第105話 12-11 光化門広場からのスタート

 とにもかくにも、ソウルマラソンの日がやって来ました。

 ソウルは、神戸に比べてかなり緯度が高いのです。


 緯度で言えば仙台に近い辺りですが、三月は天候不順が多くて、寒かったり暖かかったりするので服装に困る時期でもあるのです。

 ために優奈もこまめに服装を変えられるようにしているし、モールで買い物もしているのです。


 マラソン当日である15日の天気予報は、曇りのち晴れであり、最低気温は4度、最高気温は15度の予想です。

 この状況ならば、朝8時のスタートは京都の駅伝程度を考えれば良いかもしれません。


 京都駅伝は12月下旬10時20分の開始であるので、気温は概ね10度を下回っていることが多いのです。

 午後1時頃になって12度から13度に上がるケースが多いのです。


 稀に雪となるケースもあるのですが、・・・。

 おそらくはソウルの朝8時頃は気温が10度を下回っているはず。


 走る服装としてはやはりレギンズを履いた上にランニングパンツになる姿がよさそうです。

 もう一週間ほども後であればレギンズは不要と思われるのだけれど、まぁ念のためにというところなのです。


 優奈は、レギンズを履いたくらいでタイムが下がったりはしません。

 参考までに、過去のソウルマラソン出場ランナーの写真を見るとレギンズ半分、素足半分と言ったところであり、シャツの方も長袖が居れば、半袖やランニングも居るので人それぞれというところなのでしょう。


 15度以上ならランニングスタイルもいいのですけれど、多分10時までにゴールすることを考えるとあまり気温が上がらないうちに終わってしまうので、上は半袖に少し長めの手袋をすることにしました。

 概ね東から南東に向けて走るのでサングラスは必須ですけれど、帽子は無くてもいいように思っているのです。


 交通規制は7時50分から始まるので、インターコンチネンタルに泊まっていると、地下鉄等何らかの交通機関でで移動する必要があるけれど、皆が一斉に動き出すと地下鉄はかなり混雑することになります。

 そこで安全策を取って、前日から一泊だけフォーシーズンホテルを事前に予約しておいて、マラソン当日の7時にチェックアウトすることにしたのです。


 優奈と佐伯女史のみが、前日の20時にはフォーシーズンに移動してチェックインし、小森女史と葉山女史の二人はそのままインターコンチネンタルに留まることにしたのです。

 スタート時の見送りは、佐伯女史のみで、小森女史と葉山女史は蚕室陸上競技場で優奈の到着を待つことにしている。

 従って、インターコンチネンタルの宿泊はそのままにしてあるのです。


 マラソンが終われば、またインターコンチネンタルに戻ることになるのです。

 翌早朝、優奈と佐伯女史は一旦スタート地点まで行って、エリートグループ受付で当日の出走確認を行った。


 それからホテルに戻って少し早めの軽い朝食を取り、7時過ぎには予定通りチェックアウトした。

 佐伯女史はスーツ姿にコートを羽織っているが、優奈は既にランニングスタイルにベンチコートを羽織っただけの格好である。


 荷物は佐伯女史に持ってもらっています。

 フォーシーズンからスタート地点までは徒歩で10分もかからない。


 エリートクラスのスタート地点で例によってシートを用意してベンチコートで待機、スタート15分前になったら準備運動を行うのはホノルルと変わらない。

 大勢の人が光化門広場に集まり始めており、それぞれにアップを繰り返している。


 最寄りの電光掲示板の表示によれば7時半の時点で気温は6.7度と徐々に上がっているようだが、未だ寒い状態だ。

 8時スタートの時点ではやはり10度以下とみてよさそうだ。


 7時45分準備運動を始めてすぐにエリートクラスの点呼が行われた。

 優奈が真っ先に呼ばれた。


 どうやらスタート地点の指定された位置に移動しなければならない様だ。

 優奈がベンチコートやシート等をエリア外の佐伯女史に預けてスタートラインの方に行くと競技委員が優奈の立ち位置を示してくれた。


 スタートラインの右端になる。

 15人までが第一ライン、16人目以降は第二ラインになる。


 エリートグループだけでも100名近くになり、第6ラインまでがエリートクラスになった。

 その後にAグループのランナーが続くことになるが、こちらはそれこそ千名単位になるだろう。


 事前に並んだ順番に、前へ詰めて来ただけである。

 その後に更にBグループが続くことになる。


 場内に5分前のアナウンスが掛かり、ランナー全員が出陣モードに入る。

 そうして号砲と共に一斉に走り出した。


 例によって優奈が真っ先に飛び出す。

 100mを16秒台前半で走る速度は、如何にトップランナーと雖も長丁場を控えている以上ついて行ける速度ではない。


 普通のマラソンでのラップタイムでは、5キロを15分以内が一つの目安であり、トップランナーのスピードが概ね100mで17.7~18秒程度である。


 100mを18秒フラットの割合で42.195キロを走り切れば、タイムは2時間6分40秒弱になる。

 従って、誰も優奈の速度にはついて行けないのである。


 ホノルルマラソンの優奈のラップタイムを研究したランナーもいたが、到底ついていけない速度として、優奈に並ぶ作戦は放棄している。

 1キロを2分43秒で走り抜けた優奈は後続の第二グループに100mほども差をつけていた。


 ソウル市民はとんでもない速度で光化門広場から南へ広い道路を突き進む、ポニーテールのスレンダーな優奈を見て驚いている。

 実況中継の報道車両が優奈の雄姿をしっかりととらえ、各家庭へ配信していた。


 赤い半袖ウェアに赤いランニングパンツ、赤紫に斜め格子模様が入ったレギンズは、足が長いだけにひどく目立つ。

 その上さらに肘の近くまでの長さのある真っ白な手袋もアクセントとして目立っていた。


 目はサングラスで見えないが、整った顔立ちはサングラスをかけていても良くわかり、誰が見ても美人とわかる。

 マラソンランナーにしては胸が大きく、腰も括れたモデル体型である。


 そんないい女が何故マラソンをと思うほどである。

 その優奈が大勢の視線を浴びながらソウルの街を疾走している。


 南大門を過ぎると間もなく左に折れ、地下鉄乙支路入り口駅付近で右折して東へ向かい、一つ目の折り返しから戻って来ると5キロの通過点がある。

 優奈の通過タイムは13分35秒台、間違いなくコースレコードのラップタイムを破っているし、世界記録を望めるスピードである。


 この時点で第二グループとは500m近くの差が開いていた。

 優奈が未公認ながらも世界記録を持っていることは関係者ならば誰もが知っていた。


 しかしながら、世界のトップランナーをこれほど引き離して突っ走るとは思ってもいなかった。

 記録上はわかっていたものの、そうなるとはとても信じられなかったのである。


 テレビまたはスマホで観ていたソウル市民は当初14%程度に過ぎず、それを見て実際に見てみようと思ったのは更にその数パーセントに過ぎなかったかも知れないが、スマホを通じて人から人へと情報が伝わり徐々に増え、視聴率が35%を超えたのはマラソン開始からわずかに20分後であった。

 この頃から沿道に出て多くの市民が声援を送り始めた。


 実況中継でどこを走っているかがわかるので、先回りして沿道で待ち受けるだけなのだが、その数がうなぎ上りに増えて行くのにさして時間はかからなかった。

 ネットでの交信が異様に増え、実況中継だけではなくネットに上げられる優奈の姿が増え始め、通信網が一時渋滞を引き起こすほどであった。


 明洞ロッテタウン付近の十字路で右折して北上、清渓川河畔でさらに右折、河岸をひた走る。

 黄鶴洞ロッテ・キャッスル・ベネチアの付近に10キロの通過点がある。


 そこを優奈は27分10秒で通過、スピードはほとんど落ちていない。

 大韓赤十字支社のビル付近で清渓川を渡り、対岸の河畔を今度は西方向に走る。


 広蔵市場付近に15キロの通過点、優奈は40分45秒で通過した。

 さらに西へ向かい広橋のたもとで右折、更に進んで地下鉄鐘閣駅のある交差点で右折して東へ向かう。


 トンイン協会の手前で20キロの通過点がある。

 優奈のラップタイムは54分20秒であったが、目に見えて落ちた様子はなく、驚異的な速度を依然として維持している。


 この頃には実物の優奈を一目見ようと老若男女が沿道に鈴なりとなって、警備が手薄になっている場所も出始めて警察は慌てて増員を指示したのである。

 因みに中間点のラップタイムは57分18秒であった。


 この調子で走ることができるならば間違いなく2時間を切る。

 ソウルマラソン主催者である東亜日報は号外の準備を始めていた。


 IAAFがゴールドクラスと認めるこのソウルマラソンで2時間を切るとなれば世界的快挙であり、しかもそれを成し遂げるのが10代の美少女となればこれはもう大快挙なのである。

 号外を出さねば新聞社としての沽券にかかわると言うものである。


 しかも優奈の走る姿は優雅で絵になるのである。

 新設洞駅の五差路交差点で斜め右に右折、東大門区庁舎方向へ。


 君子橋のたもとで25キロを通過、1時間7分55秒であった。

 君子駅で右折、オリニ公園方向に向かう。


 この公園の対面には世界大学がある。

 人津広場の角でさらに右折、またまた西方向へ向かう。


 漢陽大学付近の城東橋たもとで左折すると間もなく30キロの通過点がある。

 ラップタイムは、1時間21分30秒ほど、30キロを走って未だに5キロを13分台で走っていること自体が驚異的である。


 この時点では既に沿道に黒山となった群衆が待ち受け、少し遅れて応援に出て来た人が入れるような余地はなく、あぶれた人々が向かったのはゴールである蚕室陸上競技場であった。

 走って優奈に追いつけるはずもなく向かったのは地下鉄なのだが、皆が同じことを考えれば当然に混雑になる。

 時ならぬラッシュに見舞われ地下鉄各駅も混乱に見舞われた。


 それにもまして陸上競技場に人が集中し始めたのは午前9時を回った頃からである。

 蚕室陸上競技場は、常時5000ウォンの入場料なので主催者、報道陣、ボランティアなどを除き、例年のソウルマラソンでは、ほとんど観客の居ない蚕室陸上競技場なのだが、この日は違った。

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