第38話 4-9 世界陸上第九日目(8月12日)
今日の日程もてんこ盛りなのです。
1035から400mリレー予選、1120から1600mリレー予選、夕方1905から走り高跳び決勝、2005から100mハードル決勝、2130から400mリレー決勝が続いており、後半では今日が一番きついのかもしれないのです。
400mリレーの予選第3組、3コースに日本代表チームは割り振られています。
組み合わせから言うと間違いなく予選は通過できると思うのですが、タイムが問題なのです。
号砲と共に第一走者の山名陽子さんがトップで飛び出しました。
後半追い付かれて混戦模様で第二走者へ、第二走者吉田美代子さんが健闘するもやはり後半伸びずに三位まで転落しました。
第三走者浜口裕子さんも頑張るけれど順位は変わらず、首位とは6、7mの差がついています。
浜口さんがお願いと大きな声でバトンを渡してきました。
優奈は、そこから風のように一気に疾走を始めたのです。
あっという間に2位、1位のチームのアンカーをごぼう抜きにし、ゴールした時は3m以上の差をつけていました。
日本チームのタイムは41秒53で日本新記録を2秒近くも縮めていたのです。
最終的に4組30チームの中で、タイムでは3位に入る大健闘でした。
また、4×400mリレーの予選では、日本チームは3分24秒74の日本新記録を出して決勝に残りました。
出場チーム24組中8位のタイムなのでした。
何せ、3分24秒台に4チームが5位から8位となって入っている混戦模様なのです。
一位はロシアの3分20秒63なのですが、ロシア、米国、ジャマイカの3チームのアンカーは最後明らかに流していました。
つまり彼らにははまだ余裕があるということなのです。
夕刻からの種目の一番目は走り高跳びでした。
米国の走り高跳び選手であるシャーリー・エマンズが、点呼終了後の待機中に優奈に話しかけてきました。
「やぁ、ユーナ。
ユーナと会うのは初めてだね。
私はシャーリー・エマンズ。
何処やらのアナウンサーが世界記録製造娘って、ユーナのあだ名をつけていたようだが、あれは酷いねぇ。
ユーナのイメージが崩れる。
今日またここで記録出したなら、無重力娘って言われるかもしれないな。
でも、私はファンの一人として期待しているよ。
ユーナが記録を出せば、私たちもその高見まで登れるんじゃぁ無いかなって希望が生まれる。
だから応援してる。
因みにうちの家族が観光がてらロンドンに来ているけれど、みんな貴女のファンだよ。
で、今日は何センチから始めるつもり?」
「190センチから始めようと思っています。」
「わぉー、いきなり190なんだ。」
「上げすぎですか?」
「いや、人それぞれだからね。
それに私も185からだけど念のための保険だもの。」
勝負は2m越えから。」
「七種では180センチを超える人はいませんでした。」
「そうよね。
国内大会ではトップレベルでも七種の高跳びは精々180止まりだわ。
ユーナが跳び過ぎなのよ。」
「ごめんなさい、もしかするとシャーリーさんが金メダル取るのを邪魔しちゃうかも知れない。」
「まぁ、そいつは仕方がないよ。
ユーナが出ない大会でいくら金メダルとったって、実質的に銀にしかならないもの。
意味がない。
だったら、いっそ同じ土俵で競い合って負ける方が納得できるよ。
だから、遠慮せずに記録出して。
なんなら男子だって追い越してもいいんだから。」
「男子ですか・・・。
少なくとも2m30センチ台、記録は2m45センチでしたか・・・・。」
「そう、さすがにあの高さになると私らじゃぁ、かすりもしないんだろうね。
まぁ、でも一度でいいから男子の鼻っ柱を折れるぐらいの記録を出してみたいもんだね。
そうすれば男たちもむやみに女を甘く見なくなるだろうからさ。」
「おやまぁ、何か恨みでもありそうな言い回しですね。」
「いんやぁ、そんなでもないけれど、・・・。
この種目は特に女と男の差が激しいからね。
ひと泡吹かせたいって気は昔から持っているんだよ。」
「まぁ、男と女、別に競争しなくてもいいじゃないですか。
男には男のできることをしてもらう、女は女のできることをする。
そうして社会が成り立っていると思いますけれど?」
「ま、それもそうかな。
でもたまには男に負けない女が居てもいいんじゃない?」
「そうですね。
そういう強いお姉さんもいます。
でも日本では『女は愛嬌で勝負』って言葉があります。
女は可愛らしさで負けちゃいけないという意味で、負けない相手は女に対しても男に対しても言えます。
あ、それと、愛嬌は美人とかではなく、魅力の意味合いです。
力で男に勝つよりもそっちの方が賢いと思いませんか?」
「へぇ、なるほど、ユーナ面白いこと知っているじゃない。
それもいいねぇ。」
そんな話をしているうちに高跳競技が始まりました。
流石に決勝、バーの高さはいきなり180から始まる。
優奈を入れて12人のファイナラー達が動き始めた。
6人が180センチから始め、残りはパス。
6人全員ががクリアして、バーの高さが183センチに。
これも6人がクリアし、バーの高さは185センチに上げられた。
未試技で残っていた6人の内優奈を除いた5人が、185に挑み、5人ともクリア。
次に186センチに上げられ、183センチをクリアした6人が挑みこれをクリア。
次いでバーは188センチに上げられ、185センチをクリアした5人が全員クリア。
バーの高さは189センチ、此処で6人の試技者のうち3名が脱落、3名がクリアした。
バーの高さは190センチに上げられ、優奈一人が挑み、これをクリア。
次に191センチに上げられ、5人がクリア。
192センチに上げられ、3人残ったうち、2人が脱落。
193センチに上げられ、優奈と192センチをクリアした1名が挑み、優奈はクリア、もう一人は失敗した。
バーは194センチに上げられ、5人がクリア。
バーは196センチに上げられ、優奈がクリア。
バーは197センチにあげられ、3人がクリア、2人は脱落。
バーは199センチに上げられ、優奈がクリア。
バーは200センチに上げられ、2人がクリア、1人は脱落。
バーは202センチに上げられ、優奈がクリア。
バーは203センチに上げられ、2人がクリア。
バーは205センチに上げられ、優奈がクリア。
バーは206センチに上げられ、シャーリーがクリアし、一人は脱落。
バーは209センチに上げられ、シャーリーと優奈がクリア。
バーは212センチに上げられ、優奈がクリア、シャーリーは脱落。
バーは215センチに上げられ、優奈がクリア。
バーは218センチに上げられ、優奈がクリア。
バーは221センチに上げられ、優奈がクリア。
バーは224センチに上げられ、優奈が失敗した。
結局、優奈は走り高跳びの世界記録を更新したのでした。
優奈は手を振って観衆に応えつつ、100mハードルの決勝に向かっています。
審判団は優奈の出場種目をチェックしており、必要に応じてレースの開始を遅らせる等適宜の措置を行っていたのです。
100mハードル決勝は5コースに優奈が割り振られました。
いつものようにスタートと同時にダッシュ、11秒90でゴールに飛び込んだ。
ハードル競技が終わると、400mリレーの呼集場所へと駆け足で向かう。
既に仲間たちが待っていた。
優奈たちはタイムだけでは3位に入っていたが、実際に決勝で走るとさらに順位が変動する可能性もある。
観衆の目当ては勿論アンカーの優奈である。
日本チームは3コースであるが、優奈はどこでも苦にはしない。
第一走者山名陽子さんが精一杯頑張って二位で吉田美代子に渡す。
第二走者吉田美代子もシャカリキに頑張って、三位で第三走者浜口裕子にバトンを渡す。
浜口裕子は4位に追いつかれながらも、ほぼ同時に優奈にバトンを渡し、引きずられるようにしてコースで転倒した。
外のコースには出ていないので走路妨害にはなっていない。
優奈は三人の頑張りに応えるために全速で直線を走るのでした。
並んでいたロシアの選手を一気に離し、2位の米国に迫る。
一気にごぼう抜きするとトップを走るジャマイカに肉薄した。
3コースの日本、5コースのジャマイカのアンカーが、ほぼ同着でゴールに飛び込んだ。
直ぐに結果が出なかったので観客はどっちが勝ったんだと騒いだ。
2分後、レース結果が出た。
1着ジャマイカ、41秒04。
2着日本、41秒05であり、僅かに0.01秒差は写真判定時の距離にして僅か数センチの差で日本は2位となったのです。
この結果は、日本中に歓喜と悲哀の声を上げさせた。
ロンドン時間午後9時半、サマータイムのために日本とは8時間の時差がある。
日本は午前5時半であったが、BS放送の衛星中継を見ている人が非常に多かった。
特に深夜から早朝にかけての視聴率は、実に95%以上を示していたのです。
テレビを見ている人のほとんどが世界陸上を見ており、詳細に調べると優奈が出場している時間帯が特にピークを示していた。
優奈の活躍をずっと見ている人が多く、どうやら寝不足の人も多いらしい。
特に8月12日は優奈の出場種目も多く、午後6時頃からずっとテレビに噛り付いている人が多かったようだ。
サッカーファンたちが集うバーでは大画面にサッカーではなく世界陸上を映していたが、誰も文句を言う者は居なかった。
画面を二画面とし、世界陸上は小さな画面で映しているのだが、優奈が映ると途端に画面が大きくされるのである。
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