第122話 13-12 東京陸上競技選手権(1)

 4月25日と26日に東京陸上選手権がありましたが、優奈は100mと棒高跳びだけに参加するので、26日だけの参加となりました。


 今回もゼッケンは、混成競技とは別のものを配分されました。

 今回は赤の142番です。


 会場は混成競技と同じ駒沢陸上競技場です。

 因みにオリンピック会場となる予定の代々木国立陸上競技場は既に完工しているのですが、現在設備機能の最終確認検査を行っている段階のようです。


 この新しい国立競技場は、完全ドーム型を採用し、国内では初めて400mトラックの天井をドームで開閉することのできる設備を持ち、冷暖房が完備しているらしいのです。

 三階層の客席を全周に渡って配置しているために、観客収容人員は14万人を超えるマンモス競技場となるようです。


 此処のこけら落としは、6月開催の日本陸上競技選手権になる予定です。

  <参考>

  6月13日-14日 日本陸上競技選手権混成競技(長野で開催)

  6月26日-28日 日本陸上競技選手権


 4月26日、女子棒高跳び(12名参加)は1000からですが、同1010から100m予選(5組35名中の第5組)に出場しなければならないので、その時だけは中座させてもらうしかありません。

 尤も、棒高跳びは250センチの高さから開始して320センチまでは10センチ刻み、320センチ以降は5センチ刻みとなり、任意の高さは取れないようなので、優奈は480センチまではパスするつもりなのです。


 100m予選と準決勝は、それぞれ2位までに入っていればいいので適当に流すつもりでいます。

 因みに100m決勝は、1540からの予定です。


 混成競技には間に合いませんでしたが、東京陸上競技選手権のエントリー名簿に優奈の名が追加で載ったことから、かなりの問い合わせが陸協に来ていたようです。

 実はネットで<加山優奈>で検索をかけると、東京陸上競技選手権のエントリー名簿も出て来ちゃうのです。


 陸協では、混成競技の状況を踏まえ、観客の入場について見直しをしているようですが、1週間後の開催であったことから制限をかけるわけにも行かず、警備陣の大幅増員だけを行ったようです。

 案の定、26日の観客数は朝から満杯となる1万5千人でした。


 遅れてきた人には申し訳ないけれど、そのままお帰り頂くしか方法が無かったようです。

 その代わりに優奈の出場種目に関しては、放送権をTBSに譲ったようです。


 TBSは、中継では間が持たないので、録画方式にして翌週の土曜、日曜に放送することとしたようです。

 TBSは、企画を組み、陸上競技場での優奈の半日を全て追うことで撮影を進めることにしていました。


 優奈が競技場に来るところから映像をと思い、8時過ぎに競技場に顔を出したところ、既に優奈が来ていたので慌ててカメラを回し始めました。

 優奈が競技場周辺をジョギングした後で、ストレッチをする風景を撮ることに辛うじて間に合ったのです。


 優奈はその後メインスタンドに陣取って何やら難し気な化学記号が並んでいる洋書をじっくりと見ているのです。

 その様子もしっかりとカメラに収められていました。


 本人の邪魔をするつもりは無いので少し離れた位置からの撮影であり、陸協からは選手達の待機エリアに入ることの特別許可を貰っているのです。

 午前9時20分棒高跳びの点呼がフィールドで開始されました。


 優奈はその少し前にバックパックを持ったままメインスタンドからフィールドに移動。

 棒高跳び周辺に設置されたテント内にバックパックを置いて佇んでいました。


 点呼に際して事前に届けられていた棒高跳び用のポールが手渡され、それぞれがケースのまま措定の場所に並べてあるのです。

 参加人数は9名であり、20本を超える長いポールが二、三本ずつまとめて袋に入れられたまま、フィールド内に並べられているのはなかなか壮観ですけれど、その中でも優奈のポールは桁外れに長かったのです。


 一番短いもので4mなのですが、それですら他の参加者のどのポールよりも長いのです。

 優奈のポールはその上に4.5m、5m、5.3mの三本があるのです。


 それだけでも優奈が途轍もない高さを跳ぶことがわかるのです。

 そのうちに、優奈が競技役員に何事か話をし、優奈が100mのスタートラインへと駆けて行きました。


 100m予選の点呼が始まるのだと気が付いたカメラマンも慌てて優奈を追いかけました。

 優奈は点呼をすまし、何やら小さな標識をレーシング・ブルマーの両脇に取り付けていました。


 優奈の出番は5組中の第五組で8コースでした。

 7人で走り、1コースは空いているのです。


 女子の100mと言っても、15秒あれば間違いなく全員が走り切るわけですから、5組が終了するのに5分程度しかかかりません。

 優奈はやはり速かった。


 号砲と同時に皆と一緒にスタートしたはずが、1秒後には数メートルの差になっているのです。

 優奈は11秒台後半のタイムでゴールイン。


 最後の20mは、明らかに力を抜いていたのが傍目にもわかりました。

 この種目は各組2位までの者10名と、タイム順で3位以下の者上位者6名が準決勝に進むことになっているので、2位以上が確定していればシャカリキになる必要はないのです。


 優奈は、予選を終えるとすぐに棒高跳びのフィールドに駆け足で向かって行きました。

 審判に何事か申告してから再度待機に入っています。


 250センチの高さから開始した棒高跳びは、現在280センチ、既に一人が脱落、3名がクリア済み、4人がパス、1名が三回目に挑戦するところでした。

 棒高跳びの場合は、危険の伴う競技でもあるので余り急かせられないのです。


 そうかと言って無駄に競技時間が伸びても困るので、概ね一人一分の時間内に跳べばよいと言うことになっており、これは途中で脱落して人数が少なくなっても同じであるために、9人の選手が一人になれば最大9分の時間をかけられるということではあるのですが、余り遅いと競技役員から注意を受けることになります。


 三回目に挑戦した高校生は結局失敗し、バーの高さは290センチに上げられました。

 優奈以外で最終的に最も高く跳んだ者は、高さが375センチまでであり、380センチでは脱落しました。


 それからバーの高さは一気に490センチに上げられたのです。

 375センチもかなり高いのですけれど、それよりも115センチも高く押し上げられると随分と高く見えるのです。


 集まった観衆は、一様に驚きつつも優奈の跳躍を見守った。

 優奈はポールを手に持って先端を助走路に着けたまま佇んでいた。


 バーの位置が確定し、競技役員が白旗を掲げると、優奈は一気にポールの先端を自らの身長よりも高く掲げ走り出しました。

 そうしてボックスに突き刺すようにポールを突っ込み、助走のスピードで飛び上がるように前へと重心を移動するとポールがしなって曲がりながら優奈の身体を斜め上へと引き上げる。


 その勢いを利用して優奈は振り子のように前方へ身体を移動するとともに、そのまま逆上がりのように足を天に向けて押し上げた。

 バーの弾力で一気に上へと持ち上げられた優奈の身体は、優雅に、しかも随分と余裕を残してバーをクリアしていた。


 この高さは、東京陸上競技選手権の大会記録でした。

 これまでこの大会では4mをクリアした女子が居なかったのです。


 それから優奈は10センチずつバーの高さを上げて行ったのですが580センチから上は5センチ幅に切り替えたのです。

 何れも一回でクリアし、635センチを跳んで新記録を作った後は棄権しました。


 優奈の世界記録更新に立ち敢えてやや興奮気味の観衆が一斉に立ち上がって歓声を上げ、拍手をした。

 それがウェーブになるまでさほどの時間はいらなかった。


 優奈はその観衆に向かって手を振り、笑顔で応えていた。

 競技場の観客全体の歓呼や拍手は、関西では何度も繰り返され、インハイ全国あるいは国体でも似たような光景はあったのだけれど、ウェーブが出たのは世界大会以来のことでした。


 この様子を見て、東京陸協の幹部は本気で今後の興行について検討を始めようとしていた。

 優奈が陸上界のアイドルであることを今更ながらに気づいたのである。


 優奈の出番は左程に無いのだけれど、1万人以上もの人々がそれをわざわざ観るために、陸上競技場へ集まってくること自体が大変なことである。

 下手なアイドルではこれだけの人数を集めるだけでも間違いなく大変である。


 そうして優奈が実際に跳んだのは21回であり、優奈が飛び始めてからおよそ30分間の出来事であり、時間がかかった理由はバーを上げる際の手間暇が主である。

 優奈は、準備完了の合図である白旗が上がるとすぐに走り出し、非常にスムーズな大会運営なのである。


 これまで世界のトップアスリートたちを何度も見てきている関東の名だたる審判役員もこれにはしっかりと驚いていた。

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