第121話 13-11 富士アニマルファーム

 4月23日は、新入生の学外オリエンテーションがありました。

 朝9時に大学前から大型バス(定員45名)9台で出発です。


 1時間半かけて日本*医生命科学大学の学外施設である富士アニマルファーム(山梨県南都留郡富士河口湖町にあります。)へ赴き、そこで施設見学などを行い、午後5時にファームを出発、午後6時半頃に大学前へ戻る強行軍なのです。

 聞くところによると復路は毎回渋滞に巻き込まれて、2時間以上かかるようで、戻る時間は余り当てにはならないそうです。


 従来は一泊二日で行っていたのですが、一昨年から日帰りとなったようです。

 その代わりに、入学式の翌日には学内オリエンテーションがあったのですね。


 特に持って行くものは無いのですが、牧場なので汚れても良い服装でと言われ、優奈は濃紺ジーパン上下に黒のエンジニア・ブーツ、それに同じく濃紺デニムの迷彩柄バケットハットを用意しました。

 ネットに掲載されている写真で見る限り、向こうでは多分長靴になる筈なんです。


 アンダーは紺の迷彩柄半袖Tシャツです。

 少し暑くなる予報でしたので、バックパックに補給用の水分を余計に入れておきました。


 昼食は向こうで用意されているようなので今日は弁当は無しなのです。

 一昨年までは、春に行くのは看護学科だけで、獣医学科や生命科学部は別の機会に実習で行くことになっていたのだそうですが、昨年から方針が変わって早めにファームとの関わりを持たせることになったようです。


 何しろ400名近い団体での移動ですので交通手段の準備だけでも大変ですし、受け入れ側にもいろいろ問題があるようですけれど、それよりも学習効果を優先して行っている重要催事なのです。

 午前10時半過ぎには農場のようなアニマルファームに到着、最初に場長さんから挨拶があり、各施設の見学を50人ほどの団体に分かれて順次回ることになりました。


 やはり家畜や動物のいる厩舎に入るには、病原菌の問題があるために靴の履き替えが要求されました。

 全員が消毒済みの白衣と白長靴着用です。


 優奈もあちらこちらの厩舎を回りましたが、動物たちは全て優奈を快く迎えて懐いてくれました。

 そばにいた厩舎員の人が随分と不思議そうな顔をしていましたね。


 多分、厩舎員でも扱いの難しい青毛・大流星の馬「カオラン」が優奈に媚びたからかと思います。

 カオランは、厩舎副長の山鹿やまがさんぐらいにしか懐かない馬らしいのです。


 従って、カオランは他の馬と少し離しておいたのですが、気づかないうちに優奈が近寄って鼻面を撫でていたのです。

 カオランと優奈は、ほんの少し話し込んでいただけのことなのです。


 カオランは直ぐに優奈を認めてくれました。

 午後からは、馬場に行って体験乗馬をする機会がありました。


 大人しい馬が選ばれているのですが、なかなか慣れずに怖がっている者が約3割、実際に乗ってみて歩き出すとしがみついている者が2割ほど居ましたね。

 優奈は以前にもハワイで馬に乗っていたし、「タロー」と話して仲良くもなっていました。


 そこで、手綱を握っている厩舎員に訊いてみました。


「少しトロットを試してもいいですか?」


「一人で乗ったことがあるの?」


「はい、あります。」


 厩舎員は、それならばと頷いてくれました。


「いいよ。でも無茶なことはしないでね。

 それと他の馬に余り近づいちゃダメ。」


「了解です。」


 馬のくつわにつけられていた予備の手綱を外してくれました。

 優奈は、トロットで馬場の中央に進み、タローにお願いして、いろいろな歩き方を試してみました。


 パッサージュ、ピルエット、ピアッフェ、斜め横足など普通の馬にはなかなかできない高等馬術の技術です。

 優奈は気づいていませんが、乗ったばかりの筈の馬でそんなことをしてのける新入生はこれまでいなかったのです。


 タローは、そもそもそうした訓練を全く受けていない馬なのです。

 でも優奈がイメージを伝えると、素直にタローがその通り動いてくれたのです。


 傍で見ている厩務員たちは皆心底驚いていましたが、事情を知らない新入生のほとんどは上手いものだと感心していたに過ぎません。


 但し、新入生の中でも、それらの技がそんなに簡単にはできないことを重々承知している者も居ました。

 同級生の中で羽村はむら佳賀里かがりだけは、高校の時から馬術部に入っていたのでそのことを知っていたのです。


 佳賀里はここに初めて来た筈の者がどうしてそんなことができるのかと、とても不思議に思っていました。

 パッサージュにしろ、他の技にしろ、馬と乗り手が長い時間をかけてようやくできるもので、少なくとも3年から4年ほどはかかると言われているのです。


 加山優奈については、興味があって色々調べたから多少は知ってはいるけれど、その中に馬術に関するものは全くなかったのです。

 佳賀里はこの大学で馬術部に入っているのです。


 もし、彼女の実力が今見ている通りならば、彼女を是非とも馬術部に誘わねばならないと思っていました。

 同じことを考えていた男がもう一人、このファームの副場長をやっている栗原啓一である。


 彼は馬術部顧問であり、たまには第二校舎の練習を見に行ってもいる。

 だが加山優奈の名は少なくとも新入生部員の名簿には入っていなかった筈だった。


 馬術は、元々練習の場所が無かったり、経費が掛かったりするので、競技人口が非常に少ない。

 その中でも特に馬場馬術は難しいので、更に競技人口が少ないのである。


 それを見事にこなす18歳の少女は、障害物馬術も当然にこなすように思われた。

 姿勢が良い上にバランス感覚が良いように見えるからである。


 そんなわけで、優奈が二人の人物に目を付けられた校外オリエンテーションの一コマでした。

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