第37話 4-8 世界陸上第六日目~八日目

 世界陸上の第6日目(8月9日)及び第7日目に優奈の出番はありません。

 両日とも午前中にリレーの練習を少し行った後に、高坂団長が受けた昼食会やパーティが入っていて、11時半ごろからそれらのスケジュールが目白押しでした。


 普通ならば、英国財界のパーティへの招待など日本選手団に来ないし、受けないのですが、優奈が英語に比較的堪能であると知れると高坂団長のもとにわんさかと招待状が押し寄せたそうで、その中でも特に厳選したものだけにしているそうですが、最終日まで夜のパーティが続いているのは流石にしんどそうです。



 翌8月11日1910から走幅跳決勝、2150から200m決勝の二種目がありました。


 ◇◇◇◇

 

 ニーナ・ショラヌヴィはウクライナの走り幅跳びの選手。

 走り幅跳び決勝の集合場所に世界陸上のアイドルが軽く駆けながらやってきた。


 彼女は15歳だそうだが、ニーナに比べて10歳も若い。

 間近で見ると本当に評判通りの美少女だとわかる。


 しかも比較的に身長が高い。

 これまで日本人の世界ランクジャンパーはいなかったが、ニーナが見たことのある日本人ジャンパーと比べると10センチ近く背が高いような気がする。


 そうして見たところスレンダーな身体つきのくせに結構おっぱいが出ているので日本人としては稀有な存在ではないかとも思う。

 米国のスーパーモデルの*ェンナーに似ているという友人もいるが、ニーナはむしろ英国の若手女優オリ*ア・グレストンに雰囲気が似ているのではないかと思っている。


 オリ*ア・グレストンの身長を伸ばして手足を長くし、髪を黒く染めたらユーナに似ていると思うのだ。

 コケティッシュなところが何となくユーナのキャラクターに合うような気がする。


 *ェンナーは確かに美人ではあるが、化粧の所為かどちらかというと冷たい感じがするのでニーナはあまり好きではない。

 ユーナにはいろいろのあだ名があるのだが、ニーナは「ニンフ・ユーナ」が気に入っている。


 同じ跳躍の走り高跳びや走り幅跳びのスローモーションビデオを見ると正しくニンフ以外にあり得ないだろうと思ってしまうのだ。

 優雅で、華麗で、可愛すぎるのである。


 点呼が終わって待機状態に入ったので、思い切って話しかけてみた。

 但し、英語は正直なところ余り得意ではないのだ。


「こんにちは。調子はどう?」


 するとびっくり、ロシア語で返事が返ってきたのだ。


<привет. Я не в лучшей форме, тон я думаю, что лучше. Или Нина как?>

(こんにちは。絶好調でないけれど、調子はいい方だと思います。ニーナさんは如何ですか?)


 上手なロシア語ではない。

 でもニーナの英語に比べたなら、かなりましな方と言えるだろう。


 ニーナは、ロシア語に切り替えた


「あら、私を知ってるの?」


「はい、幅跳びの第一人者のニーナさんを知らなかったら潜りです。」


 ニーナの好感度はすでにマックスである。


「ありがとう。

 でも、ユーナにすっかりお株を取られてるよ。

 今日も狙ってるの?

 世界記録。」


「いいえ。

 というよりも、いつでも自分のベストを目指ししています。

 それがたまたま世界記録なだけで・・・・。」


「ふーん、謙虚なんだぁ。

 でも私は肉食系だからね、敵わないまでも、全力で行く。」


「はい、お互いにいい記録を出しましょう。」


 ニーナは、気づいた。

 このユーナがライバルではなく同じ競技の仲間として自分を見ていることに。


 ユーナの態度を見る限り、優越感に浸って上から目線でそうしているのではない。

 同じ友人としての立場から本心で言っているのだと感じられる。


 正気なところ10歳も年下の子から友人扱いなどされたことのないニーナは新鮮で嬉しいショックを受けていた。

 ユーナは立ち上がると「少しアップしてきます。」と言ってフィールドの中央に走り出して行った。


 中央付近は空いている。

 ユーナは、そこで奇妙な方式のストレッチを始めていた。


 体が柔らかい。

 180度の開脚をしながら体側を曲げあるいは上体を芝に倒している。


 そうして足を組みつつ手も頭の上で奇妙な形に組み上げ、体をねじり、背後に回す。

 そのうちに立ち上がって太極拳のような動きも見せている。


 ふと気づくとスタンドの大型スクリーンがそんな彼女の姿をアップで捉えている。

 驚いたのはその動きが凄く洗練されていたことである。


 武道の達人が道場でデモンストレーションをしているような雰囲気である。

 隣にいた顔なじみのヤン 順妃チュンフェイに聞いてみた。


「彼女の動き。中国拳法か?」


 楊順妃も英語があまり得意ではない。


「私、よく知らない。

 でも、太極拳や少林寺と違うと思う。

 綺麗な動き、とても好き。」


 ユーナのゆっくりとした動きが終わったとき、幅跳びの決勝が始まる時間だった。

 ニーナは、1回目で自己記録を更新して7m31を跳んだ。


 その後で、優奈が跳んで7m86を跳んでいた。

 二回目、ニーナは、踏切位置を僅かに超えてファールになった。


 二回目のユーナは、7m89を跳んで世界記録を更新した。

 ユーナの踏切位置は踏切版の20センチ以上も手前である。


 多分ユーナが踏切位置をぴったり合わせたなら、8m越えになる。

 三回目、奮起してニーナは7m50を跳んだ。


 三回目、ユーナは踏切板のリミットに10センチ離れたところで踏切り、8m01を跳び、再度世界記録を更新していた。

 もうすっかりお馴染みになったユーナにだけ与えられる凄まじい歓声がスタジアムに轟いていた。


 ユーナには敵わないかもしれない。

 でも今日は自己ベストが出た。


 明日も自己ベストが出るかもしれない。

 いつか、きっといつかは、今のユーナを追い越すことができるのじゃないかとそう思え、ニーナは二位にもかかわらず充足感に満ち溢れていた。


 ◇◇◇◇


 200m決勝で優奈のコースは第5コースである。

 第9コースにはとっても頑張った山名陽子がいる。


 タイムでは優奈を除く他の7人に及ばないから、入賞はまず無理である。

 しかしながら、これまで日本の女子陸上界をけん引してきたという自負心が彼女を決勝まで進めさせた。


 下馬評では決勝にはまず残れないだろうとまで言われていたのである。

 世界の檜舞台での決勝進出、それこそが彼女の願いだった。


 流石に観衆も世界の強豪と一緒に走る優奈の姿を見て興奮しがちである。

 ざわざわとした競技場が、選手の名前をアナウンスしだすと一斉に静かになる。


 5コースの優奈の名が呼ばれると満席の競技場に歓声が轟く。

 優奈はその歓声に応えるように周囲に両手を振って笑顔を見せる。


 その様子を他の選手たちが呆れたように見ている。

 彼女らも陸上界のホープである。


 競技場で幾多の歓声を受けたことのある歴戦のつわもの達だが、優奈に対する観衆の反応はこれまで数多の競技会に出場した彼女らが一度も経験したことの無いものだった。

 多分にアイドル歌手の熱狂的ファンに似ているのである。


 そうして審判の掛け声でスタート位置に、次いで号砲が続くのだが、その前に、いつもの神聖なる流れの中で彼らは世界記録保持者に一矢報いんと気力を奮い立たせた。

 ついに号砲が鳴った。


 米国の若きホープ、ジャネット・スミスは4コースの黒人選手である。

 噂のユーナは、日本人にしては背の高い選手であり、動画で見た時にも感じていたのだがスーパーモデルの*ェンナーに似た顔立ちである。

 ただ、*ェンナーに比べるとやや優しさが感じられる顔立ちである。


 何となく高慢だという評判の*ェンナーに比べると、親しみのある雰囲気がある。

 すっかりおなじみになったポニーテールも、なかなか似合っている。


 今度は自分も髪型を真似してみようかと思ったりもしている。

 タイム的には絶対に勝てない相手である。


 だが彼女がアスリートの女王として各種競技に頑張っているのに、短距離専門の自分が勝てないなどとは決して言えない。

 勝つように努力するしかないのだ。


 今日がその努力の第一歩、ジャネットはそう思っている。

 号砲が鳴って、一斉にスタートをする。


 隣のユーナのスタートは、むしろわずかに遅れて出たぐらいに感じている。

 だが次の瞬間には、彼女がジャネットの前4mほどを走っているように見えた。


 200mのスタート位置はコーナーであり、外側コースに行くほど前の方でスタートする。

 従って、そもそもがユーナの方が前にいるのであるが、コーナーを進めばその差が縮まる筈なのに、それが縮まらない。


 懸命に追いかけるが逆に差はどんどんと開いて行く。

 直線に入って益々その差が増えて行った。


 ユーナがゴールに入ったとき2位のジャネットは10m以上離されていた。

 それでもジャネットの記録は自己最高の21秒36であった。


 ユーナのタイムは、20秒02わずかに100分の3秒ではあるが、彼女はまたも世界記録を更新したようだ。

 全く手に負えないキュートガールである。


 だがいつかきっと追い付いて見せる。

 ユーナにできたのなら、きっと私にもできるはず。


 ジャネットはそう思って、ユーナに向かって手を出し、握手してお祝いを言った。

 ジャネットにとって、悔しさはあるが清々しい爽やかな負けだった。



 山名陽子は頑張った。

 しかしながら決勝では自己ベストながらも最下位に終わった。


 でも、優奈がその分不甲斐ない自分の代わりに頑張っていてくれている。

 陽子は十分に満足していた。


 その健闘を讃えるように優奈が笑顔で近寄ってきてハグしてくれた。

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