第26話 3-14 命の兆し、尾行者達

 そういう吉川女史にすかさず優奈が切り返したのです。


「さすが、吉川さん。

 いいお母さんになれますよ。」


 吉川女史が渋い顔を見せる。


「うーん、自慢じゃないけれど結婚して3年、未だに子宝に恵まれないんだよねぇ。」


 それにも優奈が反応する。


「私の勘ってよく当たるんですけれど、吉川さん多分妊娠してますよ。」


 突然の爆弾発言に吉川女史が慌てる。

 そもそも吉川瑞樹にそんな自覚は、全く・・・、いや、殆ど無かったのです。


「ええっ、一体なんでそんなことが未婚の優奈ちゃんにわかるのぉ?」


「ここのところ、吉川さんがずうっと私についていてくれましたからね。

 何となく吉川さんの体形の概形がわかってるんです。

 で、その体型がここ1週間でほんの少し変わりました。

 妊娠していると言っても、多分、まだ二か月にもなっていません。

 例のアレ、予定日にちゃんと来ましたか?」


「えっ、まぁ、少し遅れて・・・。

 まさか。本当なの?」


「妊娠したかどうかわかる簡易検査セットが薬局にありますから、今日帰りに購入したほうがいいと思いますよ。

 で、今が着床安定のための微妙な時期ですから、あんまり激しい運動はしない様にしてください。

 合気道の試合なんか絶対にダメですよ。」


 にこやかに聞いていた真田女史が言った。


「お二人さん、まるで本当の姉妹みたいね。

 妹さんが矢鱈やたらしっかりしている面もあるようだけど・・・。

 でも本当におめでたならいいわね。

 ただ、そうならさっきの話は難しいか・・・。」


 だが、そこで吉川女史が言い切ったのです。


「もし、妊娠の兆候があるのやったら、医師と相談します。

 そうして、もし私が同行できないようなら、その時は、妹分の佐伯祥子に頼みます。

 あの子なら英語もバリバリやから。」


 食事後、吉川さんと優奈のスマホの番号とメールアドレスを確認して、真田女史は神戸に戻って行きました。

 優奈は、再度明石競技場に戻り、あちらこちらとジプシーのように各セクションを渡り歩いたのです。


 女子走り幅跳びのセクションでは挟み跳びのデモをやらされました。

 スパイク無し、ジャージ姿のままでのデモンストレーションです。


 それでも簡単に6m半ばを跳んでしまったので、観衆役の高校生(七種競技出場者ではなく、女子走り幅跳び出場者)が驚いていましたネ。

 彼女たちの記録は、6mに届いていないからなんです。


 仮に挟み跳びを見せたとしても、僅かの練習時間しかない全国インターハイで試すわけには行かないでしょうね。

 参加者全てが普通の反り跳びをやっていたからです。


 但し、優奈の助走スピードを見て、足の速さと走り幅跳びの飛距離は関連することが改めて理解されたようでした。



 15時40分に合同練習は一応終わりました。

 結構、あちらこちらのセクションを回ったので、たくさんの人と顔なじみになったのは収穫でしたが、技術的なものやノウハウについては何も得られなかったも同然です。


 吉川女史と一緒にJRで三宮へ戻り、そこで別れたのですが、真田女史の言っていたパパラッチモドキに気づいたのは阪急電車の中でした。

 特に敵意のようなものがうかがえるわけではないのですが、片手に割と大きなデジタルカメラを抱え、獲物を狙う豹のような目つきで遠くから優奈をチラチラと見ているのです。


 まぁ、危ない連中の一人でしょうねぇ。

 そうしてそれに気づくと、他にも似たような者が数人、同じ車内にいることに気づいたのでした。


 どの男も決して優奈の近くには寄ってこようとはしないのですが、遠くからじっとこちらの動きを眺めているのです。

 何とも気持ちの悪い連中だと思います。


 若い人もいるのですが、それでも30代半ば、中には間違いなく50代のおっさんらしき人も居るのです。

 電車が王子公園駅に到着、優奈が下車すると、案の定、彼らもついては来るのですが、やはり近くには寄って来ないみたいです。


 このまま彼らを引き連れて自宅まで行くと、今度は自宅が監視対象になってしまいます。

 そうならないために優奈は逃げることにしました。


 改札口を出るまでは普段通りゆっくりと動き、改札口を出ると同時にスポーツバッグをリュックのように背負い、いきなり走り出したのです。

 彼らも慌てて走り出したようですが、普段、運動しているかどうかが如実な差となって現れます。


 800mを走るように動けば、100mを12秒半程度で走ることになります。

 そうなれば彼らは100mを追うことすらも難しいはずなのです。


 ましてや、王子公園駅から自宅方面へは緩やかな登りの坂道になっています。

 絶対に腹ぼてのに追いつけるわけがないのです。


 実際のところ、数百メートルも走らないうちに彼らは諦めていました。

 そこで優奈は敢えて曲がり角を曲がって、彼らの視界から姿を消し、帰宅路がわからないように工作してから、自宅へ戻ったのです。


 実のところ家へ戻る際も、道路に面した表玄関から入ることは滅多にありません。

 勝手口に通じる細い路地を伝って裏口から入るのが日課となっているのです。


 だから個人情報がきちんと秘匿されていれば、優奈の自宅は知られていないはずなのです。



 数日後、優奈がネットサーフィンをしていて、念のため優奈に関わるいろいろな言葉でネットを検索していると、「*ェンナー」という言葉で変なブログにぶち当たったのです。


『本日、偶然三宮駅構内で撫子なでしこ*ェンナーを発見、これを密かに追跡した。

 例の○○高校の校章をジャージに確認、更に上着の背に○○高校陸上部との文字あり。

 この時点で9割方、撫子*ェンナーに間違いない。

 服装は、ジャージ姿、As*csの運動靴にスポーツバッグを右手に下げている状況。

 何処かの練習にでも出向いた帰りかも知れないと推測。

 髪は情報通り、ポニーテールにまとめている。

 やっぱりどうしようもなく可愛い。

 密かに尾行するとJR三ノ宮駅から阪急三宮駅へと移動。

 多分、上りに乗って王子公園まで行くのだろう。

 もしかしたら未だもって所在が不明な実家に辿り着けるかも。

 鼻息も荒く尾行続行。

 電車の中で時折見せるアンニュイな表情がやけにまぶしい。

 王子公園駅で下車、いざ追跡と思った瞬間だった。

 改札口を出た撫子*ジェンナーがスポーツバッグを背負い、いきなり走り出した。

 これにはびっくり。

 追いかけたが流石に短距離世界記録保持者の足は伊達じゃない。

 一生懸命走ってもドンドン引き離されるばかり。

 普段から運動などしていない吾輩である。

 走って追跡などそもそもできるはずもないのだ。

 ふと気づくと顔なじみのタメのおっさんと五郎の兄ちゃんが同じように道端でカメラを握って喘いでいた。

 他にも二人、どこぞで見かけたような面の奴がいた。

 名前も知らない奴らだったが、彼らが曰く、今日は明石でインハイ兵庫県選手の合同練習があったようで、撫子*ェンナーはそれに参加、彼らは明石から王子公園まで追いかけてきて結局まかれたようだ。

 本当にご苦労様。

 そうして、またしても我々の調査は不調に終わったことをここに報告する。』


『ッタク、おめぇら、何やってんだよぉ。

 だらしがねぇったらありゃしないぜ。

 PP団の名が泣くぜ。

 この次はしっかりと頑張れよ。』


 うーん、これはやっぱりウザいというやつなんだろうねぇ。


「撫子*ェンナーって、きっと私のことだ。

 人の嫌がることやめてよ。

 本当に・・・。

 あんまりしつこいとお仕置きしちゃうよ。」


 やりきれない優奈は、そう独り言を呟くのでした。

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