第97話 12-3 大当たり

 1月13日に京都から戻った優奈は、年末に買ったジャンボ宝くじの事を思い出していました。

 確か家に帰ってから机の引き出しに入れておいたっけと思いながら確認したのです。


 確かにありました。

 613組の187530から187539までの10枚です。


 確率的には間違いなく当たらないはずの宝くじなのです。

 5億円の宝くじを当てるためには、確率的には7億円から8億円分ほどの宝くじを購入しなければならないと暇な誰かさんが計算していたようです。


 そんな大金を使って当選しても完全な赤字になってしまいますよね。

 だからこれまで宝くじなどに手を出したことのない優奈だったのですが、何故かあの売り場の前で買わねばならないという強迫観念に取りつかれて、ついつい買ってしまったのです。


 後で後悔しましたが、買ってしまったものは仕方がありません。

 まぁ連番なら少なくとも下一桁は間違いなく当たっていると慰める優奈でした。


 確か下一桁の当選賞金が300円なのです。

 3000円出して300円しか戻らないなんて酷いナとは思うのですけれど、そういう仕組みなのだから仕方がないですよね。


 優奈は念のためネットで宝くじコーナーを開いて年末の当選番号を調べました。

 その上で、何度も購入したくじの番号と画面に表示されている番号を見比べているのです。


 五回も確認したのですが、どう見ても同じなのです。

 抽選日が嘉成31年12月31日の第707回年末ジャンボ宝くじ、一等賞金が7億円で前後賞が1億5千万円の宝くじが確かに当たっているのです。


 当選番号は、613組の187535で、187534と187536が前後賞になります。

 つまりは10億円が優奈に当たってしまったのです。


 少々のことでは動揺もしない豪胆な優奈であるけれど、この時ばかりは、暫く放心状態で動けませんでした。

 くじが当たった場合の支払いは、この1月5日から始まっています。


 締め切りは2021年(嘉成33年)1月4日までで、それを過ぎると支払いは無くなってしまいます。

 確か1万円までは普通の宝くじ売り場で支払ってくれるのですが、それ以上の金額になると、みずほ銀行の専用窓口に行かねばならないのです。


 ◇◇◇◇


 1月23日(木曜日)、優奈は学校を休んで母聖子と共に上京していました。

 聖子は、娘の家探しと家具その他の準備に親である母が出向かないわけには行かなかったので、同じく有給休暇をもらっているのです。


 午前9時6分の新幹線のぞみで東京へ向かい、吉祥寺には1230頃無事に到着しました。

 駅近くで軽食を食べ、最初にみずほ銀行吉祥寺支店へ向かいました。


 聖子は何のことかわからなかったのですけれど、優奈が最初にみずほ銀行に用事があるというので止む無く優奈の後をついて行ったのです。

 優奈は1階のATMには見向きもせずに階段を上って2階へ上がって行きました。


 そうしてまっすぐに「宝くじ」の文字が記載された窓口に向かったのです。

 愛想笑いを浮かべて軽くお辞儀してくれた女性行員に優奈が尋ねました。


「ジャンボ宝くじの当選金の支払窓口はこちらで宜しいのでしょうか?」


「はい、1万円を超える額についてはこちらで承っております。」


 優奈は頷き、手に持っていたトートバッグから開封した後で再度封をしたままの宝くじを差し出した。


「これを確認していただけますか。」


 女性行員はそれを聞いて、宝くじを封のまま確認し、机の脇に張ってある紙をちらっと見た。

 瞬時に行員の顔色がさっと変わりました。


「お客様、確認のために封を開けても宜しいですか?」


「はい、勿論構いません。」


 少し震える手で封を切り、10枚のくじを広げ、番号を一枚一枚確認する。

 優奈が確認した時と同じように何度も両方の数字を確認して、やがて、優奈の顔を見たので優奈が言った。


「当たってますか?」


 女性行員は小さく頷きながら言った。


「はい、当たっているようです。

 済みません、こちらでは、手続きがしにくいので別室に移っていただけますか?

 一旦、これは御返しいたします。」


「わかりました。

 母も一緒ですが構いませんか?」


「はい、それは勿論構いません。」


 優奈は封筒に戻された宝くじをトートバックに入れ、母と共に案内されて、奥側のパーティションで囲まれた区画に入った。

 他の客の視線から外れた上で、女性行員は更に奥のドアを開けて、行内の奥へと二人を案内した。


 案内されたのは比較的狭い応接室でした。

 机の上にはさほど大きくはない機械があり、パソコン端末のようなものも置かれています。


 優奈達二人を奥側の席に誘導し、女性行員が改めて言った。


「ただ今、上司を呼んで参りますので少々お待ちください。

 その上で確認作業が終わりましたなら、お客様に必要事項の記入をしていただき当選金の支払い手続きに入ります。

 お客様は、当行への預金等ございますか?」


「はい、ございます。

 今日は預金通帳を持ってきていませんが、口座に連動するATMのカードは持って来ています。」


 それを聞いて女性行員は明らかにほっとした顔をしていた。


「では恐れ入りますが、このまま少々お待ちください。」


 女性行員が出て行くと、聖子が尋ねた。


「一体いくらのくじが当たったの?」


「ん、・・・。

 前後賞合わせて、10億円。」


「ジュウっ・・・て、ユウ・・・。」


 聖子が言葉に詰まってしまっていました。

 母も医師であり高額所得者ではあるものの流石に億単位の金額を手にしたことはないはずなのです。


 まぁ、ほぼ20年近くも医師として夫婦が二馬力で稼ぎ、生活費その他で消えた分はあるものの、敦夫と聖子の二人がそれぞれ蓄えているものや資産を全部合わせれば1億円や2億円ぐらいにはなるかも知れないけれど、それにしても10億円というのはとんでもない額ではあるのです。


 優奈の場合、それ以外にも世界陸上やホノルルマラソンで獲得した懸賞金が1億7千万ほど残っているのです。

 聖子からようやく出てきた言葉が頓珍漢とんちんかんな質問でした。


「そんな大金どうするの?」


「どうもしないわ。

 取り敢えずもらって口座に貯めておく。

 まぁ、こっちで新築マンションを買ってもいいかもね。」


 そんな話をしているうちに、先ほどの行員が年配の男性行員を連れて戻って来た。

 行員は名刺を差し出して、自己紹介をする。


 男性はどうやら副支店長の様です。


「恐れ入りますが、先ほどお返しした宝くじを再度ご提出くださいますか。

 光学機械にかけて本物かどうかの再チェックをいたします。

 それで当選が確認されますと、支払い手続きに入らせていただきます。」


 優奈がトートバッグから宝くじを取り出して男性に渡すと、男性はテーブルの片隅にあった機械にくじ券を入れ、スイッチを入れました。

 10枚をチェックするのにほんのわずかの時間しかかからない。


「はい、間違いございません。

 真正なものであると確認が取れました。

 支払いについては、現金ですとすぐには用意できません。

 現金引き渡しの場合、少なくとも三日ほどの余裕を戴かねばなりませんし、札束自体がかなり膨大な量になります。

 端的に申し上げて、今お持ちのスーツケースが三つで足りるかどうかでしょうね。

 お伺いしたところでは、当行の口座をお持ちとか。

 当該口座への入金ならばすぐにできます。

 他行への送金は額が大きすぎますので原則として取り扱っておりません。

 いかがいたしましょうか。」


「ATMのカードしか今は持ち合わせがありませんが、その口座に当選金の入金をお願いできますか?」


「畏まりました。

 カードをお貸しいただけますか。」


 優奈が財布からみずほ銀行の口座番号が記載されているATMカードを差し出すと、副支店長はそれを読み取り機にかけて脇にある端末画面を見た。


「恐れ入ります。

 姓名と生年月日を教えて頂けますか。」


「加山優奈、嘉成13年9月7日生まれです。」


「はい、確かにご本人確認をさせていただきました。

 では、このカードの口座に当選金を入金する手続きをしてまいります。

 少々お時間がかかりますので、その間、アンケート書類に目を通していただき、回答いただけるとありがたいのですが、あくまでこれは任意のものでございまして、強制するものではございません。

 金子君、お相手をしていてくれたまえ。」


 副支店長はそう言って部屋を出て行きました。

 金子君と呼ばれた女性行員が改めて言いました。


「コーヒー、紅茶、緑茶がご用意できますが、いかがいたしましょう。」


 二人してコーヒーを頼みました。

 加山家の常日頃の順番で行けば、今日のティータイムは珈琲なのです。


 優奈は、アンケート用紙に目を通し、支障のない範囲で記入して行きました。

 一応書き終わって女性行員に渡すと、女性行員が言いました。


「あの、加山優奈様は、あのミラクル・ユーナさんなのでしょうか?

 少しイメージが違うかも・・・。」


「今は騒がれるのが嫌でちょっと変装をしています。

 ごめんなさい。

 まぁ、ミラクル・ユーナについては、そのように呼ばれる場合もあるみたいですね。

 でもいろいろなあだ名をつけられているんですよ。

 一番酷いのは世界記録製造娘かも。」


 その話を聞いて、さすがに女性行員も苦笑せざるを得なかったようでした。

 そんな雑談をしているうちに副支店長が戻って来ました。


 電子署名とやらで受け取りサインを書き、明細票とカードを受け取った優奈です。

 昨年のホノルルマラソンまでの賞金を含め、納税分を既に収めているので現在の預金残高は11億7千万円超となっています。


 実のところ、これまでに優奈が使ったお金は150万円にも満たない額なのです。


「お手数をおかけしました。」


「いえ、どうぞ今後とも当行をご贔屓に。

 ところでお客様はこの4月にもこちらへ来られる予定がおありなのでしょうか?」


「はい、今のところその予定ですが、どうしてそのことを?」


「いえ、先日吉祥寺駅前でちょっとした騒動がございまして、・・・。

 その際に流れた話では、お客様が駅前の東急インに泊まられたことが話題になりました。

 更にその翌日には武蔵境にある日本*医生命科学大学にお客様が入って行かれたということから、お客様が獣生大学に入られるのではとの噂が立っていたのです。

 今回はわざわざメガネをかけ、カツラを被り、スタイルまでも変えたりされていらっしゃる。

 まぁ、種々事情がおありとは思いますが、あるいは近々武蔵野市へ転入されるのではないのかなと思いましたもので。」


「そうですね。

 未だ確定はしていませんが、4月からは武蔵境駅の近辺に住むことになりそうです。

 その節にはどうぞよろしくお願いします。」


「こちらこそ、どうぞよろしくお付き合いを願います。」


 優奈と聖子は銀行の入り口まで副支店長と女性行員に最敬礼で見送られてしまったのです。

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