第81話 10-4 新たなる挑戦
春休み期間中の3月31日に神戸市記録会、4月6日と7日には兵庫県記録会がありました。
優奈は、兵庫県記録会に今回新たな競技への参加を申請しているのです。
棒高跳び、三段跳び、そして円盤投げです。
いずれも冬場、密かに練習していたものなのです。
棒高跳びのポールは、4m、4m50、5mの三本を用意しています。
ポールは、普段高校の部室の裏手に置いてあり、運搬が必要な場合は、陸協斡旋の専門輸送業者にお願いして競技場まで運んでもらうことになります。
棒高跳びは、4月6日1000から始まりました。
競技者は優奈を入れて8名、兵庫県陸協の記録会なので、高校生は無論の事、大学生も混じっているのです。
棒高跳びは、特殊な競技なので競技人口は非常に少なく、一般からの参加はありません。
初心者的な高校生も入っているので高さは2mから開始、二年生の子でしたが、記録は2m20cmで終わりました。
三年生の子二人と大学生二人が2m50cmから始め、高校生の一人が2m70cmの成績で終わり、次いで大学生の一人が2m80cmの成績で終わりました。
高校生一人と大学生一人が共に3mをクリア、これまでパスしていた高校三年生の下田佐和さんがこの高さから参戦3mをクリアしました。
優奈といま一人の大学生である馬屋原かおりさんはパスを続けています。
他の二人は3m10㎝で脱落するも、下田佐和さんがパスして、3m20cmをクリアしました。
下田佐和さんは3m30cmに挑むも三回失敗。
記録は3m20cmで終わりました。
残るは優奈と馬屋原さんのみ。
優奈は4m20cmからトライする予定でした。
馬屋原さんは3m50cmから参戦、一回でクリアしました。
馬屋原さんは一気に3m70cmに上げて、トライ。
二回目でクリアできました。
更に、馬屋原さんは3m90cmに上げて二回目でクリア。
そうして、バーを4mに上げて三回失敗したのです。
何時までも出てこない優奈の登場を他の選手が見守っていました。
バーが一気に4m20cmに上げられると、さすがにおーっと歓声が起きたのです。
実のところ3m90cmがこれまでの兵庫県の記録であり、馬屋原さんはタイ記録だったのです。
それをいきなり30センチも上回る高さから始まるのですから他の選手がどよめくのも無理はありません。
因みに女子棒高跳びの日本記録は4m40cm、世界記録は5m06cmなのです。
競技委員がバーをセットし終わると白旗が上げられました。
優奈はポールを持ち上げて「いきます。」と言って、すぐに助走に入り ました。
トライ前の精神統一なんぞの暇もないほどの素早い動きでした。
スピードに乗って、思いっ切りポール止めボックスにポールを突いて、両手で握ったポールを軸に身体を振り子のように前に振り出し、前へ進む力と自重でポールを曲げて足を天頂に向けます。
弧のようにしなったポールの反動で身体が浮き上がり、そのままポールよりも高い位置にあるバーを綺麗に超えました。
周囲から見ると、絵にかいたような棒高跳びでした。
ウグイス嬢も最近はミラクル・ユーナの記録更新には耐性ができたようです。
至極あっさりとアナウンスをしています。
「ただ今、女子棒高跳でゼッケン1157番神城高校の加山優奈さんが4m20cmの記録を出しました。
これは兵庫県の新記録となります。
因みに現在の日本記録は4m40cm、世界記録は5m06cmとなっています。」
更なる記録更新を予想したのか、日本記録のみならず世界記録までちゃっかりと紹介しているのです。
そのアナウンスに応えるように優奈はバーの高さを4m50cmに上げました。
ポールの長さから言って、4m40cmは4mのポールでもクリアできなくもないのですが、未だ初心者の域である筈の優奈には結構しんどいものがあるのです。
そこで4m50のポールを使って4m50cmの高さに挑むことにしたのです。
ポール止めボックスのレベルは実のところ走路よりも20センチほど低いのです。
従って、4m50のポールならば、バーの高さには触れないはずなのです。
無論、ポールがクッション側に倒れるようなことはしないつもりなのですが、万が一倒れた場合でもバーにポールが触れないようにする配慮なのです。
バーが上げられ、競技委員の白旗が上がりました。
白旗は上がると優奈は直ぐにスタートを切る。
優奈の競技はとにかく早い。
審判達もその素早さに驚きながらも合わせてくれています。
優奈の場合、遅滞で競技の進行が遅くなることは有り得ないのです。
優奈は4m50cmも一回でクリアし、あっさりと日本記録を更新してしまいました。
ウグイス嬢がまたもあっさりとアナウンスした。
「ただ今、女子棒高跳びでゼッケン1157番神城高校の加山優奈さんが4m50cmの日本新記録を達成しました。
おめでとうございます。」
次は4m75cmに上げてもらいました。
優奈は何の気負いもなく、4m75㎝もあっさりとクリアしました。
またまた日本記録の更新です。
次のバーの高さは5mです。
さほど強くない風でもバーが揺れてしまう高さでもあるのです。
優奈がこの高さをクリアしたことはありません。
そもそも神城高校には棒高跳びの設備がないので、王子公園競技場の設備を借りて4m程度の高さで30回ほども練習しただけなのです。
それでも棒高跳びのコツは覚えてしまったので、後はポールの長さの違いによる違和感の克服のみなのです。
5mの高さから身体が落ちることに恐怖感はありません。
実のところ、優奈自身は20mの高さから地上に飛び降りることさえできるのです。
それに比べれば、5mの高さなど何ほどのことがあろうか。
優奈は5mの高さを一回であっけなく超えてしまいました。
後は5mの長さのポールでどれだけの高さまで行けるかどうかです。
5m以上の長さのポールは今のところ用意していない。
後はネットで観た映像から自分がどれだけ真似をできるかなのです。
5mから先を優奈は10cmずつ上げて行くことにしました。
何処かで失敗が来るはず、そう思いながら既に7回、女子の世界記録は既に塗り替えていました。
今や、男子の日本記録に近づいているのです。
高さは5m80cm。
男子の日本記録は5m83cmなのです。
一回目は失敗しました。
ポールの長さよりもバーは1mも上にあるのです。
ほんの少しのタイミングのずれがバーに身体が触れる原因になってしまいます。
二回目辛うじてクリアできました。
5m90cmに挑戦、二回失敗し、『もう駄目なのか?』と観ている誰もが思っていたのですが、優奈は三回目で見事にクリアしてしまいました。
高さは6mに引き上げられました。
男子の世界記録は更に16cmも高いのです。
だが、その時のポールの長さは5m30であったはずです。
優奈がスタートしました。
グラスファイバー製ポールの限界まで曲げつつ、空中に引き上げられた優奈の身体はまるで鳥人のようにバーすれすれを超えて、アクロバティックのように空中で身体を動かし、バーに触れずにクリアしたのです。
6mのクリアを持って、これ以上の高さはこのポールでは無理と判断し、優奈は審判に説明して以後は棄権したのです。
記録は、6m。
堂々たる世界記録でした。
4m20cmから6mの跳躍まで優奈は17回跳んでいたのですが、時間にして1時間20分ほど経過していました。
10時から始まった競技ですが、昼時にかかっていました。
毎度のことながらスタンドは世界記録誕生で大騒ぎになっていました。
食事をしてから、しばしの休憩。
三段跳びは1425から始められました。
これもまた優奈にとって初めての競技なのですが、隠れた練習ではかなりの距離が出ているのです。
女子三段跳びの兵庫県記録は13m07、日本記録で14m04、世界記録は15m50なのです。
女子三段跳びには17名の選手がエントリーしていましたが、当日集合時刻に集まったのは優奈を入れて12名のみ。
正規の大会であれば3回の試技を終えて、上位6名が更に3回の試技を行えるのですが、記録会なので3回の試技を行って終了なのです。
優奈は7番目の出場でした。
最初の試技でファールを出す選手もいるのですが、概ね10m前後の記録であるようですね。
審判の白い旗が上がると、優奈が手を上げてすぐに走り出す。
何の躊躇もありません。
だがトラブルが起きてしまいました。
優奈が跳んで三回目を飛べずに砂場で転倒しちゃったのです。
二段目の着地で砂場に足を取られては、如何に優奈と雖も三段目を跳ぶのは無理なのです。
この日の記録会では砂場から9mの位置に踏切を設定して使っていました。
そのために優奈は50センチほども踏切位置を自分で後方に変えて調整したつもりだったのですが、それでも足りずに優奈は二歩目でその9mを超えてしまったのでした。
少なくともこれまでの記録会には無かった珍事でした。
審判が集まって協議した結果、優奈の一回目の試技は無かったものとして別に行うことになりました。
但し、優奈を除く全競技者が終わってから、優奈のみを13mの踏切位置に替えて行うことにしたのです。
この13mという踏切位置は間違いなく男子の全国レベルなのですが、優奈が14m以上の記録を出すと踏んでの措置でした。
二歩で9mならば、優奈は最後で間違いなく6m程度あるいはそれ以上の距離を跳ぶ、もしかすると7mを跳ぶかもしれないのです。
何しろ走り幅跳びで8mを超える記録を持っているモンスターなのです。
実のところ砂場の幅は、9m足らずなのです。
万が一にでも砂場を超えるようなことになれば、競技委員の責任が問われることにもなる。
こうして優奈は、11名の選手が3回の試技を終えるまで待たされたのです。
そうして準備が整ってから、続けて三本の三段跳びを行ったのです。
結果は、1回目でいきなり16m19の世界新記録を出し、2回目16m54.3回目17m18と更に記録を塗り替えたのでした。
優奈はまたもとんでもない世界新記録を打ち立てたのです。
17m18は、男子の日本記録さえも上回っているのです。
その日、恒例ともなった記者会見が30分だけ行われました。
お目付け役として門田女子と佐伯女史の二人がついています。
門田さんはポール運搬の立ち合いのために来ていました。
そのためにその日は二人のOGが優奈に寄り添っていたのです
翌7日、優奈の三つめの競技である円盤投げは1155から始まりました。
円盤投は、エントリー人数が35名と比較的多いのです。
従って時間もかかる筈なのですが、投擲サークルに入ると一人当たりの平均では10秒ほどで投げるので意外と進行は速いのです。
その上、何故か測れる記録が少ないのです。
概ね35度の角度で扇状に広がる範囲から外れる試技や投擲サークルから勢い余って飛び出す人が結構多いのですね。
投擲記録自体は様々で、40m前後投げる人もいれば20mにも満たない人もいます。
優奈は21番目の出番です。
優奈の投法は通常の円盤投げと異なり、砲丸投げの回転投法と同じ二回転半のターンをします。
動きがあまりにスムーズなので、普通の人は気づかないけれど、初動から徐々に回転速度を上げて行き、回転速度の増大とともに回転軸の移動を行っているので、普通の者には真似のできない投法なのです。
回転の間、円盤は手の指で動きを止められていますが、最後の動きで回転運動から解き放たれ、その際に身体の浮き上がりの調整で微妙な角度調整がなされているのです。
凄い勢いで飛び出した円盤は一気に60mラインを超え、70mライン近くにまで達していました。
因みに兵庫県記録は54m22、日本記録は58m62、世界記録は76m80なのです。
勿論、円盤が到達した位置は、扇状に開いた制限ラインの内側にきっちりと入っています。
計測は速やかに行われデーターが電光掲示板に表示されました。
記録は68m53。
日本新記録の誕生です。
他の競技者が目を剝くような大記録なんです。
2投目71m36、3投目77m29でついに世界新記録をも樹立しました。
結局シーズン初めで、尚且つ、初挑戦の競技であるにも関わらず、世界記録三つを作ってしまった優奈でした。
因みに二位の選手は46m37と中々に良い成績だったのですが、優奈の世界記録がそれを30mも上回っているものですから、すっかり霞んでしまいました。
4月8日に入学式があり、19日には恒例の六甲山で新入生の歓迎会、30日に文化祭、5月1日に創立記念日などの一連の校内行事は例年通りなのです。
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