと思います。
さっきアリスさんの気に直接触れた感じでは、概ね妊娠四週間ですね。
薬局で売っている妊娠検査キットにも反応するはずですし、必要な術を施しましたから流産の危険も無くなったと思いますよ。
6週目に入ったらお医者さんに見て貰うと良いでしょう。それと生理の予定日は?」
「実は、予定日は明日あたりからなの。」
「生理は当分の間は、お預けですね。
あとは、旦那さんとの睦み事はできるだけ控えること。
どうしても我慢できない場合は軽い行為にとどめてください。
激しいのは絶対に駄目です。」
あっけらかんと言われて顔を赤くしながらアリスが言う。
「ユーナって、まるで産婦人科の女医さんみたいね。
でもまだバージンなんでしょう?」
「ええ、自慢じゃないですけれどまだバージンですよ。
だから、セックスの話はこれでお終い。
新しい下着に着替えてくださいね。」
ジェシカが言った。
「着替えたら下にいらっしゃい。
美味しいお茶を用意しておくわ。」
まもなく階下に降りて来たアリスを交えて、三人で少し遅めの紅茶をいただいた。
初対面の割には和気あいあいと話ができた。
これもアリスの不妊治療のお陰かもしれない。
正しく出逢って直ぐに裸のお付き合いになってしまったから無理もない。
その後で、優奈の部屋に案内してもらった。
優奈の部屋は1階にあり、近くにジェシカさんの部屋がある。
二階は若夫婦の領域ということでジェシカさんも余り行かない様にしているらしい。
優奈の場合、私的な留学だから、どこかの留学サポート会社の援助を受けているわけではない。
従って、日本で作成した契約書をお見せして、きちんとホームステイの契約を交わし、契約書記載の金額を支払って、ジェシカさんから領収書もいただいた。
因みに、一日当たり45豪州ドル(約4千円)程度であり、15泊16日の料金は720豪州ドル、それに加えて受け入れ準備諸費で250豪州ドル、合わせて970豪州ドルであった。
優奈はそれ以外にも日本土産を用意して事前に航空便で送っていた。
博多人形の可愛い置物である。
一つは少し大きめの「藤娘」であり、今一つは童が可愛い仕草をしている「花摘み」であった。
優奈が届いていた土産を披露すると、それを見てジェシカが言った。
「両方とも私が貰っておこうね。
アリスが子を産んだらこの小さな可愛い方を上げる。
そうでなければ私の形見で受け取りなさい。」
「まぁ、形見だなんて縁起でもない。
チャンと産んでそのお人形さんを戴きます。」
これまで子供の話はこの家ではタブーであったようだ。
それが気軽に話せるだけ気分が明るくなっている証拠である。
優奈は、部屋で自分の荷物を片付けていた。
一方、アリスはいそいそと近くのドラッグストアへ買い物に行った。
今晩の夕食の材料は既に揃えてある。
必要なのは妊娠検査用のキットなのである。
何度も試して無駄に終わったので、ここ数年は買ったことさえなかった代物である。
優奈が言っていた通りこれまで知らずに流産していたなら、随分とその命に可哀そうなことをしていた。
初期の頃確かに生理が遅くなった時に、試薬で確認したことがあるがいつも外れだった。
その時には、多分流産していたのかもしれない。
それにしても、ミラクル・ユーナは私たち夫婦にとっては天使が舞い降りて来たようなものだ。
ある日突然目の前に現れて妊娠を告げる。
普通ならば信じられないのに、あの子はその言葉を易々と信じさせる何かを持っている。
きっと生まれてくる子は神に祝福された子なのだろう。
ならばきっと大事に育てて見せる。
そう決心するアリスだった。
アリスは買い物から帰ってくるなり、ジェシカに報告した。
「お母様、ショッピングセンターのトイレで確認したら陽性だった。
ユーナの言う通り、私、妊娠してます。
これまで生理が始まる前に調べたことなんて無かった。
だから見逃していたのかもしれない。
ケヴィンに今晩伝えます。」
それから、傍にいた優奈に抱き着いてキスの雨を降らせる。
「ありがとう、ユーナ、貴女は私の天使だわ。
結果はまだわからないけれど、私たちの子を守るようにしてくれた。
私は、貴方の言葉を信じます。
ああ、どんなお礼をすればいいのかしら?」
「今回は二週間お世話になる身ですからお礼なんていりません。
但し、赤ちゃんが生まれたなら写真を一枚いただけますか?
それだけで十分です。」
その日ケヴィンが返ってきて、アリスの神妙な報告で再度の大騒ぎになった。
ケヴィンも陽気ないい人だった。
その日の晩餐は久方ぶりに盛り上がったようだ。
アリスの妊娠は、正式には6週目に入ってから医者に行って確認することになる。
その日の内に優奈はリンジー・フェルトン教授にメールを入れて無事にパースに付いたこと、予定通り明日8時半には大学の研究室に行くことを知らせたのです。
明日午前中は、アジア人は未開人だと信じてやまない前近代的な三人の教授を相手に口頭試問を受けることになるのです。
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