第193話 20-8 新年度
神戸から武蔵境に戻って来たのは4月2日の土曜日です。
その日から優奈は、予定通り東京都あきる野市養沢の麻生山の地下に秘密基地を作り始めました。
勿論、優奈の所有する土地では無いし、建造物の建築許可もとっていない違法建築です。
バレなければ良いという訳ではありませんが、他に迷惑を掛けずに済む方法が無かったのです。
麻生山は標高794mの山ですが、標高マイナス200mの地下に空洞を少しずつ作るところから始めました。
方法は最初に必要な大きさの空間ごとに厚さ40センチの超硬金属ラムダメタルで仕切り、内部の岩石を取り去るのです。
取り去った岩石は、当該ブロックの基礎岩盤に押し込み融合させます。
このため地表面での質量欠損による重力異常はほとんどないはずなのです。
尤も、内部設備を作るための材料として一部は保存しているのですが、その量は1ブロック当たり数トン単位に過ぎません。
例えば、広さ48㎡、高さが3mのバイオセーフティレベルIVの実験室の場合、入室する前の準備室として72㎥のものを計画し、実験室の背後設備として機械室72㎡、フィルター室108㎥、更に閉鎖式真空空間54㎥、隔離式廊下72㎥をワンセットで計画しているのです。
このワンセット全部がバイオセーフティレベルIVの区画として独立に機能するようにしなければならず、機械室には核子力発電機を二基備えており、場合により他の区画への給電が可能なシステムとなっています。
また、バイオセーフティレベルIVの実験室は、常時負圧にするため小型真空ポンプが稼働して、室内の気圧を一定に保っています。
同実験室から吸引した空気は全てフィルターを通した後に、5000度Cの高熱にさらされてから冷却され、12種類のフィルターを通じて元の空気に復元され、一旦圧縮空気タンクに収められます。
バイオセーフティレベルIVの実験室内部に入る者は、宇宙服にも似た抗菌スーツを着装して準備室から実験室へ入るのですが、呼吸はボンベ内の空気で行い、概ね一時間の使用に耐えるようにできています。
この抗菌スーツは、特殊な伸縮性のあるポリマーと炭素繊維の六重層からなる継ぎ目のない繊維からできており、ナイフや至近発射の銃弾にも耐えることができますが、生憎と衝撃は緩和してはくれない代物です。
まぁ、実際のところ穿刺やメスが内部に通らなければいいのであって、それ以上は望んでいないのです。
この抗菌スーツは、一回限りの使用で、使用後は5000度Cの高熱で焼却されます。
ボンベも実は同じ材料で作られており、耐圧限度は25気圧で、常用20気圧としています。
ワンブロックのVSL-4(バイオセーフティレベル-IV)の実験室を製造するのに要する時間は概ね3時間で、1日に1ブロックずつ製造することにしているのです。
最終的には第一階層部分で、VSL-4が8ブロック、VSL-3が6ブロック、VLS-2が8ブロックが、VLS-1が8ブロックとなる予定なのです。
第二階層は、基本的に倉庫区画と負圧を要する1階層区画のVLS-3及びVLS-4の処理施設がある区画です。
第三階層は、基本的に倉庫と仮居住区であり、休憩室や台所、食堂などを設置します。
第四階層は、飼育室区画であり、モルモットを含めた動物を飼育するための施設になります。
動物たちは、伝染病を防ぐために、独立した区画でのみ飼育されることになります。
一階層当たりの延べ床面積(
高さ15m近くの4階建ての大型ビルを想定すればほぼ似ているでしょう。
但し、地下深くにあるため窓は一切ありません。
恒久的な施設として残すつもりもないので、将来的には全て廃棄する予定です。
武蔵境にある*トーヨーカ堂の西館が、真四角では無いものの概ね2800㎡の5階建て(一部6階建て)ですので延べ床面積では概ね西館と同じぐらいと考えていいでしょう。
内装や設備を含めて、完成するまでには、おそらくは3か月余りを要するものと思っているのですが、夏季休暇に入る頃には概ね使用可能となっているはずなのです。
◇◇◇◇
4月5日、入学式があり、それに合わせて部活の勧誘も始まり、昨年同様、あちらこちらからの部若しくは同好会から勧誘の応援を依頼された。
陸上同好会、合気道部、馬術部は掛け持ちで回ったほか、昨年11月の日獣祭で関わった部、同好会はそれぞれ優奈のパネル写真や動画の展示許可を求めて来ました。
それらの部や同好会に所属しているわけではないのですが、関わった以上は止むを得ないので写真等の展示は了承せざるを得ませんでした。
◇◇◇◇
4月16日、17日の両日は、TOKYO Combined Events Meet 2022(東京陸上競技選手権(混成競技))が駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場で開催され、優奈も当然のように出場しました。
出場選手は、女子で20名前後です。
小雨模様にも関わらず観客席はいつものように大勢の人で埋まっている。
2020年度に初めて出場した折は、さほどに客が来るとは思っていなかったので警備陣に問題があったのですが、昨年からはしっかりとした警備体制を敷くことができるようになったようです。
15000人の観客が居て500円ずつの入場料を徴取していれば、300万円ほどの金をかけても十分な利益が出るはずなのです。
つまりは100人や200人体制での警備が可能だということです。
尤も、それほど大規模な警備が受けられる警備会社がいるかどうかは別なのですが・・・。
何れにしろ、結構な数の警備員が目に見えているので、相応に金をかけているのだろうと思われます。
此処でも優奈は結構手を抜いているのですが、世界記録に迫る記録であれば誰も手を抜いたとは思わないのです。
何せ、比較的わかりやすい200mですら第二位は50m以上も引き離されてのゴールインなのです。
第二位の人は24秒台の記録を出しているから決して悪いわけではないのですよ。
優奈がたまたま別格なのです。
七種全ての記録で世界記録を下回っているものの、優奈の総合得点は1万点を超える記録なのです。
二位以下は5千点台以下でかろうじて半分程度でした。
観客は、優奈の雄姿が見られたので大満足で帰って行ったようです。
翌週の4月25日、26日は、東京陸上競技選手権が同じ駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場で開催されました。
この大会は参加制限があって、一人二種目しか参加できません。
従って、優奈は二日目の100mと棒高跳びにエントリーしていました。
無駄に二日間行くよりも、1日だけで済ませ、土曜日は秘密基地の建造に頑張るつもりなのです。
100mは9秒93で走っていればどこからも文句は出ません。
棒高跳びも無駄に時間をかけないよう最初から5m80センチでスタートします。
他の選手は、3m台で終了しているけれど、いきなり倍近くまで上げられたバーを見て、やっぱりびっくりしていますよね。
これまでは優奈も精々5mぐらいから始めていたから違和感があるのでしょう。
それでも一発でクリアすると観衆は沸き立ちました。
次いで10センチずつ上げて行き6m30センチを跳んで、3センチずつに切り替えるのです。
6m36センチをクリアし、39センチを三回失敗した時には失望のため息も出ましたけれど、盛大に拍手をしてくれました。
優奈も5m50センチのポールを作っているのでもう少し跳べるような気もするのですが、それはまた別の機会にすることにしましょう。
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