第194話 20-9 学祭と鹿児島行き?

 武蔵野大学の学生会から優奈にとある打診があったのは5月に入ってからの事でした。

 わざわざ学生会の代表者が日本*医生命科学大学までやってきて、優奈の受けている講義が終わるのを待って面会を申し込んできたのです。


 用件は、10月15日及び16日に開催される武蔵野大学の学祭である*耶祭に優奈をゲストとして招き、そこで演奏会をして欲しいと云うものでした。

 ゲストとして予定しているのは、もう一人居て、最近話題になっている男性アイドル歌手の相澤昌介さんであるという。


 優奈から「何故私なんですか?」と尋ねると、*耶祭実行委員長の舘林たてばやしまさるは、優奈からの質問そのものが意外そうな表情を見せながらも簡単に言った。


「武蔵野大学の男子学生、女子学生を通じてのアンケート結果で、招待客として呼ぶべきアイドル・タレント部門の第一位だったんです。

 二位の相澤昌介さんや三位の及川奈緒子さんを抑えてダントツのトップでした。

 でも、全体の時間割構成から考えて、もう一組を選んだ方がいいだろうということで第二位の相澤昌介さんも選んだのです。」


「あの、余計なお節介かもしれないけれど、そんなことを相澤さんに言わない方がいいですよ。

 素人が自分より上だなんて芸能人としてのプライドが許さないと思います。」


「あ、御免。

 もう言っちゃった。

 先に相澤さんの処へ連絡を入れて正直に話しちゃった。

 で、マネージャーは少しブンむくれていたけど、相澤さんは笑って言ってました。

 <ミラクル・ユーナじゃ仕方がないよ。

  彼女アイドルじゃないけれど、芸能界に入れば間違いなくトップアイドルだぜ。

  むしろそんな人と一緒のステージに立てるだけいいじゃない。

  それにもしかするといい曲貰えるかも。

  俺、大橋美空の歌でユーナの作った歌が全部好きなんだ。

  だから、もし俺のためにも作ってくれたなら感激しちゃうよ。

  本当、一曲だけでいいから作ってくれないかなぁ。>

 ですって。

 少なくとも相澤さんは気にしてません。

 で、お願いなんですけれど、プロダクションの方をなだめるのに相澤さんにも何か曲を作ってあげてくれませんかねぇ。

 そうすれば、すんなりいくような気がします。>


「あのぉ、お願いされても私は普通作曲はしないんですよ。

 ただ、これまでに作った曲の中に彼の歌い方や声質にあったものがあれば・・・・。

 うーん、有るかも知れませんね。

 家に戻ってから探してみます。

 で、曲があれば、私の出演は免除ということでいいですか?」


「いや、違いますって。

 優奈さんが主で、相澤さんはあくまでおまけなんです。

 メインが引っ込んでは困ります。

 相澤さんが仮に降りるようなことになっても、優奈さんには残ってもらいたいんです。」


「うーん、困ったなぁ。

 基本的に日本でのステージには立たないようにしているんで・・・。」


「あのぉ、ウチの学生に対する講義の代わりというスタンスではどうでしょう。

 うちには音楽学部もエンターテイメント部もないですけれど、必要ならばウチの教育学部の連中を全部集めてもいいですから、・・・。」


「うん?

 ひょっとして、板垣美和さんって、貴方達の先輩なのかしら?」


「ええ、そうです。

 板垣さんは僕らの大先輩です。

 水泳では花形だったんですけれど、大学卒業後に体調を悪くして引退しちゃったんです。

 けれど、今でも時折水泳部の連中の面倒を見てくれています。」


「ひょっとして板垣さんに入れ知恵されたんですか?」


「板垣さんに?

 いや?あれ?

 そう言えば、啓子が言ったのは板垣さんの受け売りかも。」


「その啓子さんとやらは水泳部?」


「ええ、水泳部の副部長をしています。」


「うーん、・・・。

 しゃぁないなぁ。

 検討するから1週間待ってくれる。

 10月だとまだスケジュールが立ってないんで、下手に約束して後でドタキャンするような真似はしたくないから・・・。」


「1週間でしたら十分です。

 ウチらもすぐに返事がもらえるとは思ってませんでしたから。」


「但し、予め言っておきますけれど、仮に出演するとしても、決して芸能活動じゃないんですよ。

 私も芸能人じゃないから、プロのステージ料と一緒だなんて絶対にダメだし、基本的に出演料はいただきません。

 まぁ、謝礼ぐらいならいいかもしれないけれど、それも常識的な範囲じゃないとだめですよ。

 私の立場としては間違いなく無償の方がいいです。」


「あちゃー、それもまた難題ですねぇ。

 スポンサー集めて、結構な予算組んでるんですよ。

 うーん、ウチも検討しておきます。」


 この後、優奈はいろいろ調べてから、結局、武蔵野大学の申し出を受けることにした。

 一応HALSにも事情を話して連絡はしておいた。


 その上で、手持ちの曲の中に相澤昌介さんに合いそうな曲が一つだけあったので、彼のプロダクションと折衝してくださいと波照間女史にお願いしたのです。

 この後、武蔵野大学の学園祭に出演を決めたことが予想外に大きな波紋となって徐々に広がって行くことを優奈はまだ知りませんでした。


 ◇◇◇◇


 更に5月中にはもう一つの難題が生じました。

 日本陸上競技選手権の混成競技は毎年長野で開催されるが、混成競技以外の日本選手権は年ごとに競技会場を変えて開催されます。


 今回の開催地は鹿児島でした。

 一応鹿児島での大会は早いうちに不参加を表明していたのですけれど、陸連理事から泣きが入りました。


 世界記録保持者であり、日本のトップアスリートである優奈にそっぽを向かれると、以後の大会のイメージが悪くなるから、例え一種目だけでもいいから何とか出場して欲しいと頼み込まれたのです。

 2023年からは、日本陸上選手権の開催地は東京のオリンピックスタジアムに当面固定されることになっているのですが、今年については既に地元が開催の準備を進めている段階で陸連としても中止を言い出せなかったのです。


 鹿児島であれば、どう考えても金曜日の出場は無理である上に、学業の方で金曜日の出発は無理になったので鹿児島到着がそもそも二日目になってしまうのです。

 しかも会場の鴻池陸上競技場は鹿児島空港から遠く、車でも1時間は見ておく必要があるのです。


 帰路についても、少なくとも航空機の出発予定時刻の2時間前には競技場を出ていなければならないのですが、予定では最終種目である200m決勝が開始されるのは1730、着替えなどをしていればどうしても競技場出発は18時以降になります。

 鹿児島発の最終便は2040であり、仮に間に合ったにしてもぎりぎりと考えねばならないのです。


 それでも陸連からのお願いですから何とか無理してでも行こうと考えていたのですが、厄介なことに、桜島の御岳が噴火し、相当の火山灰がまき散らされることになるのがわかったのです。

 大地の精霊と話をしたのでまず間違いないことなのです。


 ここ最近は火山性の微震が続いており、気象庁でも注意を呼び掛けている最中なのです。

 但し、これまで何度もそのようなことがあって、小噴火で多少の降灰はあっても何ら支障にはならなかったので地元関係者は誰も心配はしていないのです。


 陸連幹部も同じでした。

 情報としては、知っていても今すぐに危険があるとは思っていないのです。


 大地の精霊によれば、噴火は25日正午頃になる筈で、前後1時間ほどの誤差はあるでしょうが、桜島に近い鴻池にも風向き次第では大量の降灰があるとのことでした。

 おまけに風向きは夕刻から南向きになってしまうため、桜島の北方向にある鹿児島空港はもろに降灰の影響下に入ることと、噴煙が空港上空を覆うために空港自体が閉鎖される可能性が高い様なのです。


 噴火の規模は、大正三年の大噴火には劣るものの噴煙は成層圏に達するほどになり、気流の状況によっては、九州一円の空港が使えない状態になる可能性もあるようです。

 また、噴火の影響と同時に発生する火山性地震の影響で鉄道及び道路にもかなりの影響が出ることになるでしょう。


 優奈が仮に鹿児島に25日午前中に到着して、鴻池に向かっていれば、その時点から通常の方法での東京への帰還はかなり難しくなることになるでしょう。

 おそらく陸上競技の方も当然に中断せざるを得なくなるだろうと思われるのです。


 桜島全体が黒雲に覆われても、なお、平然と競技を続けるような人はいないだろうと思うのですが、どうなんでしょうね?。

 優奈が出られるはずのない24日の競技は別として、25日以降の競技は宙に浮くはずですよね。


 そしてまた、選手及び役員が鹿児島市内に閉じ込められる恐れも高いのです。

 優奈としては、そんな場所に行くのは金輪際御免なのです。


 しかしながら、誰も知らぬはずの噴火予想を知らせずして、参加を断る理由が難しいですよね。

 止む無く、出場予定のまま、実際には鹿児島へ行かないことにしました。

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