第99話 12-5 マンション購入

 その日夕刻になって、吉祥寺駅からほど近い御殿場山にあるMI*というインテリア・デザイン専門の会社に連絡し、武蔵境にある新築マンションの部屋の家具等の選定及び配置について依頼をしたいと言うと、担当者が直接こちらに出向いて話を聞くと言う話になりました。


 吉祥寺の東急インに宿泊していることを告げると、翌日の朝ホテルに来てくれることになったのです。

 ホテルで話を聞いて、現地に出向き、実際の場所の確認をしたいと言うのです。


 電話で応対したのは鷹島たかしま由紀奈ゆきなという女性であり、当人がホテルに来るのです。

 随分とフットワークの軽い会社の様ですね。


 翌日9時半に予約し、ロビー脇にある小会議室で会うことになりました。

 ホテルでの商談などの場合、秘密を要する場合もあるのでホテル側が配慮してロビー階に作った小部屋が小会議室なのです。


 宿泊客は1時間千円の料金で借りられることになっています。

 インテリアデザインの会社へ優奈が出せる情報は、昨日貰ったマンションのパンフレットと事前に考えておいたインテリアデザインの要望書のみです。


 9時半になる5分前には件の女性がロビーに現れました。

 手に大きな製図用キャリーケースを持っていると言っていましたので、優奈にはすぐにわかりましたが、相手の方はきょろきょろしていますね。


 優奈が目の前に行くと驚いた顔をしながらそれでも小声で言った。


「貴方が、ユーナさん?

 まさか、年末の高校駅伝ではスリムだったのに・・・。

 これって、・・・変装なの?」


 優奈は苦笑しつつも頷いて、鷹島さんを小会議室へ案内した。

 そうして改めて母の聖子と共に自己紹介をしました。


「インテリアデザイナーの鷹島由紀奈です。

 このたびはMI*をご指名いただき誠にありがとうございます。

 でも、驚きましたユーナさんに会えるので他のメンバーにも内緒で大事な仕事の受注に行くとだけ言って出て来たんです。

 でもユーナさんの姿が見えないので騙されちゃったかなぁと一瞬思いましたよ。

 その変装、凄いです。

 全くユーナさんだとは思いませんでしたもの。

 太ってるし、髪は長いし・・・。」


 そういって言葉を区切った。


「あ、失礼しました。

 お仕事の話をしなければならないのに、無駄な話をして・・・。


「いいのですよ。

 でも仕事の話にいたしましょうか。

 物件は武蔵境駅の南側徒歩10分程度のところにある東京都武蔵野市境南町2丁目xx番地にある昨年11月に完工したばかりのベリエール武蔵境の18階の一室です。

 既に当該物件を除く各室には居住者が住んでいらっしゃいますので、内部施工や家具の搬入その他によって、他の住人の方々にご迷惑をかけないようできるだけの配慮をお願いします。

 マンションのパンフレットは一応もらってきております。

 昨日の時点では、他の物件との比較で成約まで行かなかったのですが、現時点ではこの物件を購入することに決めております。

 今日、現地に行って販売事務所の方と成約までの話を進めますので、宜しければ、鷹島さんもご一緒にお願いします。

 現場を見ないことにはプランニングもできないでしょうから。

 関連する図面等はその時に入手できると思います。

 仕事の委託内容は、内装及び部屋の家具の選定及び配置を含めたコーディネイト全てをお任せしたいと思います。

 どの部屋をどのようにアレンジするかは全てお任せしますが、構造設備はできるだけ変更しないようにしてください。

 一応の希望としての部屋の使い方は、主寝室をゲスト用、次の中くらいの大きさの寝室を私用の寝室、一番小さな寝室を視聴覚室用と考えてください。

 従って一番小さな寝室にはベッドを置く必要はありません。

 むしろ防音室構造にして外に音が漏れないようにしてください。

 方法としては、現状の床の上に防音材を組み込んだOA用の床パネルブロックを設置すること、壁には同じく防音材を組み込んだパネルブロックを積み上げてください。

 天井も同様なのですが、できれば既存の天井の構造材から金具を下げて防音材を組み込んだ釣り天井を作れるならばそれが一番です。

 一つの天井と考えずにブロック天井とした方が無難かも知れません。

 強度的に天井が持たない場合は、壁の防音パネルブロックから梁を渡して天板ブロックを設置するようにお願いします。

 いずれにしても耐震性に配慮下さるようお願いします。

 ドアは消音パネルを張り付け、ゴム等を使ってできるだけ隙間を埋める構造にしてください。

 冷蔵庫の扉のようなクッションを兼ねたエアーパットタイプが望ましいかもしれません。

 通常ついている旧排気ダクトについては銃のサイレンサーのような多重空間を作り、間に複数のフィルタを設置することで消音してください。

 完全に密封状態では困りますが、基本的には当該室内の吸排気が多少難しくなっても構いません。

 天井の照明用コンセントは使用しませんがそのまま残し、新たに構築する吸音パネルの天井と壁の交接線に適度な間接照明をお願いします。

 エアコンも設置されている筈ですが、室内機についてはできれば消音ブロック内に移設をお願いします。

 サッシ窓については、そのままとし、遮光用カーテンを二重又は三重にして光を遮断すると同時に音の遮断を図ってください。

 カーテンの裾は当然に床まであるものを使ってください。

 サッシのガラス面には振動防止のフィルムを内側、外側双方に張ってください。

 一番難しいのがこの遮音室への改装になるかと思います。

 一応、この部屋の利用目的としては、音楽スタジオ、大画面映像のシアタールーム、それにステレオルームを併せ持った部屋として考えて頂ければ結構です。

 部屋は当然に狭くなることを想定しています。

 それと、此処をいずれ退去するとき、多分6年後になりますが、遮音室の防音材を組み込んだブロックは全て撤去する可能性があります。

 ですから防音材等は、できれば撤去しやすいようなものを部屋内部に作って欲しいのです。

 仮に構造にまで変更が必要な場合には事前に連絡をいただきたいのです。

 例えば防音材を使ったレゴのようなもので組み立てるのも一つの手だろうと思います。

 今申し上げたことを含め、当方で要望する事項はこのペーパーにまとめてあります。

 要望は絶対のものではありません。

 デザイン上問題があったり、構造上不可能なものであれば適宜変更してください。

 それと、このリストに掲載されている品物の購入、据え付けの監督も合わせてお願いします。

 特に型式を特定していない家具例えばチェスト、ソファセット、ダイニングセットなどの選定は完全にお任せします。

 全体のデザインやコーディネイトに必要であれば陶器、磁器等を含め食器なども購入して頂いて結構です。

 当面の予算は1500万円までで考えてください。

 貴女若しくはMI*に支払われる手数料や消費税は、別計算で結構です。

 冷蔵庫やテレビなどの一般的な電化家具の選定は、鷹島さんにお任せしますが、音響製品だけは指定した品物で揃えてください。

 音響製品の色の選択はお任せしますし、音響製品を収納するためのラックその他の選定もお任せします。

 一応、依頼に関する説明で私からできることは以上なんですが、何か不足はございますか?」


 鷹島はぶんぶんと顔を振って言った。


「驚いたなぁ、ユーナさん、確かまだ高校三年生でしょう。

 普通の高校生には今みたいなまとめはできないですよ。

 それに、支払いは、・・・もしかしてユーナさんなの?」


 優奈は頷いた。


「そんなお金、何処から?」


「世界陸上に出場したときに世界新記録を出したり、1位になったりすれば、かなりの懸賞金がスポンサーから出るんです。」


「それって、それだけで何千万円にもなるんですか?」


「ええ、まぁ、世界記録一つが12万ドルでしたから、都合8つほどありましたのでそれだけで1億近いですね。

 税金もしっかりと取られましたけれど・・・。」


「ふえー、凄いんですね。

 あ、また脱線しちゃった。

 えーと、仕事の話ですが、今の説明でよくわかりましたので特段の質問はありません。

 契約は優奈さんとでも構いませんが、保護者の方の署名実印が必要です。

 後、今の内容ですと総合委託になりますので、デザイン料が100万円、作業監督料金が50万円、更に資材、機器、設備購入費用の5%を手数料としていただくことになります。

 ここにお住まいするのは、優奈さんお一人でしょうか?」


「はい、私一人です。4月から武蔵境に転入しますので。」


「あ、やっぱり・・・。

 日本*医生命科学大学に入学すると言う噂は本当だったんですね。」


「あの、そんなに噂になっているんですか?」


 くすっと笑って鷹島が言った。


「武蔵野市とその周辺の人なら多分半数の人が知っているんじゃないですかねぇ。

 何しろそうした情報にはトンと縁のないはずのウチの社長が知ってましたから。」


 焦って優奈が言う。


「あのぅ、くれぐれも私が依頼者ということや住所は内密にお願いします。

 騒がれるのは困るんです。」


「はい、私どもは商売上の守秘義務がありますから、そうした情報が外部には漏れることは有りません。

 但し、会社内部では仕事の上での情報の共有化を図っていますので、どうしても同僚には知られてしまいます。

 学校における住所録や緊急連絡網が関係者の方に知れるように、内部は隠しようがありませんのでこれはご了承ください。」


 優奈は仕方なく頷いたのです。

 それから、みずほ銀行へ行き、カードを提示して銀行振出の8424万円表示額の小切手を1枚、1500万円表示額の小切手を1枚、150万円表示の小切手を1枚、それに500万円の現金を用意してもらいました。


 当座の資金は、これで十分なはずなのです。

 優奈は、聖子と鷹島を引き連れて、タクシーで現地販売事務所に向かいました。


 現地販売所では、職員がつきっきりで応対してくれました。

 優奈が購入することで、この販売事務所がめでたく完売という形で終了するのです。


 もう一月待って購入者が無い場合は、事務所を閉めて、いわゆる広告販売をする予定であったのです。

 その場合は、他店取扱いで手数料が取れない場合もあるのです。


 購入者と決まったからには、当然に部屋の内部も全部見せることが可能です。

 無論保護シートであちらこちらを覆ったままですが、それでも部屋の内部は確認できるのです。


 鷹島女史は、図面も業者から預かっていましたが、メジャーを取り出して色々計測をしたり、写真を撮ったりしています。

 部屋の確認は、昼までかかり、その後成約手続きに入りました。


 手付金や補償金ではなく、いきなり全額の小切手を出された時は、流石に販売業者も驚いていました。

 通常のこの手の額になると長期ローンを組んだりして色々な手続きが必要になるのですが、一括で現金払いであればそうした手続きは不要になります。


 むしろ登記その他の手続きを急ぐ必要があり、事務所はシャカリキになって動きました。

 元々一旦準備はできていた代物であり、さほどの困難もなく、登記手続きまでの書類が揃えられ、手数料として何がしかの現金が必要となったのですが、10万円を超えるものではありませんでした。


 それよりも、今後の固定資産税などの支払いなどについて銀行と打ち合わせする必要がある筈です。

 収入は今のところ無いですから、所得税は払う必要も無いはずなのです。


 あれ、そう言えば、ミーちゃんの新曲に作詞・作曲で優奈の名前を使うって言っていたなぁ。

 あれって、もしかすると印税の対象になるのかな?


 どうすればいいのかについて、今度キヨちゃんに聞いておこうとそんなことを考えている優奈でした。

 成約が済み、必要な支払いを行ったので、登記は済んでいないけれどこの時点で所有権は優奈に移転したので、販売事務所から家の鍵を手渡されました。


 登記の完了は月曜日以降になると言うことで、当該登記簿の謄本は神戸に送ってもらうようにお願いしたのです。

 優奈と聖子の印鑑は火災保険を含めてかなりたくさん押すことになりました。


 鷹島さんには家の鍵を渡すとともに、販売事務所から渡された電気、水道、ガス等の契約のための申し込みも済ませ、全て口座引き落としにしました。

 火災保険の年間保険料支払いも同様です。


 電話及び光通信については、特に急がないので4月以降に申し込みをすることにしています。

 これで今回の上京の目的であった仕事が済んだことになります。


 後は、3月中に何回か上京して、必要なものをいろいろと買い揃えるつもりでいるのです。

 鷹島さんは、今日持ち帰って明日の午前10時までに、ホテルへプランニングを持ってきてくれるそうだ。


 その際に契約書に署名と印鑑を欲しいとも言っています。

 資材の手配も必要なので定かではないけれど、2月末までにはリフォームを兼ねたコーディネイトが済んでいるはずだと言っていました。


 鷹島さんとはメールアドレスの交換をしたので、別途デザイン画等をアドレスに送ってくれるそうです。

 その場合にコメントがあれば遠慮なく行ってほしいと言っていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る