第98話 12-4 アパート・マンション探し

 銀行を出た時間は、午後一時半を過ぎた辺り、宿泊先は今回も同じ東急インなのだけれど、チェックインは午後三時からなのです。

 優奈と聖子は、東急インに入って今日の宿泊予定を告げ、フロントに荷物だけを預かってもらいました。


 そうして不動産物件の確認をするために、二人はホテルを出て中央線で武蔵境へと向かいました。

 確認すべき物件の一つは、2017年に新築された賃貸マンションで、名称が「ク*オ武蔵境」である。


 当該マンションから武蔵境駅までは300m以内であり、日本獣医生命科学大学へも500m圏内なのです。

 非常に便利な場所なのですが何故か異様に家賃が安いのが気になるのです。


 従って優奈としては何か問題があるのでは思っているのだけれど、不動産屋に詳細を訊いてみないとわからないのです。

 一応今日の三時半に当該マンションの入り口で担当者と落ち合うことになっています。


 今一つの物件は、武蔵境駅から南へ750mほどの距離にある新築マンションであり、昨年11月末にできたばかりであるけれど、現時点で分譲が残っているのは一戸だけであり、即時入居可能な状態であるそうな。

 そこから獣生大学への距離も600mほどと、通学には至って便利な場所なのです。


 賃貸の方には駐車場がないのですけれど、新築マンションには一台分が確保されています。

 賃貸マンションは2DKであり、近辺の同じ広さの物件に比べると5割近く安い月額9万円の家賃に設定されています。


 新築マンションの方は、20階建ての建物の18階の物件で、3LDK(76㎡)で南向きの部屋ですけれど、分譲価格は7800万と当然のことながら少々お高いのです。

 宝くじが当たる前ならば、学生には贅沢に過ぎるので絶対に目を向けない物件なのですが、今の財政状況ならば長期投資物件として購入しても悪くはなさそうです。


 卒業するであろう6年後に必要が無ければ売却するか若しくは人に貸してもいいのです。

 時間が二時半少し前であったので、母聖子と相談して先に新築マンションへ向かいました。


 マンションのすぐ近くにモデルルームと販売事務所があるのです。

 そこに行って、取りあえず物件の説明を受け、内部を見せてもらうことにするつもりでした。


 しかしながら、実際に販売事務所に行くと、


「新築の室内に傷が付いたり、汚れてしまうことを避けるために、一応、室内に入れるのは玄関だけで、内部確認は玄関から見えるだけの範囲に限定されます。

 後は事前に私どもが撮影した写真とビデオになってしまいます。」


と担当者に説明されたのです。


 確かに分譲開始時点では、まだ建物自体が完成していない段階で受け付けを始めるために、間取り図面とモデルルームを見ただけでどの部屋を選ぶか判断している場合が多いのです。

 優奈達も少し間取りは違うが、モデルハウスを見て実物を想像することになりそうです。


 因みに新築マンションは、独りで住むには十分な広さがあるし、居間には床暖房とエアコン、各寝室にはエアコンが装備されています。

 本来、エアコンなどは、分譲契約の成約時に当該設備のオプション契約がなされてオプションとしてつけられるものなのですが、今回の物件は成約にまでこぎつけた客が手付金と最初の分割支払いをした時点で途中解約した物件であるそうです。


 前の成約者は実際に住むまでに至らずに事情が有って解約してしまったようなのですが、物件に瑕疵が有って契約を中断したわけではなく、財政上の理由から解約したものであるらしいのです。

 従って、一旦は登記を済ませたものの、再度、業者が買い戻して売りに出している物件なのです。


 当然に、前成約者は大きな負債を背負ったのですけれど、業者に買い戻してもらったので、負債の一部が軽減されたようです。

 このため一旦は注文に応じてエアコン等の設備は施したのですが、その後買い手がついていないという物件なのです。


 他の部屋については、全て分譲が済み、昨年12月から居住を始めているようです。


 そうしている間にも3時10分を過ぎたので、取りあえず結論を保留して、賃貸マンションの方へ移動した優奈たちです。

 ク*オ武蔵境に近づくとスーツ姿で書類カバンを持ったアラフォー前後の男性が入り口で立っていました。


 優奈が声をかけた。


「あの、*急ハウスの岡村さんでしょうか?

 私が電話を掛けた加山と申します。」


「あ、ハイ、電話で応対した岡村でございます。

 失礼ながら随分とお若いのですね。」


「はい、未成年なもので、今日は保護者同伴で参りました。

 こちらは私の母です。」


「あ、これはどうも。

 で、物件の方ですが、・・・。

 正直に申しまして、お嬢様にはあまりお勧めできない事故物件でございます。

 まぁ、御当人さえ納得されるるならば、当社としてはお貸しすることに問題はございませんが・・・。」


「事故物件と云うのは、家賃がお安い理由ですね。

 何か不具合があるのでしょうか?」


「建物自体には何ら問題はございません。

 この建物は2017年4月に賃貸マンションとして完工し、駅から近いということもあってすぐに入居者が埋まりました。

 但し、5階の当該物件に入居された独身女性が半年後の10月にベランダから飛び降り自殺されると言う事件がありましてケチが付きました。

 それでも、2か月後には新たな入居者が入られたのですが、その方が怨霊を見たと言って騒ぎ出し、2か月で契約を解除されたのです。

 その後3か月ほど入居者が無かったのですが、事情を知ってもなお入居したいと言うご夫婦のお客様が現れ、実際に生活を始められたのです。

 但し、3か月ほどで奥様の方が原因不明のノイローゼになり、昨年6月にベランダから飛び降りられたのです。

 幸いにして命は助かりましたが重傷を負われ、子供の産めない体になったと聞いております。

 そんなことがあって、このご夫婦の方も契約を解除されています。

 以来借り手は現れていません。」


「ふーん、たたりか何かあるのかしらねぇ。

 他の住人に異常はないのですか?」


「ええ、気味悪がっては居ますが、今のところ問題はないようです。

 少なくとも他の場所に怨霊やらお化けやらが出たという話はありません。」


「なるほど、それで一月の家賃が9万円ですか・・・。」


 そこへ母の聖子が口を挟みました。


「優奈、だめですよ。

 そんな縁起の悪い部屋に優奈を入れるわけには行きません。

 これは諦めましょう。

 家賃が高い、安いのという問題ではないのですよ。」


「はぁ、私もその方が宜しいかと存じます。

 これまでお話を聞きに来られた方が20人ほどおられますが、大体すぐに断って行かれますね。

 部屋の中まで実際に入られた人はお二人だけです。

 その方たちも背中がぞくぞくするとかで、ろくに中を見ずにそそくさと帰られました。」


「しょうがないですね。

 保護者にダメと言われれば契約できない身の上ですから。

 では今回の話は無しということで。」


「はい、ではそういうことで、私はこれで失礼いたします。」


 岡村はさっさと駅の方へ歩いて行ってしまった。

 岡村の事務所は、武蔵野市には無く、新宿にあるのです。


 母聖子が言いいました。


「さてどうするのかな?

 候補が一つしかなくなったわね。」


「うーん、駅から少し離れた物件であれば賃貸でもそれなりにあるのよ。

 但し、一階だったり、低層階だったりでセキュリティには問題がありそうなの。

 それと、国分寺か立川まで行けば少しは値が下がる。

 逆に中央線沿いに東京に近づくほど中古マンションでも値段が高くなり、6千万から7千万の物件もあるわね。

 その意味では、此処の新築マンションは安いのかな?

 念のために吉祥寺の不動産屋に話を聞いてみるわ。

 良い物件が無ければここの新築マンションにする。

 お母さんと私の戸籍謄本に住民票、実印登録証明書もあるし、実印も持って来たから、明日中に契約を済ませてしまいましょ。

 銀行から手形か小切手を振り出してもらうには、明日しかないもの。

 別の日にもう一度来るのは願い下げしたいわ。」


 優奈達は、武蔵境から吉祥寺駅へと戻ったのです。

 時刻は午後4時半でした。


 一旦ホテルへチェックインを済ませてから、出かけることにしました。

 前回のような騒ぎは今のところ起きてはいません。


 なぜなら、優奈は、大橋美空が来神した際の変装をしているからで、傍目には太めの女としか見えないはずなのです。

 カツラと大きな黒縁の伊達メガネだけで顔の印象が変わってしまい、体型を変えてしまうとデブの大女としか見えないはずなのです。


 従って、今のところ優奈だとは気づかれていないのです。

 チェックインしてツインの部屋に荷物を置き、再度出かけることになりました。


 ホテルに近い不動産屋三軒を回ってみたのですが、賃貸では理想的な物件は見当たりませんでした。

 その一方で、中古マンションではこれまでネットには無かった物件が新たに出て来ました。


 実のところ三日前に新たに出て来た物件であり、ネットには今日掲載したばかりだと言うことでした。

 場所は三鷹駅前から徒歩三分の場所にある24階建てのマンションの最上階で、建物の基部にスーパー二つがあるほか、近くに東急ストアがあって買い物にも便利な場所なのです。


 セキュリティ面で最たるものは、武蔵野警察署まで100m以内と至近距離にあることだと不動産屋は自慢していました。

 但し、駐車場スペースがなく、築12年でありながら値段は9000万円と割高なのです。


 まあ、最上階であるし、部屋の広さも78㎡の3LDKですからそんなものなのでしょう。

 三鷹駅であれば大学までおよそ2キロ弱、徒歩での通学も可能なのです。


 雨天の場合はJRも使えるし便利ではあるのです。

 一方の武蔵境の新築マンションは、駅前のイトー○ーカドーぐらいしか最寄りのスーパーはありません。


 こちらの方は駅まで徒歩10分、大学まで最短8分なのです。

 まぁ、新築の方が気持ちはよいのですが、・・・・。


 色々迷って、周辺調査を行った上で、結局新築マンションにすることにしました。

 一番大きな理由は、三鷹の中古マンションを出た人が臨家のうるさ型の夫婦とトラブルを起こして住戸を売り払ったという事実があったからなのです。


 不動産屋はそのことを噂で知っていたのですが、新たな買い手にはマイナス要因になるかも知れないので敢えて伏せていた情報なのです。

 優奈もそのうるさ型のオジサン、オバサンに捕まれば面倒になることは目に見えています。


 優奈の信条として、「わかっている危険は何でも避けるべき」なので中古マンションは諦めたのです。

 因みに武蔵境の新築マンションの臨家二戸の住人は、精霊さんや妖精さんの情報によれば、都心に務めるDINK(Double Income No Kids)の夫婦と、小学生の子二人を抱えるサラリーマンの家庭であり、どちらも気のよさそうな住人達のようです。


 臨家が空き家であることを若干気にしているようでもあるそうな。

 他にも高額ながら、今の優奈であれば購入できるマンションが大久保駅などにあったのですが、通学の際に混みあう電車に乗らねばならないことが問題になりそうでした。


 都心に向かう流れとは逆の筈なのですが、痴漢というやからはどこにでもいるものです。

 これまではそうした連中を見つけると、できるだけ精神を抑圧してまともに動けないようにしているので、優奈は勿論、他の女性も被害に遭わずに済んでいる筈なのです。


 しかしながら、そうした状況を作り出すこと自体が危険な場合もあり、優奈の能力を使わずに越したことはないのです。

 母聖子は優奈の能力を知らないから電車など公共交通機関の中で痴漢の類が横行していることにも心配をしているのです。


 そうした懸念を払拭するには、武蔵境の新築マンションが最も適していると言えるのです。

 帰省する場合や東京などに遠出する場合を除いて基本的に電車に乗らずに済みますからね。


 それに新築マンションの駐車場は各室ごとに割り振られており、ちゃんと優奈の分も確保されているのが大変大きいメリットです。

 この三月になったら、優奈は自動車の運転免許を取得するつもりでいるのです。


 運転免許取得のための学校は、兵庫県*可郡*可町にある*播ドライビングスクールというところであり、合宿免許で入学すると最短13日で運転免許が取得できるのです。

 お金が35万円ほどかかるのですが、優奈としてはこの3月の暇なときに何とか取得しておきたいと考えているのです。


 このため3月17日からの合宿申し込みを既に予約しています。

 免許が取得できれば、次は車を購入するつもりでいる優奈なのです。


 最初は中古車で、慣れたら新車にする計画です。

 未成年の学生が親にも頼らずに高額のマンションを買ったり、新車を買ったりするのはいかにも異常なのですが、実際にそれだけの資産を持っているのだから仕方がないですよね。

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