第123話 13-13 東京陸上競技選手権(2)

 次の出番である100m準決勝は1330からである。

 優奈はメインスタンドに戻ると、また本を取り出して読み始めた。


 その様子をTBSのカメラがとらえていた。

 だがそのうちに幾人かの女子高生と思われる競技者が優奈の前に佇み、色紙を出してサインをお願いすると、優奈はにこやかに笑顔を見せてこれに応じていた。


 すると間もなく優奈の前には列が出来上がって行く。

 男も女もいる。


 皆がわざわざ色紙も用意してきているのにはカメラマンたちも驚いた。

 その数、優に百人を超えるはずである。


 中には用意が無くてシャツを持って来た者もいた。

 それらが一旦中断したのは12時を回った後である。


 優奈が昼食後に再開しますと言って列を解散させたのだった。

 優奈はバックパックから弁当を取り出した。


 保温の効く容器に収められた組み合わせ式の保温容器の弁当である。

 結構な手作りのおかずが並んでいるし、汁物もある。


 ご飯の量が少ないくらいではあるものの、量的には十分にあると言っても差し支えないだろう。

 優奈がそれらのお弁当を食べていると、先ほど真っ先にサインをもらった高校生四人組が優奈に近づき何事か喋った後で、喜々として彼女らも優奈の周囲に座り、弁当を食べだしたのである。


 時折笑いながら談笑している。

 それから間もなく追随する者が出始め、優奈の周囲には大きな輪が出来上がっていた。


 皆弁当やサンドイッチをほおばりながら談笑しているのである。

 様々なウェアを着ているところを見ると違う団体や大学・高校なのだろうが、彼ら、彼女らの間に垣根がない。


 優奈は周囲の人を和ませる生来の資質があるようだ。

 食事が終わると臨時のサイン会を再開した。


 食事前よりも列が長くなっていた。

 1時間ほどして再度の中断があった。


 優奈の出番があるからである。

 1300に優奈は100m準決勝のためにトラックのスタート付近で点呼を受けていた。

 準決勝は二組16名である。


 優奈は二組目の5コースであった。

 11秒台を出したのは優奈一人であったので、4コース又は5コースに割り当てられるのはわかっていた。


 1330女子100mの準決勝が始まった。

 出場選手をコースごとに読み上げるのはいつものとおりであるが、選手たちがやや緊張している。


 限度いっぱいにまで収容された観客を見ると、そうした雰囲気に慣れていない選手は確かに飲まれて緊張することもある。

 そのためか一組目のスタートはフライングがあった。


 二度目は無事にスタートした。

 二組目の選手紹介があり、優奈の紹介で観客が大いに沸いた。


 沢山の拍手と声援があった。

 それを聞いた二組目の選手も若干落ち着かなくなった。


 その所為かやはりフライングがあった。

 二度目は一組目と同様に無事にスタートできた。


 優奈は左程の力も出さずに11秒台前半の記録で勿論1位だった。

 優奈がメインスタンドに戻るとさっき座っていた位置の前に列ができていた。


 別の場所に行くわけにも行かず、優奈は定位置に座ってサインを始めたのでした。

 サインが終わったのは午後三時近くでした。


 優奈は最後の100m決勝に参加するため、トラックに向かって行った。

 1530少し前、スターティング・ブロックの調整も終わったけれど、他の選手と違い、優奈は特段のスタート練習はしない。


 その代わりに風変わりなストレッチを少し行っただけである。

 時間になって役員に声をかけられる前に優奈はブロックの後ろに佇んだ。


 他の選手も優奈を見習って所定の位置に立った。

 直ぐにアナウンスが始まった。


「5コース142番、日本*医生命科学大学、加山優奈さん」


 そのアナウンスで優奈は両手を上げてその場で一周し、お辞儀をした。

 観衆はこの時とばかりにエールを送る。


 かなり大きな声援に他の選手はややビビってしまう。

 そんな雰囲気には全く慣れていない選手達である。


 それでもレースは始まる。

 型どおり位置について、今度はフライングもなく一斉にスタートするが、その直後から優奈がぐんぐんと他を引き離す。


 優奈は9秒94でゴールを駆け抜け、またも世界記録を更新した。

 ゴール脇の電光掲示板がそのタイムを表示すると、観衆が再度爆発、二度目のウェーブが沸き起こっていた。


 ウェーブは二回も観客席を回ってようやく収まったのである。

 その様子はカメラがしっかり捉えていた。


 TBSは今回の企画のために移動カメラ4台、固定カメラ6台を投入していたのである。

 こうして東京陸上競技選手権は無事に終えたのでした。


 ちなみにTBSは、優奈が競技場を離れるまで追尾したが、車に乗るシーンはカットされた。

 車種及び色から優奈の車が特定されてしまう恐れがあるからである。


 何しろ住所は伏されているが、大学は武蔵境にある日本*医生命科学大学と知られている。

 その近辺で探れば自然と住所もナンバーもわかってしまう。


 まして優奈の車は神戸ナンバーであった。

 だがネットでそれがバラされたのは翌日の事でした。


<ミラクルユーナが車に乗るところを発見、車はグレイマイカ・メタリックのカ〇リハイブリッドMK-IIで、ナンバーは内緒だけど神戸ナンバーだったよ。>


 ◇◇◇◇


 4月28日、優奈は早速に車の全塗装と住所変更登録の手続きを行ってもらうことにしました。

 そうして今後はできるだけ自家用車の使用は控えることにしようと思いました。


 必要ならばレンタカーでごまかすしかありません。

 住所についても、早晩知れるところになるだろうと思っています。


 実際問題として結構な数のストーカーが大学周辺をうろついているのです。

 今のところ軽い認識疎外をかけて何とか逃れているのですが、超能力者が近くにいればそれもできない場合があります。


 時折、裏口のフェンスを飛び越えて帰っていることもある優奈なのです。

 5月の連休は、5日の三鷹市陸上競技選手権大会に参加する以外は専ら自宅でお勉強の予定です。


 因みに大学は1日から6日までお休みなのです。

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