第195話 20-10 桜島の噴火

 陸連の高坂理事には、優奈の本音をちょっとだけ伝えておきました。


「鹿児島って遠すぎるんですよね。

 明らかに二日目の午後以降からしか出場できない上に、最終日に東京に戻れても帰宅は完全に夜中です。

 それほどまで苦労して出場しなければいけないものなんでしょうか。

 私の陸上は、あくまで趣味の範疇なんですよ。

 陸上競技に出るために種々の犠牲を払うって、おかしくありませんか。

 今回は、一応出る準備はしていますが、直前でサボるかも知れません。

 理由は特にないんですけれど、鹿児島はとても良くないことが起きる予感がします。」


「おいおい、スーパースターが出なけりゃ、ただの運動会にしかならないよ。

 前にも言ったけど、出られる奴だけでも何とか出場してくれぃ。」


「そんなこと言ったって、100mや10000mを含めて6種目も出られなくなるんですよ。

 残っている種目で私が出場予定の競技が10種目ですが、そのうち半分は七種競技と同じ種目なんです。

 わざわざ5種目だけのためにお金と時間を費やして疲れに行くだけなんてひど過ぎません?

 これなら関東学連オープンの方がよほどましです。

 二日間でのタイムレースや決勝だけですけれど、全部の種目に何とか出られますからね。

 さっきも言いましたが、一応出るつもりで準備はしてますけれど、正直言って行きたくありません。」


 高坂理事とそんな話をしておいて、実際には航空機に乗らないという筋書きである。

 まぁ、誠意だけは見せて、航空券の予約だけはしておいたのです。


 で、羽田空港でフライト直前にキャンセルを行うことになる。

 優奈がだんだんとずるく、あくどいやり方をするようになっていると感じるのは気の所為でしょうか。


 ◇◇◇◇


 6月11日及び12日、長野で恒例の日本陸上競技選手権(混成競技)が開催されました。

 前日の金曜日、今回は晴天が続くので、バイクで長野に入り、槍などは事前に事務局へ送っておいて、定宿にしているホテルメトロポリタン長野に投宿しました。


 翌日の朝、長野運動公園総合陸上競技場へ赴きました。

 そうして二日間の競技を行うけれど、ここでもそこそこの力でセーブし、世界記録は出さないようにしていたのです。


 合間、合間に求めに応じてサインをするのが優奈の日課のようなものです。

 沢山の中・高生がサインを求めてやってくるのは、もう長野の年中行事の一つになっています。

 トータル10000点台の得点でごまかし、日曜の夜にはマンションに戻るのでした。


 ◇◇◇◇


 そうして問題の25日、武蔵境から羽田空港まで概ね1時間半はかかるので、14時の競技開始に間に合うためには12時までに鹿児島空港についていなければならず、逆算して羽田空港発8時55分の航空機に乗るために、優奈は早朝6時半前に家を出て羽田空港に向かいました。

 羽田空港の搭乗手続きカウンターに到着したのは午前8時15分ごろであり、そこで体調が悪いので旅行を取りやめるとカウンターに告げました。


 直前のキャンセルですから、払い戻しの割合は少なくなるのですが、それでも払い戻しの手続きをしてくれました。

 高坂理事には午後になってから連絡するつもりでいます。


 8時55分発の航空機は10時40分には鹿児島に到着します。

 その一つ後の便は11時50分着なのです。


 優奈が空の荷物を持ってマンションに帰り着いたのが午前10時過ぎ、それから朝の紅茶を飲みながらテレビを見ていると突然臨時ニュースが入りました。

 10時41分、突如として桜島が轟音とともに大噴火し、島は黒雲で見えなくなったというのです。


 火山性地震が頻発し、桜島の民家は一部倒壊したところもあるようです。

 引き続き流れる情報からは、優奈が乗る予定だったANA621便の乗客が降機中に、ウィング通路を火山弾が直撃し、数人が怪我を負ったことも報じられました。


 ANA621便もいくつかの噴火弾を受けて、飛行不能になった旨を伝えたほか、鹿児島空港は621便の事故発生により、後続便の離着陸を暫く見合わせる措置を取ったようです。

 結局後続便は、宮崎若しくは熊本に降ろされたのです。


 予想通り噴煙は、当初3000mにまで達し、さらに上昇しつつも午後からの南風に伴って鹿児島空港の上空を覆うことになりました。

 これにより鹿児島空港が完全に離発着を禁止されたのは2時間後の事です。


 火山性地震により鹿児島本線の一部が土砂崩れで不通になっていました。

 噴火で舞い上がった火山弾が九州高速道をも直撃、走行中のタンクローリーに当たって火災を伴う事故を発生し、九州高速道も完全不通になっているという情報も伝えられました。


 つまりは陸上競技に参加中の皆さんは、ほぼ鹿児島に缶詰めになってしまったわけです。

 事前に教えられなくてごめんなさいと心の中では謝る優奈でした。


 優奈は、この放送を一通り見てからメールを入れたのです。


<羽田まで行ったのですが体調が悪くなり、621便の搭乗を取りやめて、自宅に戻って現在静養してます。

 家に戻ってから桜島噴火のニュースを見ました。

 やっぱり鹿児島方面は良くなかったですね。

 行かれた選手や審判たちは大変そうですね。

 何か私にできることがあれば言ってください。

 尤も、土日ぐらいしか動けませんが・・・。>


 折り返し、高坂理事からメールが来た。


<メールありがとう。

 621便に乗って無くて何よりだった。

 その便で火山弾の直撃を受けて怪我人が出てるらしい。

 取り敢えず東京でできることはない。

 家で静養しておいてくれ。>


 こうして2022年の日本陸上競技選手権大会は桜島の噴火により中止の憂き目にあったのです。

 100年余の歴史の中で大会が中止となったのは初めての事でした。

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