第126話 13-16 近代五種へのアプローチ(2)

 河原崎校長と崎島教授もついて来ました。

 道場では、数人の男性が防具を付けて剣道の練習をしていました。


 田畑が入って行くと、稽古を中断、背後の優奈を確認すると申し合わせたように「おーっ。」と奇声を上げました。

 優奈は土間で靴を脱ぎ、裸足になって板間の道場に上がりました。

 

 神棚に向かって一度拝礼をします。

 それから田畑に向かって言いました。


「竹刀を一本お借りしてよろしいでしょうか?」


「おうっ、壁にかかっている奴はどれを使っても構わん。」


 優奈は、壁にかかっている竹刀を一本手に持つと、道場の中央付近に進み出た。

 それから少しゆっくりとした動きから竹刀を様々に動かし始めた。


 決して早い動きではないのだ流れるような動きは剣舞のようにも見え、ある意味で凄みを感じさせるものだったが、それに気づいたのは、高段者である田畑と河原崎校長だけであった。


「ほう、・・・。

 田畑、竹刀で戦って勝てるか?」


「やってみないとわかりませんが・・・。

 先ず、七三で私の負けでしょう。

 何処に打ち込んでも跳ね返されそうです。

 驚きました。

 これほどの古武術がまだあるとは・・・。」


 優奈がゆっくりと動きを止めて正座してから言った。


「田畑さん、どなたでも結構ですので、打ち込みをしてくださる方をお願いできましょうか。」


「防具を着けないと怪我をするが・・・。」


「私と祖父は木剣を用いて防具なしで練習をしました。

 竹刀ならば仮に当たっても多少痛い思いをするだけで済みますから大丈夫です。

 それに元々当てさせないようにするための練習なんです。

 お願いします。」


「フム、そこまで言うならば。

 大場、お前が打太刀をしてみろ。

 やってみればわかるだろうが、お前には絶対に勝てない相手だから遠慮はいらない。」


「はっ、では。」


 優奈と大場という男は正対して礼をし、竹刀の先を合わせた。

 その瞬間に大場が小手を打ち込む。


 大場得意の出ばな小手であるが、優奈が左程大きな動きをしないのに竹刀が持って行かれるほど弾かれた。

 無論小手には入っていない。


 大場はこれで完全に意識を引き締めた。

 まぐれでもあれほど弾かれることは有り得ない。


 完全に読まれて弾かれたのである。

 ならば力づくの面ではどうだと考え、力いっぱい踏み込んで打ち下ろしたが、パーンと音がして途轍もない力で跳ね返された。


 不思議なことに優奈は先ほどと同じく左程動いたようには見えないのである。

 訳がわからなくて、大上段に振りかぶって振り下ろそうとした竹刀の柄尻が優奈の竹刀の先で抑えられていた。


 優奈は無造作に片手で柄尻を突いただけである。

 それだけで大場の動きが止められて動けなくなった。


 遮二無二外して、横に大きく振ったが、今度は斜に構えた竹刀に滑らされて優奈の頭を通り過ぎる。

 振りぬいた竹刀を逆に振ろうとしてまた動けなくなった。


 今度も柄尻を抑えられて横に触れないのである。

 自ら背後に飛んで構えなおした。


 優奈は最初と同じく正眼に構えているだけである。

 大場は突きを狙うことにした。


 体重の乗った突きならば、絶対に弾くことはできないと踏んでの決断であった。

 徐々に近づいて間合いに入った途端に唐突に前に飛び出し、突きを放った。


 だが見事にハネ返された。

 竹刀が止められ、足だけが前に進んだために完全に仰向けになって床に落ちたのである。


 大場は体重が90キロあるが、その全体重を乗せて突いた竹刀が、優奈の竹刀の先で合わせられ、竹刀が止まったためにしっかりと握った手が後方に残り、大場の身体はほぼ水平近くになって床に落ちたのである。

 勢いがあっただけに床にたたきつけられたダメージは大きく、大場はすぐには立てなかった。


「それまで。」


 田畑がそう言って立ち合いを終わらせた。

 優奈は一度たりとも攻撃を見せていないが、竹刀の柄尻を二度もついたこと、相手が渾身の力で突いてくるところを竹刀の先端を合わせることで止めてしまったことから見て、いつでも攻撃できたに違いない。


 田畑と大場が立ち会えば田畑が勝つが、優奈ほどの力量差があるわけではない。

 むしろ長引けば若い大場の力に押されることになる。


 田畑も合気道の開祖と言われる植芝の動画と優奈を映した女植芝なる動画も見たが、どういうわけか力ではなく技で大男を制圧する方法があるのだ。

 それが竹刀に置き換わっただけなのだろうと言う気はするが、フェンシングでももしかするとそんな妙技があるのかもしれない。


 フェンシングは力というよりも速さなのだが、それを見切りあるいは逆に利用すれば誰でも勝てるのかもしれない。

 午後からのフェンシングでは島津由美を当てるつもりであったのだが、島津では相手にならないかもしれない。


 島津は女子近代五種では、日本で第二位に甘んじているが、フェンシング競技では近代五種第一位の北川尚子に勝ち越している。

 それにしてもこれで未だ18歳というから末恐ろしい娘であると田畑は思った。


 ◇◇◇◇


 自衛隊の体育学校には寮があるのです。

 全寮制ではないのですが、独身は寮に入るものが多いそうです。


 少なくとも衣食住のうち「食」と「住」は比較的安い経費で確保されますからね。

 自衛隊で独自に養成された本職のコックが作る料理ですから上手いし、栄養も十分なのです。


 しかもこのコックさん、来客で必要な場合はフルコースまで作る腕前を持っています。

 今日は学校長のお客ということで、2週間も前から言われていたランチなのです。


 えてフルコースにはしないけれど、それなりに豪勢な食事を整えてくれました。

 優奈達は、寮の食堂ではなく、寮とは別の家族や知り合いが訪れた際に使う朝霞荘の食堂で昼食を戴きました。


 歓談をしながら食事をする河原崎さんと崎島教授は楽しそうですが、田畑さんはぶすっとしており、何となく鬼教官のイメージそのままなのです。

 別に怖くはないのですが、イメージ的には若い優奈には合わない雰囲気を出しています。


 それでもここではしゃぐわけにも行かないので、優奈もひたすらおとなしく食事をするだけです。


「お前、無口なんだな。」


 ボソッと田畑さんが言いました。

 思わず「えっ?」と聞き直した優奈です。


「さっきから、こっちが訊いたことしか話していないな。

 話題がないか?」


「年代を考えると共通の話題は難しいかもしれませんね。

 何か御知りになりたいことがございますか?

 若者の流行とか考え方とか・・・。」


「逆に、俺に何か質問はないのか?」


「お子様はいらっしゃいます?」


「いや・・・。

 結婚しているかどうかは聞かんのか?」


「結婚はされていたのでしょうね。

 でも離婚された。

 そんな方に奥様はと聞くのは失礼でしょう。」


「どうして・・・。」


「左手薬指に指輪の後がまだ残っています。

 昨年の秋口以降に離婚されたのではないですか?」


「ふん、・・・。

 お前、本当に18か?

 初対面の者にそこまで見透かされたのは初めてだぞ。」


「それは、お褒めの言葉なのでしょうか?

 それともお前が嫌いだと公言されているのでしょうか?」


「そこまで勘繰るな。

 ただの本音だ。」


「そうですか・・・。

 では、アジアの軍事情勢でも教えて頂けませんか?」


「アジアの軍事情勢?

 そんなもの知って、どうする?」


「さて、どうしましょうか・・・。

 まぁ、大学生の一般的知識として知っていてもおかしくはないのじゃないかと思いますけれど、それではいけませんか?」


「生憎と俺はそっちの担当じゃない。

 どうしても知りたければ、防大の研究室に俺の同期が居るから紹介してやるが、必要か。」


「いいえ、今の話題としてどうかなと思っているだけですからそこまで必要ありません。

 それと防大の研究室って、アジア地域戦略調査室の事ですか?」


 田畑は驚いた。

 少なくとも防大の研究室の名前は公表されていないから、外部の人間で知っている者がいるとは思ってもいなかったのだ。


「田畑さん、あんまり感情を表に出しちゃうと考えていることがバレバレになりますよ。

 少なくとも駐在武官はやめておいた方がいいみたいです。

 あそこは同盟国であっても相手を探り合う魑魅魍魎の世界みたいですから。」


 それを聞いていたのだろう河原崎がぷっと噴き出した。


「確かに、見透かされておるのぉ。

 まぁ、田畑に駐在武官の話は来ないから心配せんでもいい。

 で、昼からの予定だが、優奈君、ちょっとばかりわしらの道楽に付き合ってくれ。

 それほど手間は取らせん。

 馬に乗って、フェンシングをやって、それから射撃をやってもらう。

 乗馬服は、生憎と君のサイズに合うものはなさそうだから、そのままでやってもらえるかな。

 フェンシングも合う装備があるかどうかわからんが、まぁ、探してもらおう。

 君が如何に鉄壁の防御ができるとしても流石に防具が必要なんでな。

 射撃は、近代五種ではレーザーなんだが、レーザーと89式自動小銃の二つをやってもらおう。

 自動小銃の方は、火薬の臭いがつくのでな、上着だけでも自衛隊の迷彩服に着替えてもらうことにするが・・・。

 お前さん、ちいとばかり足が長すぎる。

 自衛隊でも規格外になりそうだ。

 で、田畑、誰を指導員につける?」


「今朝までは、島津由美で大丈夫だろうと思っていたのですが、ちょっと難しいかもしれません。

 小城正則を使うつもりでいます。」


 河原崎は小さく頷いた。

 食事が終わった後コーヒーを飲んでから敷地内を移動した。

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