第128話 13-18 顔見知り、ストーカー、陸上競技

 翌5月24日、優奈は久しぶりに買い物に出かけました。

 イトー*ーカドー武蔵境店で食料の買い出しです。


 ふと気づくと背後に二人の女性が佇んでいました。

 鷹島由紀奈と鷹島好美であった。


 優奈は勿論変装しているのだが、由紀奈はそれを知っているし、拙いことに好美はこの格好で名乗らずに会っている。


「こんにちは。今日は買い物ですか?」


 由紀奈がそう挨拶する。


「はい、食料の買い出しです。鷹島さんもですか?」


「はい、そうなんです。あ、こちらは妹の好美です。」


 優奈が口を開く前に好美が言った。


「優奈さん、先日は、大変御世話になりました。」


「あら、好美、何処でお会いしたの?」


「ええ、ちょっと困っているところを優奈さんに助けて頂いたことがあるの。」


 そう言いつつ、好美は優奈の方へウィンクして見せた。

 どうやらどこかの時点でこの変装が優奈であることを知ったらしい。


 その上で隠してくれているのならば問題ないだろう。


「いいえ、こちらこそその節はありがとうございました。

 それで、予定通りに全て上手く行きましたか?」


「はい、それはもう、予想以上に上手く行ってしまって、何だか申し訳ないないなぁと思うぐらいです。」


「ごめんなさい。私が余計なアドバイスしたばかりにかえってご迷惑をかけましたね。」


「いいえ、もし、優奈さんが居なければ、ここで買い物なんかしている余裕があったかどうかわかりませんもの。

 でも、優奈さんがその姿で買い物に出歩いているとは思いませんでした。」


「ねぇねぇ、好美ったらどこで何をお世話になったの?」


「うーん、ユキネエにも内緒だねぇ。

 私と優奈さんだけの秘密だから。」


 そう言って笑う鷹島好美の笑い顔には何の屈託もなかった。


 ◇◇◇◇


 優奈の大学生活はその後も順調に過ぎているが、徐々にウザイ人物たちに所在地が突き止められ始めていました。

 郵便物は必ず実名で来るのだから隠しようがありません。


 そうしてそれらは日本郵*株式会社の手を経ているのだから、そこに勤務する職員は当然に目にする機会もある。

 第二に優奈が良く利用する*マゾンは、外国の書籍を入手する際に大変便利であるけれど、ここもいわゆる宅急便若しくは書簡便を使っています。


 これらの会社は内外を問わずデータベースにそれらの情報を保管しており、従って情報流出の危険性はいつでもある訳なのです。

 それやこれやで、ついに優奈の所在地がバレてしまいました。


 東京都武蔵野市境南町2丁目 ベリエール武蔵境という住所がネットに乗ってしまったのです。

 住所がばれてしまうとその近傍に監視拠点がオタクたちの手で作られてしまいました。


 これはもう一大事なのです。

 マンションから出かけるのが中々に難しくなってしまったのです。


 無論、そうした監視網は、他人のプライバシーを暴こうとする行為で、ある意味で不法なものですから対応がしやすい面もあります。

 監視機器、録画装置を見つけたなら即破壊なのです。


 彼らは監視機器を破壊されても文句を言えるはずがありません。

 れっきとした盗撮という犯罪行為を行っているのであり、見つかれば相応の刑に服さなければならないはずなのです。


 第二は拠点場所なのですけれど、これはマンションの斜め向かいにある民家の二階が使われています。

 共同で部屋を借りながら一人の名義にしているのですが、その実、数人が交代で張り番をしているのです。


 そうした輩には精霊たちにお願いして適度ないたずらを仕掛けてもらっています。

 夜中になると虫がどこからともなく蝟集いしゅうしてきて、当該二階の部屋を襲うのです。


 単なる蛾のような場合もありますが、アリやゲジゲジが大挙して部屋に侵入するとさすがに男どもも一時的に逃げ出す羽目に陥るのです。

 それが二週間も続くと向こうも体力切れになって撤退して行きました。


 何れにしろ優奈の居場所が知られてしまうと、サイコップやFIZMAの動きに注意せねばなりません。

 優奈は、マンションを中心とする3キロ以内の範囲にかなり詳細な監視網を作りました。


 3キロ以内で発生した事柄は、何であれ瞬時に把握できる体制を整えており、優奈に危険を及ぼす可能性がある場合は精霊から警報が出されます。

 出来事全てを優奈が常時把握する必要はなく、必要の都度、確認できる体制があるということです。


 ◇◇◇◇


 6月13日からは、長野で日本陸上競技選手権混成競技が開催されるため、優奈は前日の夕刻、車で長野へ向かいました。

 槍を運ぶためにワゴン車のカローラ・フィールダーをレンタルで借りての遠出です。


 競技中は、顔がばれているのですから車も当然にアシがついてしまいます。

 それで競技会に参加するために車が必要な場合は、極力レンタカーを使うことにしたのです。


 因みに優奈の車は、現住所で住所変更を行い、多摩ナンバーに変わっています。

 全塗装でワインレッドに変えた車は、あでやかなのだけれど目立ちすぎかもしれませんね。


 但し、新車時の塗装と異なり、後からの塗装はいくら丁寧に仕上げたにしてもアラが残り、塗装にむらも生じます。

 多分5年もせずに劣化する可能性があります。


 まぁ、そんなに今の車を持っているかどうかは不明なのですけれど、塗装が剥げる事態は避けたいですよね。

 そこでちょっとした魔法をかけちゃいます。


 いや、魔法ではないかもしれません。

 何せ塗装面と塗膜を完全に融合化させる分子操作ですから。


 この方法で融合させた塗膜は剝げることがありません。

 また塗装表面は分子構造に至るまで均一化されているので摩擦係数が従来の1割程度になっており、非常に汚れにくいのです。


 勿論、他の処では絶対にできない加工処理なので誰にも内緒です。

 武蔵境から関越自動車道と信越自動車道を使うと凡そ3時間で長野市営陸上競技場に到達できます。


 武蔵境のレンタカー会社を4時に出て午後7時にはホテルメトロポリタン長野に入ることができました。

 このホテルからは車なら20分ほどで長野市営陸上競技場に入れます。


 陸上競技場の最寄り駐車場に入るためには、少し早めにホテルを出なければならないのが玉に瑕でしょうか。

 開会式は午前9時15分から、10時には最初の種目100mハードルの点呼があります。


 優奈も3回目の長野であり、選手・役員を含め相応に知った人物が多いのです。

 何せ七種競技、十種競技をやっている選手だけが集まってくる競技会ですから、さほどに競技人口は多くないのです。


 特に一般の部は限定されます。

 優奈はインカレには出場できないので、こうした場所で同じ年代の選手と会えることが楽しみの一つでもあるのです。


 因みに長野県の大会も兼ねているので小学生や中学生の競技もあるし長野県の選手だけの競技もあるので混在しているという感じはします。

 ここでも優奈が出るので市営の競技場は観客で一杯になります。


 そうして選手たちのいるメインスタンドでは、相も変わらずサインを求めて優奈の前に列ができているのです。

 何しろ小学生などは毎年別の子が出て来るのだから必ず新しくサインをもらいにくる子がいるのです。


 その一方で、毎年サインをもらいにくる子もいますね。

 残念ながら一般の入場客は、そうした光景を、指をくわえて観ているか一生懸命カメラで撮っているかのどちらかです。


 優奈はオリンピックに向けて調整しているので全力は出さないでいるのです。

 そのために記録は平凡なものになりますが、それでも他の選手とはグレードが違う結果を出しています。


 長野の競技会を終えて、優奈は6月14日午後7時半に武蔵境に辿り着いていました。

 武蔵境のレンタカー屋さんは、マンションから徒歩15分のところにあって、午前7時から午後10時まで営業しているのでとても便利なのです。

 今では店員さんともすっかり顔なじみになってしまいました。


 ◇◇◇◇


 優奈は、6月21日の武蔵野市春季市民陸上競技記録会にも顔を出しています。

 この競技会には一人一種目しか参加できないので優奈は余り他の人とかち合わない800mを選びました。


 尤も日本*医生命科学大学陸上同好会からも数人がこの記録会には参加しているのです。

 この記録会が、数少ない公式記録を得る機会だからなのでしょう。


 女子800mは、女子中学生や高校生と一緒なので、優奈との差を見せつけるのは可愛そうなのですが、より高い目標を持ってもらうためには仕方がありませんよね。

 午前10時の出走に合わせて到着できるように調整しつつ、マンションからジョギングでおよそ4キロ先の武蔵野陸上競技場へ20分で到着する。


 10時に800mが終了したなら約1時間半の約束でサインをし、11時半には陸上競技場を出発してマンションに戻りました。

 800mに出走したと言うよりは、サイン会の合間にちょっとだけ走ったという感じですね。


 ◇◇◇◇


 6月26日からは、日本陸上競技選手権が新装なった新国立競技場で行われました。

 こけら落としということもあり、観客収容数12万人のマンモススタジアムは、10万人の観客を迎えていました。


 残り2万人分はメインスタンドの選手控えの場所になっているのす。

 優奈は、午後の百分授業の予定があったためにそもそも開会式には出られませんでしたし、14時20分から始まる走高跳、及び、15時20分から始まる女子400mにも出場はできませんでした。


 武蔵境から千駄ヶ谷までJRで凡そ40分。優奈は当初の予定通り16時頃には新国立競技場に到着していたのです。

 1655から始まる1500mにはかろうじて参加できそうです。


 優奈が参加するのは、全部で14種目(1500m、10000m、100m、走り幅跳び、400mハードル、200m、100mハードル、800m、三段跳び、棒高跳び、槍投げ、砲丸投げ、5000m、円盤投げ)であり、結構フィールドとトラックが重なっている場合もあって、その都度競技役員に便宜を図らってもらい中座したりはするものの、競技自体の進行はほとんど遅れがありません。


 そんな中でも優奈は世界新記録には至らずともほぼ同程度の結果を出しており、陸連幹部を安心させているのです。

 少なくとも砲丸投げを除く13種目についての金メダルは確定であり、今回は参加できなかった走高跳と400mについてもほぼ間違いは無いだろうと思われているのです。


 マラソンは水物ですから若干見えない部分はあるものの、それでも金メダルに一番近いのが優奈です。

 その意味では、七種競技を含めて16個の金メダルが100%確定、更にマラソンも9割方確定だが、リレーは4×400mが4割、4×100mで3割程度の勝率しかないのです。


 因みに砲丸投げは、自己記録を伸ばして19m04になりました。

 この種目も徐々に記録を伸ばしており、20mラインまで達すればオリンピックでの入賞も期待できます。


 新国立競技場は連日満員となりました。

 優奈を見たいというファンの群れであり、彼らの半数以上はリピーターでもあったのです。

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