第13話 3-2 インハイ地区予選一日目

 5月13日から正式名称「兵庫県高等学校陸上競技対校選手権大会神戸地区予選」(略してインハイ地区予選若しくは高体連地区予選)が始まりました。

 新入生24名については、期限までに兵庫県陸協に登録され、個別にゼッケンを渡されたのです。


 優奈は因みに2078番でした。

 登録選手は、神戸市陸協又は兵庫県陸協主催の大会である限り、このゼッケンを腹背につけなければいけないのです。


 付けていなければ出場忌避とみなされ、失格とされます。

 優奈はどんなことになっても外れないようにゼッケンの四隅をハーフトップに安全ピンでしっかりと止めています。


 開会式の退屈な挨拶の後、午前九時半から七種競技の100mハードル(100mH)を皮切りにインターハイの地区予選が始まりました。

 七種競技に予選はなく、特にトラック競技は、一発勝負のタイムレースなのです。


 この二週間の間に少なくとも十回ほどは、王子スポーツ公園補助競技場でしっかりとハードル競技をこなしました。

 走るたびにフォームが良くなり、タイムが上がってくる気がしています。


 しかしながら正式な計時は今日が初めてなのです。

 審判員の叔父さんや叔母さんが何となくまぶしく見えました。


 スタート前の緊張の時間が過ぎ、会場内の放送で名前が呼ばれた選手がスタンドに向かって手を振るのも定番ですが、拍手も歓声もさほどありません。

 出場選手は優奈を入れて5名のみです。


 七種競技の競技人口は至って少ない分野なのです。

 適度な緊張感はあるのですが、優奈には別に焦りも高揚もありません。

 優奈は今の自分の力を発揮できればそれでいいと思っているのです。


 審判の「On your mark」の声でスターティングブロックに足を置き、クラウチングスタートの型を取る。

 決まったなら動かない。


 審判の「Set」又は「Ready」の声でややお尻を上げる。

 優奈のスタート姿勢はどちらかというとお尻を余り上げないフォームなのです。


 スタートをきっちりと決めるにはカウントする方がよいと先輩から聞いてはいるのですが、優奈は音を聞いて条件反射でスタートすることにしているのです。

 その方が確実だからなのです。


 つまらないことでファールしても仕方がないでしょう。

 号砲が鳴った途端ダッシュをかけた優奈です。


 最初のハードルまでの距離は13.0m、5歩で到達します。

 そこから8.5m間隔で10台のハードルが設置されています。

 8.5mを3歩で進み、身体をひねるようにしてできるだけ上下動を避けながら高さ84.0センチのハードルをまたいで進む競技なのです。


 二週間で身体に覚え込ませた歩数は乱れず、股下89センチの足は綺麗にハードルをかわし続けていました。

 一着でゴールした時になぜか審判員の顔が奇妙に歪んで見えました。


 優奈がゴールした時、他の選手は誰もまだ最後のハードルをかわせていなかったのです。

 数秒後フィールド脇のデジタル計時装置が表示した時間は、12秒20でした。。


 多分世界記録タイであったはずなのです。

 上級生の手押し計時で12秒台が出始めた時に一応記録を調べておきました。


 女子100mHの世界記録は12秒20、ジュニア世界記録は12秒74であったはずなのです。

 因みに日本記録は13秒00。


 少なくとも日本記録の更新はできたことになりますね。

 当然のことながら、高校記録も更新です。

 そのうちにそれに気づいたのかスタンド内がざわめき始めました。


 大きな電光掲示板にWR、WJR、NR、NJR、GRの表示がなされ、場内アナウンスのお姉さんの声がいきなりハイテンションになったのです。


「お知らせします。

 ただ今トラックで行われた女子七種競技100mハードルで新記録が誕生しました。

 神城高校1年加山優奈さん、ゼッケン番号2078。

 ただ今の記録は、12秒20。

 これは女子世界記録タイであり、同時にジュニア世界記録、日本記録、高校記録、大会記録を更新するものであります。

 風速は追い風0.3mですので公式記録として認定されます。」


 途端にびっくりするほどの歓声が比較的まばらなスタンドから沸き上がりました。

 無論神城高の部員たちが占拠するスタンドの一画からの声が一番大きかったのですが・・・。


 一応、記録を出した本人としては、その歓声に応えてやらなければならないわけで、精いっぱいの笑顔を振りまいてスタンドに向けて手を振ることにしたのです。

 電光掲示板には、100mHの記録と一緒に点数が表示されました。


 1248点です。

 第2位の人の15秒33は、799点とは随分と差があるようですね。


 優奈は直ぐにジャージを着て、神城高陸上部が陣取るスタンドに引き返したのです。

 10時20分までスタンドで粘って応援したのですが、ほかの部員の成績は余りかんばしくありません。


 とは言いながら、同じ新入生の辺見理子が100mで5位に入賞していたのは大変に嬉しいことでした。

 副部長の矢島佳那さんも頑張って3位に食い込んでいましたね。


 七種競技走高跳の点呼が開始されたのは午前十時半でした。

 10時40分までに走り高跳びの場所付近に集合していないと棄権とみなされてしまうのです。

 いずれにせよ優奈は競技役員の点呼に対して無事に返事したのです。


 出場者は変わらず5名だけ。

 七種競技とえども、ルールは普通の走高跳と同じなのです。


 5人の内一人が1m35からの試技を申告し、そこから試技が始まりました。

 優奈はパスしたのですが、どうやらほかの三人も135センチから始めるようですね。


 4人全員が試技一回目でクリアしました。

 次は138センチ、三人が一度でクリア、一人が二回目でクリアしました。


 141センチで一人だけが一回目でクリア、二人が二回目でクリアしましたが、一人は三回失敗して記録は138センチになりました。


 バーは144センチに上がり、またしても一人だけが一回でクリア、もう一人が三回目でクリアしたのですが、残った一人は三回目も失敗してしまいました。

 バーは147センチに上がりました。


 二人ともに一回目は失敗。

 一人が二回目で何とかクリア、残る一人は三回失敗しました。


 バーは149センチに上げられました。

 上げ幅を2センチにしたということは、どうやらここから微妙な高さになるようですね。


 優奈は勿論パスであり、審判には170センチまでパスしますと伝えているのです。

 結局その子は149センチを三回失敗して記録は147センチで終わりました。


 優奈は、改めて審判に申告してバーの高さを一気に170センチに上げてもらいました。

 元より優奈はそこから始めるつもりだったのです。


 軽くストレッチをした後で、優奈は試技を開始しました。

 170センチのバーを一回目で軽々と越えてクリアした優奈は、バーの高さを175センチに上げてもらいました。


 順次バーの高さを5センチずつ上げて行き、185センチへの試技になると、再度アナウンスのお姉さんのテンションが少し上がったようです。


「フィールド競技場、走高跳にどうぞご注目ください。

 七種競技ゼッケン2078番加山優奈さんが、先ほど大会記録を上回る180センチをクリアし、ただ今から185センチに挑みます。

 これまでの記録は181センチですので、これをクリアすると兵庫県高校新記録となります。」


 優奈はざわめくスタンドを放置した。

 とりあえずベストを尽くすだけ。


 タイミング的には大体あってきているから198~200ぐらいまでは行けるはずと思っているのです。

 それ以上の高さとなると、もう少し場数を踏まなければならないかもと思っています。


 何しろ本格的に走高跳の練習を始めたのはほんの2週間前なのですから。

 優奈の跳躍は、一回で185センチをクリアし、またしてもスタンドに歓声が沸き上がりました。


 優奈はさらに5センチ上げて190センチとしてもらいました。

 ウグイス嬢のテンションがまたまた上がりました。


「フィールド内、走高跳にご注目願います。

 ゼッケン2078番加山優奈さんがバーを190センチに上げて挑戦します。

 この高さは全国高校記録タイとなります。」


 ざわめく中を優奈はあっさりとタイ記録をクリアしたのです。

 ここから一応3センチ刻みにするのは予定通りでした。


 193センチをクリアして、女子走り高跳びの高校新記録を生み出ました。

 次いで196センチもクリアして、日本記録タイになりました。


 199センチを二回目でクリア、日本新記録を塗り替えました。

 202センチを一回でクリアして、記録を更新。


 205センチを二回目でクリア、さらに記録を更新することになりました

 208センチは三回失敗し、最終記録は205センチで点数は1305点、二種目合計は2553点になったのです。


 それからお昼時、新入生の女子部員達は、各自持参したお弁当をお互いにご相伴させてもらいながら和気あいあいと食べました。

 優奈のそばには、理子はもちろんですけれど、他の一年生女子部員がしっかりと集まっています。


 午後一時からは七種競技の砲丸投げが始まります。

 これは、試技6回の最大到達距離だけで点数が決まるのです。


 他の4人の出場者は、オーソドックスな砲丸投げのクライド投法(オブライエン投法とも言われます。)でした。

 でも、優奈は円盤投げのようにサークル内で回転運動を行い、一般男子よりもさらに回転が一回多い二回転半の回転投法で投擲を行ったのです。


 女子で回転投法を行う試技者を初めて見たのでしょうか、女性審判員が目を丸くしていたのがとても印象的でした。

 1回目15m63、2回目15m78、3回目16m21、4回目16m78、続く5回目と6回目は16mラインを超えたものの4回目を上回ることはありませんでした。


 回転による影響でどうしても身体がふらつき、軸が安定しないために、未だに全力を出し切れていないのが実情なのです。

 砲丸も一月前に初めて持ったばかりなのです。


 実のところ身体強化という特殊能力を発動すれば、砲丸をより遠くへ投げるのは左程難しい事ではないのです。

 他の競技にも言えることなのですが、そうした特殊能力を使ってスポーツ競技に参加するのはズルと感じられるので、優奈は自らの筋肉だけで挑戦しているのです。


 従って、優奈の砲丸投げの記録は16.78m、981点で終了し、合計得点は3534点となりました。

 因みに砲丸投げでも全国高校新記録となったのです。


 今日の残り種目は、午後4時45分から始まる200mだけになりました。

 そうして七種競技の200mは、第一日目の最後から二番目のトラック競技種目なのです。


 今日の最後の競技種目は男子の八種競技400mが行われるのです。

 他の出場者四人は、七種競技の三種目を終えて2000点に満たずに優奈の半分ほどの点数で低迷しているのに、異常なほどの高得点を挙げている優奈は既に競技場すべての注目を浴びていました。


 そうしてウグイス嬢が優奈を調べたのでしょうか、余計なことまで紹介してくれました。


「ゼッケン2078番加山優奈さんは、昨年11月の兵庫県中学陸上競技会において100mの一種目だけに出場、10秒52の女子日本新記録を出しています。

 それ以外の記録は見当たりませんが、今回の200mの記録も十分に期待ができそうです。

 彼女のコースは3コース、赤いハーフトップとレーシング・ブルマー姿がよく似合っています。

 どうぞ、ご注目ください。」


 その優奈は100mHと同様に号砲音に条件反射でスタート。

 まるで跳ぶようにぐんぐん加速しながらカーブを回り、直線に入ってさらにストライドを伸ばしたのです。


 ゴールを一瞬で駆け抜けて、肩で息をしながらタイムの表示を見守りました。

 やがてフィールドの電光掲示板に表示された速報計時は20秒24でした。


 数秒後巨大な大型スクリーンにもそれが表示され、<Congratulation>の文字が明滅したのです。

 優奈は200mでも世界新記録を打ち立てていました。


 勿論、日本新記録、高校新記録であることは言うまでもありません。

 スタンドの観衆が一斉に咆哮ほうこうしたのが分かり、優奈はまたまた笑顔で両手を振ったのでした。


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