第124話 13-14 オリンピック出場のための配慮?

 5月5日、味の元スタジアム西競技場で三鷹市陸上競技選手権大会が開催され、1500mと3000mに出場しました。

 最初は、出場者たちも優奈とは気づかなかったようですね。


 少し寒かったこともあって、パーカーを来てフードを被っていた所為もあるかも。

 この日はバスで最寄りの停車場まで来て、後は徒歩でやって来ました。


 マンションから味の素スタジアム西競技場までは、徒歩で概ね1時間、バスを使っても40分ほどかかるのです。

 さて、協議会の1500mスタート直前になって、余計なアナウンスがあり、優奈が出場していることをバラされてしまいました。


 優奈は、その時パーカーを脱いで小さなリュックにしまってフィールドの邪魔にならない場所に置いていたので、どうしても他人ひとの目は避けられません。。

 リュックは認識疎外を掛けているから盗まれることはないし、競技役員に見咎められる心配もないのですけれど・・・。。


 神戸もそうでしたが、1500mの出場者は、中学生が多いのです。

 優奈は、そんな中で端の方で出しゃばらないようにしています。


 号砲が鳴ると、そのままコースの外側を走って概ね100mを走り、それからコース内側へ切り込んで行きます。

 これが、後方にいる中学生など第二陣には影響のない走り方なのです。


 尤も、二周目に入ると最後尾のものには追い付いてしまうことになりますね。

 それらの子たちには追い抜くときに声をかけて行きます。


 1500mは、勿論トップでゴールしましたが、タイムはさほど良くありません。

 何せスタート時に遠慮しながらの走りなのです。


 これでは世界記録は望めませんが、自分なりの目標を持って走ればそれなりに面白いものなのです。

 二種目目の3000mまでには少し時間がありました。


 昼食を食べて更に1時間ほど後の午後2時にスタートが予定されているのです。

 それまでは暇ですから、スタジアム西側の低いスタンドに腰を下ろしてお勉強を始めました。


 但し、30分もしないうちに居場所が見つかり、サインを強請ねだられました。

 どうやら何処に行ってもこれは付きまとうものらしいですね。


 止むを得ず、此処でもサイン会を始める優奈でした。

 列の人数が増えて来ると、トラックに入って邪魔になりそうだったので、それを避けるため、更に奥の緑の広場へ場所を移しました。


 昼食の時間で一旦中断するのですが、生憎と列は消えずに残っています。

 早めに食事をして、再度サインを始める優奈なのでした。


 3000mの時間が迫ってきて、サイン会は中止しました。

 優奈は、3000mで7分15秒39のタイムで世界新記録を出しました。


 但し、走り終わって戻るとまだサインを求めて荷物のそばに残っている人がいましたね。

 それらのサインを何とかし終えて、更に人が増える前に、優奈はそっと退散したのです。


 従って、表彰式には出ていません。

 後日、三鷹市からは表彰状と共に礼状が届いていました。


 ◇◇◇◇


 5月の連休明け、優奈は、お昼休みに学長室に呼ばれました。

 用件は、オリンピックの話でした。


 学長と学部長それに教授三人も同席していました。

 学長から話がありました。


「優奈君、大学に対してオリンピック準備委員会から要請の話がきたので君に確認したいのだが、構わないかね?」


「はい、どうぞ。」


「先ごろの二つの東京陸上競技選手権に君が出場し、記者会見で尋ねられた時に君が二つの事を言ったと聞いている。

 一つはオリンピック出場については日本陸連若しくは東京陸協に任せているということ。

 今一つは、オリンピックに出場することが学業に支障を与えるなら出場しないと言うこと。

 それに間違いはないかね。」


「はい、言葉は多少違うかもしれませんが、その趣旨のことを言いました。」


「つまりは、オリンピックよりも大学の授業を選ぶという風に聞こえるのだが、そうなのかね?」


「記者会見の時にも申し上げたことなのですが、陸上競技は私の趣味にしか過ぎません。

 その趣味を継続することで他人に迷惑をかけるようならば辞めます。

 また、学業に影響を及ぼすならばやはり辞めるつもりです。

 趣味であれば、あくまで学業と両立する範囲で行うべきと考えているからです。

 それはオリンピック出場であれ、世界陸上への参加であれ、変わりはありません。」


 学長は破顔した。


「ふむ、君の意志は確認した。」


 学部長は他の三人の顔を見て頷きあった。


「君の本音を確認した以上は、我々もできるだけの支援をせねばなるまい。

 第一にオリンピックの開会式だが7月24日に予定されているが、この日は全学休講日とすることにした。

 従って君が開会式に顔を見せることには支障がなかろう。

 その代わりに7月19日の日曜日は、全学登校日とすることにした。

 また、前期定期試験は7月26日から7月30日の間とし、夏季休暇を一日早めて7月31日からにすることにした。

 これで大学の学業は何ら過不足がないし、休みも同様だ。

 そうして優奈君は、陸上競技第一日目からオリンピックに出場可能となる筈だ。

 優奈君の帰省が遅くなるかどうかについては、我々ではどうにもならんが・・・。

 それで了解してくれるかな?」


「あの、・・・。

 もしかして、学長を始め皆様にご迷惑をかけたのでは?」


「まぁ、多少はな。

 だが、それ以上の手土産ももらったよ。

 全国に先駆けて、我が校の生物科学部に新たに動物薬学科を新設することについて、民自党及び日本製薬工業協会の支援を戴けることになった。

 動物薬学科の新設は、ここ数年厚労省に上申はしていたのだが、中々に製薬協の同意が得られずに棚上げ、いや、むしろ棚ざらしという方が正確かも知れん。

 厚労省からは製薬協の同意書を持って来なければ動けんと言われておったんだ。

 それが、オリンピック準備委員会の毛利会長が動いてくれたことで全て整った。

 製薬協だけではなく民自党までの了解も取り付けてくれた。

 その上で、君をオリンピックに出すのに支障なきよう善処してくれと言われては動かざるを得ん。

 ひょっとして、君が陸連と計らって動いたのかとも思ったが、そうではないことを聞いて本当に嬉しいよ。

 だから何の心配もせず学業に励み、そうしてオリンピックでも活躍してくれたまえ。

 毛利会長が言って居った言葉をそのまま伝えると、優奈君のいないオリンピックなんぞ、味噌なし、具なしの味噌汁に等しく、看板娘の君に出てもらわねば開会式でさえ滞るそうだ。

 その代わり、毛利さんの要求は厳しいぞ。

 君に18個の金メダルを取ってもらわねばならんと言っていたが、実際のところ取れるかね。」


「18個ですか?

 それはちょっと厳しいかもしれません。

 取り敢えず18の世界記録は持っていますが・・・。

 一度に取ったものではありませんし、オリンピックにはない競技が二つもありますから。

 そう言えば世界陸上では、1600mリレーで金メダルを取りましたねぇ。

 そもそも私が出られそうな種目はリレーを除くと16種目なんです。

 ですから、リレー種目二つを含めて18ですか・・・・。

 正直に申し上げて非常に難しいと思います。」


 そこで崎島教授が口を挟んだ。

 優奈が推薦入試の面接を受けた際に、主に質問をした教授である。


「私は本学の馬術部の顧問をやっていてね。

 アニマルファームの栗原君や、新入生部員の羽村君から聞いているが、君はファームで馬場馬術の妙技を披露したそうだな。

 二人からは、優奈君が障害飛越競技もできるのではと聞いておる。

 優奈君には、できれば馬術部にも準部員として暇がある時に参加してほしいとは思っている。

 まぁ、それは別として馬術大会の国内選抜はすでに終わっているからね。

 オリンピックの馬術競技へ出ることはとても間に合わないのだが、・・・。

 今一つ、陸上自衛隊朝霞駐屯地の自衛隊体育学校から馬術部女子で近代五種ができそうな人がいないかと以前から言われているんだ。

 女性の出場者がとても少ないのだそうだ。

 今回は無理としても、別の機会に近代五種を試してみてはどうかな。

 君は馬にも乗れるし、ランニングはお手の物、泳ぎも多分できるのだろう?

 それにフェンシングは厄介だが、君がやっている古武術でなんかなるような気がする。

 もう一つ射撃があるんだが・・・。

 先日、久しぶりにハワイのネットを見ていたら面白い写真を見つけた。

 日本人がよく行くようだし、日本語のサイトもあるんだが、その写真が貼ってあるのは英語のサイトでね。

 ミラクル・アニーという名で、氏名不詳の17歳の少女が載っていた。

 ココヘッド・ガン・クラブという英語のサイトだが、そのミラクル・アニー嬢は君とそっくりなのだが、違うかね?」


 優奈がやや顔を赤くしながら言った。


「そうですね、高校2年の12月にホノルルマラソンに出場するために行きましたが、前々日に父と一緒に屋外射撃場に行った記憶があります。」


「ふむ、やはり間違いないか。

 そこで初めての射撃ながら百発百中の射撃をした日本の娘をミラクル・アニーとクラブが勝手に名付けたそうだが、未だにその記録は破られていないそうで伝説のアニーとまで言われとるそうだ。

 毎年、ハワイの治安機関なども参加するシューティング大会が催されるらしいが、彼らのうちで毎年優勝した者が、最後にこの記録に挑むことになっておるそうだが、これまで達成できた者は居ないらしい。

 君が使った銃と同じ銃を使っているらしいのだがね。

 ということで、どうやら陸上のミラクル・ユーナは、射撃のミラクル・アニーでもありそうだ。

 ならば近代五種も可能ではないかと見ているのだがどうかね?」


「あの、水泳はできますが、フェンシングはやったこともありません。

 そんなに簡単には行かないと思いますが・・・。」


「まぁ、普通はそうだろうな。

 だが、君なら簡単にやってのけそうな気がする。

 で、実は再来週の土曜日、23日だが、自衛隊の体育学校長に昼食会に招かれているんだが、一緒に行ってくれんかね。

 この際、学校長に是非君を紹介しておきたい。

 断っておくが、君の学業の邪魔をさせることは絶対にさせない。

 その代わり、多少、土曜や日曜が潰れることはあるやも知れんがな。

 まぁ、陸上競技優先で、二番目に近代五種ぐらいのつもりでいてくれればいい。」


「はぁ・・・。」


 結局その場は、時間については追って崎島教授から知らせると言うことで終わりました。

 優奈としては、大学側にも左程迷惑が掛からずに、配慮をいただけたので良かったのですが、何だか余分なものが付いてきそうなので、悪い予感がしました。


 優奈は、水泳は不得手ではないのですが、特段記録を測ったこともありません。

 中学・高校の授業は適当に泳いでいれば良かったし、水着姿を男子生徒にじろじろと見られるのが何となく嫌で、隅っこでできるだけ目立たないようにしていた記憶もあります。

 

 5月8日、陸連の高坂理事から正式にオリンピック出場要請の連絡がありました。

 単純に言えば、優奈が世界記録を持っているすべての競技への出場とリレー二種目への出場です。


 タイム的に言えば、如何に優奈が入ろうと4×100mリレーについては、金は難しいと目されています。

 しかしながら、銅メダルであれ、メダルの可能性がある以上は優奈を使うつもりらしいのです。


 最も期待のかかるのは4×400mリレーなんですが、あれもかなり厳しいことは陸連もわかっているはずなのです。

 それに常識的に考えれば、一人の選手が18種目もの競技に出場するなど無茶な話なのですが、優奈の場合、マラソンのある3日目に若干の不安があるものの、それ以外は全種目出場も十分に可能な力があると見做されているのです。


 既に陸連は、全ての種目について出場メンバーを固めており、今朝から個別選手に連絡し、5月12日正午には記者発表する予定なのだそうです。

 本来は、優奈にも記者会見に立ち会ってもらいたいところらしいのですが、優奈については、顔見せ等無駄な出番については極力省くことで連盟内の合意が得られているそうな。


 優奈に対しては、オリンッピク前の話題提供もあって、何処でもいいからできる範囲で競技会等に参加してくれるとありがたいと高坂理事が言い置いた。

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