第103話 12-9 放送局巡り in Seoul(2)
そうして放送局側スタッフと若干の打ち合わせの後に、FMソウルWBSの生放送が始まりました。
優奈とソニンはヘッドフォンを付けて、放送室でパーソナリティのチョ・ヨンと向き合っているのです。
テーマソングと共に闊達なチョ・ヨンの番組幕開けのフレーズと挨拶が続く。
「本日は、お二人の美女に来てもらいましたよーっ。
リスナーの皆さんも一目見れば美人と認めるお二人です。
一人は、国楽の神童ソニン、そうしてもう一人はソニンの親友でもあるミラクル・ユーナです。
ユーナはご存知の通り10指に余る世界記録を保持している天才アスリート。
でも隠れた天才音楽家でもあるんです。
何故日本にいるユーナと韓国にいるソニンが友人となったのか、そのなれそめ、それにユーナが今なぜソウルにいるのか、まずそれからお聞きしましょう。
さて、ソニンとユーナ、リスナーの皆さんにご挨拶を。」
「アンニョンハシムニカ、チェ・ソニンです。」
「アンニョンハシムニカ、ユーナ・カヤマです。」
「さて、ソニンから聞きましょうか。二人のなれそめは?」
「ユーナが世界陸上で活躍して以来、私はずっとユーナの大ファンでした。
ネットで時折、ユーナを見ていたのだけれど、ある時ユーナが、高校の演奏会に出場して『방황』をピアノ伴奏しながら歌っていたんです。
その時彼女は、私の『방황』と言ってくれました。
私は古い歌の『방황』をカバーしているだけで、私の持ち歌じゃないんですよ。
但し、私が歌うために、編曲にも私が携わったんです。
原曲ではなく、その編曲した『방황』をユーナが歌ってくれたんです。
とてもいい声で鳥肌が立ちました。
それで、ユーナに会いたいと思うようになり、スタッフにお願いして日本での公演をお願いしました。
それもユーナのいる神戸でです。
そうして公演の準備が整い、ユーナにチケットを送ったら、ユーナからお礼と確認の韓国語メールが届きました。
私は日本語がわからないから、人を介して日本語の翻訳をユーナに送ってもらったんですけれど、ユーナはそれを確認したかったようでした。
そうしてメールのやり取りが始まり、何度もメールでお話しして友達になり、神戸の公演前に1時間ほど会食の席で韓国語で会話をしました。
その時にお願いしたんです。
ステージに立って私と一緒に『방황』を歌って欲しいと。
ユーナは快く引き受けてくれて、舞台に立ってくれました。
デュエットは一回だけ、リハーサルもしていません。
でもユーナは完璧に合わせてくれて、これまでになかったハーモニーさえ形作ってくれました。
歌い終わって、私は凄く感激して、涙ながらにユーナに抱き着いたのを覚えています。
それ以来、ユーナは私の親友です。」
「なるほど、ソニンの公式サイトで公開している例のデュエットですね。
私も見ましたが、確かに一時話題になるほどの素晴らしいエンターテイメントでした。
さて、そこでユーナさん、今回は何故ソウルへ?」
「15日にソウルマラソンがあるのですけれど、そのマラソンに参加するためにソウルに来ました。
で、どうせソウルに来るならソニンに会いたいなと思って、前倒しで動き、今日お昼過ぎにソウルに着いたところなんです。」
「うーん、確かユーナは18歳の現役高校生ですよね。
学校は休んだの?」
「高校は2月28日で卒業したんです。
今は、大学に入るまでのフリーな時期なんです。」
「そう言えば、日本も高校受験や大学受験は大変だと聞いているけれど、ユーナは大丈夫なの。」
「はい、大学受験に合格して、4月からは獣医になるための大学へ通うことになっています。」
「獣医さん?
人間相手のお医者さんじゃないんですね?
どうして獣医さんを希望したの?」
「幼い頃、家で飼っていた子犬が病気で死んでしまいました。
様子がおかしいことに気づいた時には手遅れで、私は勿論、両親でさえ何もしてあげられませんでした。
私の両親は医者ですけれど、人間を診ることができても動物を診ることができないんです。
だからその時に、私は動物を救うお医者さんになろうと思いました。
人は痛みや症状を医者に訴えられますけれど、動物は話せませんからそれができない。
それをきちんと見分けて適正に処置するのが獣医です。
動物たちの気持ちがわかる獣医になりたいなと思っています。」
「なるほど、幼い頃の夢をかなえるための大学なんですね。
ところで、ユーナは確かホノルルでは2時間を切って42.195キロを走った記録がありますね。
今度のソウルマラソンでは2時間を切れますか?」
「途中でアクシデントが起きなければ、多分、2時間を切るような走りができると信じたいですね。」
横からソニンが口を挟んだ。
「ホノルルマラソンは、実のところIAAFが認めた公認コースのリストには乗っていないの。
でもそこで2017年、2018年と連続して二時間を切って、1時間58分31秒のコースレコードを出しているから実力は本物よ。
IAAFの公式な公認こそ得られていないけれど、IAAFの正規の計測員が計ったコースなんだから記録は間違いのないものよ。
それに昨年10月27日には、ユーナが日本国内のマラソンで非公認だけれど1時間56分31秒の記録を出しているわ。
コースは日本陸連が認めているけれど、主催者側の都合で10キロのコースに出る選手と一緒にスタートしたのでユウナは他の選手より40分も遅れてスタートしたの。
でもゴールに入ったときは、フルマラソンの人たち1500人余りを全部追い抜いて1位でゴールした。
2時間36分31秒が一応のグロスタイムでの記録、でもネットタイムでは1時間56分31秒なのよ。
だから、ユーナがソウルで2時間を切るのはもう間違いがない。
リスナーのみんなもできれば応援してあげてね。
ソウルマラソンは15日8時スタートよ。」
「おやおや、ソニンが全部説明してくれたので僕の話が無くなっちゃった。
じゃぁ、お待ちかねェ、二人のデュエットをお聞かせしましょう。
二人が選んでくれたのは二曲、一つはドラマの主題歌조수미(チョ・スミ)が歌う『나가거든(If I Leave)』。
もう一つは出来立てほやほやのオリジナル曲で『포옹(抱擁)』だそうです。
それにもう一つリスナーからのリクエストにお応えして二人若しくは一人が歌います。
リクエストの応募は2曲目が終わるまでに申し込んでね。
無作為の抽選で選びま~す。
当たった人は、ソニンやユーナとお話もできますよ。
それじゃ、ソニン、ユーナ、お願いね。」
ユーナとソニンはディレクターの合図でチョ・ヨンが話している間に移動している。
ユーナはエレクトーンの前で、ソニンはマイクの前で、それぞれ待っていた。
ディレクターの合図でユーナがエレクトーンで前奏を始め、やがてソニンが歌い出し、追いかけるようにユーナが歌う。
まるでフーガの様である。
この曲は結構カバーで歌われているが、フーガのように歌うケースは初めてである。
しかも、それがぴったりと合っている。
ソニンの少し癖のある歌い方は韓国の国楽から派生したものだが、ユーナもまたそれを踏襲しており、その二人の歌声がハモるところは確かに鳥肌が立つほどである。
元歌よりも素晴らしい出来栄えと認めざるを得ず、思わずチョ・ヨンとディレクターは唸ってしまった。
そうして若干の間合いを置いて、二曲目のリジナル曲『포옹(抱擁)』が始まった。
前奏はゆっくりとした曲のイメージであったが、突然にテンポが上がった。
明らかにソニンのイメージではない曲だった。
だがソニンとユーナが歌い始めるとディレクターとチョ・ヨンは驚愕した。
K-POPでもなくトロット(韓国演歌)でもない、全く新しいタイプの歌謡曲である。
何処かほのぼのとしたメロディが随所に使われながらも、ディスコティックに踊り出したくなるリズムの歌である。
しかも歌手が実にうまい。
韓国歌謡界で上手いとされる者は相応にいるが、そのいずれをも超えるような歌唱力で二人の若い女性が歌っていた。
心底痺れるような歌声とハーモニーに聞きほれている間に歌が終わってしまっていた。
初めて聞く曲ながらもう一度聞きたいと思ったのはチョン・ヨンだけではなかったであろう。
「いやぁ、素晴らしい歌でした。
生で聞く二人の歌は『とても素晴らしい』の一言、心が揺さぶられました。
ところでこのオリジナル曲の発売は
「ごめんなさい。
本当に出来立てほやほやの初公開です。
私も3時間ほど前に初めて楽譜を渡されて、4回ほど練習しただけの曲なんです。
だから、まだ録音もしていません。
発売はもう少し先になりますね。」
「3時間前って、・・・。
それでさっきの歌になるの?
とんでもないお二人さんだね。」
「あ、作詞作曲はユーナなの。
だからユーナは歌えて当然。
ユーナに1時間ほど歌い方を教えてもらったのよ。」
「うーん、凡人にはなんとも頭が痛くなるような次元の話だねぇ。
取り敢えず、リクエストがいっぱい来たみたい。
はい、リクエストの申し込みはこれで終わりですよ。
さてさて最近は便利だよね。
ボタン一つで、ランダムに選んでくれる。
ん、なになに、ソウル市内端草区にお住いのハン・ヨンピルさん22歳男性、貴男が当選で~す。
リクエスト曲は*ileeの『보여줄게(I will show you)』だけど、どう?
歌えるかい?
二人でも一人でもいい。
アカペラでもいいし・・・。
カラオケの伴奏もできるよ。」
「カラオケはいりません。
ソニン歌える?」
「ん、若い人ならだれでも知ってる歌だからね。
私も知ってはいるけれど、自信はないなぁ。」
「歌えるなら大丈夫、私もフォローする。
じゃぁ、行くよ。」
優奈がディレクターに逆に合図して演奏を始めた。
楽譜もなしにエレクトーンを上手に弾く10代の美少女は正しく天才とも思える。
これまで聞いたことも無い前奏から始まり、ユーナの合図でソニンが歌い始めた。
自信がないと言いながらも流石である。
ぴったりと演奏に合わせて歌ってくる。
その声に寄り添うようにユーナがハモる。
本家本元の*ileeでもしていないのっけからのハーモニーであり、しかも合わせ方が違うので二人の歌声が全く違う曲の雰囲気を与えてしまう。
これもまた元歌を超える出来栄えの歌である。
この二人がリハーサルなどしていないことはディレクターを含め、この放送に携わった者ならば誰でも知っている。
それにもかかわらず、ステージでの演奏と見間違えるほどの演奏をしてのける二人は正しくモンスターであった。
演奏が終わり、リクエストしたハン・ヨンピルさんとの電話がつながっていた。
「ヨンピルさん、貴方のリクエストを二人が見事に演奏してくれました。
いかがでしたか?」
「いやぁ、凄いですよ。
僕は*ileeの歌が好きでリクエストは何時でも*ileeの歌なんです。
ダメもとでリクエストしたら当たっちゃったけど、・・・。
正直言って、*ileeの歌もいいけれど、二人の歌も凄くいい。
少なくとも*ileeに加えて僕のアイドルが二人増えました。」
「はい、二人に何かお話がありますか?」
「ソニンさんへ、『나가거든(If I Leave)』も、『포옹(抱擁)』も凄く良かった。
少なくともオリジナルの『포옹(抱擁)』はCDを出してほしいな。
俺、絶対に買うから。
それと、ユーナさん、歌も大好きだけど、アスリートのミラクル・ユーナも大好きなんだ。
ソウルマラソンでは頑張って、世界記録を作ってください。」
ユーナとソニンは二人顔を見合わせて同時にマイクに言った。
「ありがとう。」
二人のデュエットも放送局初出場もこうして無事に終えた。
その後二人が出演する放送番組では必ずエレクトーンが準備されることにもなった。
マネージャーのヤンさんは、FMソウルWBSが録音したマスターテープからコピーをもらい、CD作成の準備を始めていた。
ソニンのオリジナル曲になるだろうけれど、これだけ素晴らしいユーナとのデュエットを放置するわけには行かない。
後々著作権や出演料などの問題も出て来るのだが、通訳を交えて話したところ、葉山女史が結構色々と日本の芸能界について知っているようなので、彼女と相談しようと考えていた。
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