第86話 10-9 柏崎マラソン(1)

 三学年の進路指導の先生に10月28日マラソン参加のために学校を休むかもしれませんと言うとしかめっ面を見せながら言いました。


「加山君は、まるで受験生という感じがしないなぁ。

 みんなシャカリキになっているのに、君だけほぼ決まってしまった感じだし・・。

 羨ましいよ。」


「あ、でもみんなには内緒にしておいてくださいね。

 年内には合否通知が来ますからそうすれば解禁ですけれど。」


「無論だよ。

 で、滑り止めの神戸大学の願書はどうするかね。

 締め切りは11月15日だ。

 それまでに合否通知がないのであれば無駄かもしれないが一応申請だけはしておいた方がいいと思うが・・・。」


「はい、ぎりぎりまで待って、申請だけはします。

 但し、合格通知が来れば申請はしません。」


 優奈の第一志望が獣医であることを知っている担当の先生は大きく頷いた。


 ◇◇◇◇

 

 10月4日からは、茨木国体があります。

 ドーハ世界陸上へは参加しないことを早くから決めていたので、優奈は国体への出場はできたのです。


 他の都道府県は、逆にメインとなるべき選手を世界陸上に取られていました。

 直前に起きたドーハ市内のテロにより、当該選手たちのカタールへの遠征は無くなったものの、一方で国体出場選手の名簿は既に提出されていたことから選手の変更は効かなかったのです。


 国体出場とはいっても特に感慨があるわけでもありません。

 むしろ三年生は受験を控えて国体に出場しない選手の方が非常に多いのです。


 優奈も大学受験の予定がどうなるかわからなかったので、一応補欠メンバーで名簿に加わっていました。


  100mは、9秒96秒で1位。

  100mHでは、11秒90で大会記録。

  走り高跳びでは、2m25で1位

  砲丸投げは、18m62で1位。

  400mH では、47秒31で1位。

  4×100mRでは、45秒42で1位。

  200mでは19秒97。

  そう幅跳びでは、8m05

  槍投げでは、82m15で世界新記録

  800mでは、1分41秒58で世界記録

  4×400mR決勝では、3分38秒05で1位となりました。


 左程テンションが上がる大会では無いのですが、それでも世界記録が二つも更新できたのです。



 10月20日、高校駅伝神戸地区予選が開かれたのですが、各自のタイムを見る限り予選通過は大丈夫と判断して、優奈が補欠に回ってレースをやらせてみたのです。

 結果は、見事に第二位、それも一位の○脇高校と接戦を演じての第二位でした。


 下級生がレベルアップしているので、この調子ならば来年以降も期待ができるかもしれません。

 でも、次の県予選では負ければ代表でなくなってしまうので優奈が出場することにしています。


 そうして代表選抜に関わりのない近畿大会でも優奈は補欠に回るつもりでいるのです。


 ◇◇◇◇


 優奈は翌週の10月26日(土曜日)、14時10分伊丹空港発の航空機で新潟空港へ向かっていました。

 新潟空港には15時15分着で、指定された待ち合わせ場所に行くと、迎えの車が来ており、予約された柏崎のホテルまで送ってくれました。


 これまで送り迎えの車が付いたことはないのですっかり恐縮している佐伯女史でした。

 17時頃柏崎駅前のホテルニューグリーン柏崎にチェックインした優奈達には隣り合った7階の部屋を割り当てられました。


 案内役の人の話によるとその日は18時から柏崎市民プラザで前夜祭があるので、ゲストである優奈も出席して、一言挨拶をお願いしたいと言われてしまいました。

 やはり、ただほど高いものは無いようですね。


 スポンサーの申し出に拒否権もありません。

 前夜祭では立食ながら軽食も出るそうです。


 優奈もパンフレットを見て知っているのですが、1500円の会費なので左程いいものは望めない軽食になるでしょうね。

 そもそもが前夜祭というのはお酒を飲んで騒ぐ会らしいのでメインは料理よりも酒であるのでしょうか。


 未成年の優奈は、無論アルコールは飲めないけれど、佐伯女史ならば少しは飲めるでしょう。

 でも佐伯女史は、日本酒は苦手らしいのです。


 なんでも深酒すると後に残るようです。

 それとタグ付きのゼッケンも渡されました。


 安全ピンで止めるかそれとも今晩裁縫で四隅を縫い付けるかですね。

 因みに前夜祭は、18時半から20時までの間であり、翌日のマラソンは8時から開会式、マラソンのスタートは9時の予定です。


 迎えに来てくれ、色々と面倒を見てくれたのは柏崎市観光課の係長さんでした。

 柏崎マラソンで問題があるとすれば、ハーフマラソンも10キロも同じコースを使って途中から折り返しのため、優奈の場合おそらくは途中でハーフマラソンの遅い人たちを追い抜いて行くということが起きるはず。


 流石に10キロを2時間という人はいないかもしれないが、お年寄りなどで歩いている人は2時間を超える可能性もある。

 男子ハーフマラソンの過去の順位とタイムを見ると250位前後で2時間を要しているから、順調に行けばこの辺の人たちを追い抜いて行くことになるだろう。


 女子ハーフマラソンの場合は、25、26位あたりで2時間前後になる。

 更に10キロでも一番遅い人は2時間を超えている。


 係長さんにそれを告げると笑って言った。


「済みません。市民マラソンなので、市民の完走が一番の目標なんです。

 邪魔にはなるかと思いますが邪険にしないでください。」


 ホノルルも同じようにハーフマラソンのフィニッシュは同じ場所になるのだが、道の幅が異なっており、片側二車線の道路が行きも帰りも完全にフリーであるから余程集団が固まっていない限り、追い抜くのにさほど問題は無かったが、柏崎のコースは必ずしもそれほど広くはないし、どうも道路を完全に止めるやり方ではない様だ。

 往路については片側一車線の道路を全面通行止めにし、復路はハーフの折り返し地点から左側の上越方面車道をマラソン用に潰しているだけなので、マラソンコースとしては概ね往路6m、復路の一部は3m程度の幅しかありません。


 仮に込み合っていたなら高速で駆け抜けて追い越すのはいかにも危なさそうです。

 尤も先導は電気自動車がするようなので、少なくとも自動車が走る程度の余裕はあると言うことですよね。


 優奈も引き受けたからには、安全に追い抜くように工夫せざるを得ません。

 優奈はタイムよりも安全を優先することにした。


 但し、案内役の係長さんの話では、ゲストのスタートは10キロの走者と一緒にスタートし、ハーフマラソンを走るのが今までの慣例だと聞いた。

 招待選手として当然にフルマラソンを走るつもりで居た優奈にとっては意外な仕打ちでした。


 やむを得ず、優奈は20分遅れでもいいからフルマラソンを走らせてほしいとお願いした。

 ハーフマラソンのトップには折り返し地点までに追い付けないだろうけれど、男子ハーフの40位ぐらいなら折り返しで追いつくかもしれないと言って、係長を驚かせたのです。


 柏崎マラソンの場合、男子ハーフの40位前後なら1時間30分を超えないタイムなのです。

 折り返し地点には遅くともスタートから45分前後で着いている筈です。


 10分先行している当該ランナーに追いつくということは10.5キロを35分程度。

 42,195mを2時間以内で走る優奈ならば十分にありそうな話でした。


 一方、フルマラソンの方はこれまでの記録では2時間30分を超えるあたりの記録ですから、20分遅くスタートしてもフルマラソンのトップをゴールまでに追い抜く可能性は十分にある。

 但し、無数の障害ともなる先行ランナーを追い抜いて行くという問題があるのですが・・・。


 実のところ、優奈を招待してそれが受けて貰えたことで、優奈を広告塔にしたところ、参加登録者が一気に増えて8千人を超えたのでした。

 因みに登録数はフルマラソンが1500名余り、ハーフマラソンが4000名、10キロが2000名、3.3キロが500名余りなのです。


 これまでは参加人数がトータルで3千を超えたことがない柏崎マラソンでした。

 ですから、主催者側は大いに慌てたようです。


 警備人数を大幅に増やすとともにボランティアを増やす必要が生じたのです。

 観光課長が協賛企業に必死にお願いして何とか人数をかき集めたというのが実情のようですが、交通規制だけは、地域の基幹道路であるために終日全面封鎖にはできなかったのです。


 人数が予想外に増えたので、スタートが10分間隔でできるのかという問題も浮上したのですが、一応予定は予定ということで変更されてはいないのです。

 実際問題として10人が横一列でスタートしても、フルマラソンでは150列、ハーフでは400列にもなります。


 スタートしても当初の内は、最後部では歩く速さになってしまうから、スタートゲートを通過するのにフルマラソンで最低3分、ハーフでは8分以上を要することになりそうです。

 道が狭ければ余計に混雑することになるでしょう。


 ましてフルマラソンの選手が出払った後に4000人からの人がスタート位置につかねばならないのですから、それだけでも結構な時間を要すると思われます。

 10分の余裕なんぞはとても無いかもしれません。


 18時5分前になって再度係長さんがホテルに迎えに来てくれ、タクシーで市民プラザに向かいました。

 案内されたかなり大きな部屋で待っていると、主催者側のお偉方が大挙して押し寄せ、挨拶で忙しくなりました。


 こちらは名刺など持っていないのですが、相手は次から次へと名刺を出してくるのです。

 名前と顔を覚えるのに大わらわの優奈でした。


 マラソンの主催者は、柏崎マラソン実行委員会であり、柏崎市、刈羽村、柏崎市教育委員会、刈羽村教育委員会、柏崎市体育協会、刈羽村体育協会、柏崎市陸上競技協会、かしわざき振興財団、柏崎観光協会が名を連ねているので、優菜のところに挨拶に来るのは当然それらの長、市町村長、委員長、会長などです。

 また後援団体として新潟陸上競技協会、新潟日報社、柏崎日報社、柏新時報社、柏崎コミュニティ放送があり、それらの会長、社主が続き、更に協賛団体の㈱ブルボン、JA柏崎、柏崎ロータリークラブ、柏崎中央ロータリークラブ、柏崎東ロータリークラブ、柏崎ライオンズクラブ、柏崎米山ライオンズクラブ、刈羽ライオンズクラブ、柏崎日本海ライオンズクラブの代表代理などが続きました。


 ひとしきり挨拶を終えると、全員が揃って、「波の間」という大ホールに向かいました。

 普段は200名程度の前夜祭なのだそうですが、参加希望者が多すぎて今日のこの市民ホールにおける前夜祭の出席者は抽選になったそうです。


 3千名を超える申し込みがあっては、流石に対応できないようですね。

 市民ホールは立ち席で400名程度が限度なのです。


 少し大きめの文化ホールの使用も考えたようですが、千名を少し超える人数の座席を有する劇場形式なので、立食パーティの前夜祭に不向きなので諦めたようです。

 主催者側は、止むを得ず、抽選により350名までに参加者を絞ったのでした。


 その代わりに抽選に外れた人については、駅前公園を第二会場にして、そこに軽食を準備、有料になるけれど屋台なども出店するようにしたのです。

 10月も末なので夕方の気温は15度を下回ることが多く少し寒いのですが、それでも大勢の参加者が来ているようです。


 優奈については、6時から概ね1時間をこの第一会場で、7時以降は第二会場にも顔を出してほしいと頼まれているのです。

 駅前公園にステージを設けて、ご当地民謡や踊りなどを披露しているらしく、若者向けにバンド演奏もやっているそうです。


 係長の話によれば、会場ではあまり飲み食いする時間がないかもしれないので、ホテルの方に幕の内弁当を別途準備しているとのことでした。

 会場に着くと、最初に市長が挨拶し、その後に続く来賓挨拶の中で、優奈が呼ばれました。

 優奈は、新潟県を初めて訪れたこと、雪国と米どころのイメージを持っていたことなどを紹介し、言葉を続けた。


「その昔、越後の兵は寒さに強く粗食に耐える最強の戦士だったと聞きます。

 北国の気候風土が頑健な身体と強固な精神を形作ったのだとしたならば、母なる大地である此処柏崎に育った皆さんもその素質を十分にお持ちかと存じます。

 明日の予定を申し上げますと、私はフルマラソンに遅れること約20分、ハーフマラソンに遅れることおよそ10分、10キロのランナーと一緒にスタートし、皆さんを追いかける予定です。

 ハーフの方とはおそらく折り返しまでのレースになるでしょう。

 どうぞ追い抜かれないように頑張ってください。

 フルマラソンの方とはどちらが先にゴールに駆け込むかの勝負になります。

 追い抜く時にはできるだけ声援を送りたいと存じます。

 明日は晴天の予報です。

 朝と昼の気温差が大きくなるかもしれません。

 どうかお身体をいたわりつつ、安全に、しかも楽しく走るようになさってください。

 お互いに完走を目指すランナーとして最善を尽くしましょう。」


 会場から大いに拍手が湧いた。

 優菜の後にの来賓の挨拶が続き、ステージで演芸が始まった頃、係長が迎えに来ました。

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