第14話 3-3 インハイ地区予選二日目(1)

 200mの記録達成時に見せた優奈の笑顔が翌日の神戸新聞とサンケイスポーツの朝刊に大きく載りました。

 因みに200mの得点は1371点、合計得点は4906点であり、これまでの高校記録は5384点ですので、第二日目には高校新記録が生まれることはほぼ間違いがないと見られていました。


 日本記録は5962点ですから、これもまた十分に射程圏内であると言えるのです。


『女子陸上界に大型新星(15歳)現る。

 新記録連発、七種競技日本新記録ほぼ手中』


『15歳美少女、陸上新記録連発』


 どこの新聞も1面に大見出しを掲げ、詳細記事は2面にと盛大な祝砲をぶち上げたのです。

 大きな政治的動きや事件・事故が無かった第一日目の午後6時台、7時台のテレビのニュースはトップにこのニュースを紹介したのです。


 但し、インターハイの地区予選に過ぎず、各局とも優奈の参加を見過ごしていたために、テレビカメラを競技場に持ち込んでいたところはなく、動画で使われたのは例によって高校生の撮影したスマートフォン映像でした。

 遠距離からの撮影であり、精度は期待できないのですが、画像が無ければテレビのニュースには取り上げられないのです。


 翌14日はいつものように理子と待ち合わせて8時15分にはユニバー競技場に到着した優奈達だったのですが、驚いたのは多数の報道関係者が専用のブースに集まっていたことでした。

 昨日は閑散としていたブースなのですが、今日はテレビカメラが少なくとも5台は見えるし、スタンドにも二か所ほど固定カメラが設置されているようなのです。


 大型の超望遠カメラを構えた報道関係者も少なくありません。

 さらに驚いたのは、昨日はまばらにしかいなかった対面のバックスタンドに凄くたくさんの人がカメラを構えていたことです。


 優奈たちのいる正面スタンドの中央部は縄張りがしてあって、出場高校の選手や関係者以外は出入りできないのですが、その外辺部には多数の人が同じく群がっており、優奈がスタンドに姿を見せるとスマホや小型ビデオカメラを一斉に向けていたのです。

 理子が若干引きながら言いました。


「うわっ、いきなりのアイドル扱いやんか。」


 前世に続いて、こちらでもまたまた好奇の目にさらされるのは優奈としては正直御免したいのですが、これもそうなってしまった以上は仕方がないと諦めるしかないのです。

 高校で陸上部に入ると決めた時に、もしかしたらそうなってしまうかもとその覚悟も一応はしていたのです。


 優奈が山名陽子さんからお願いをされた頃、ネットには山名陽子さんの動画や静止画が溢れていました。

 優奈の画像は僅かに一つか二つだけ。


 それはたまたま誰も無名の優奈を撮ろうとしていなかったからです。

 知人や娘が出場した競技を遠くから映しただけの映像に偶然優奈が写っていただけに過ぎないのです。


 それだけでも結構な話題になったのですから、今回はそれを上回ることになるだろうことは予想ができました。

 それに、今月末には県インハイが控えているのだから、今のうちに慣れておく必要もあるのです。


 優奈はため息をつきながらいつも通り、給水、タオルの準備など下級生がすべき雑用を理子と一緒に始めたのです。

 七種競技は第二日目も初っ端しょっぱななのです。


 9時半からから走幅跳びがあるのです。

 三回跳んでその最長到達距離が記録になるんです。


 残念ながら、優奈は、今のところまだ助走距離を十分に把握していないのです。

 中々踏切位置が合わずに最後は歩幅を合わせるように動いてしまうので記録が伸びないのです。


 今日は最初から七種競技に観衆の注目が集まっているようです。

 その所為せいか、ウグイス嬢のテンションが最初からやばいようです。

 5人の出場者のゼッケン、名前、所属高校がアナウンスされるのですが、優奈の名が出るとバックスタンドがどよめき、歓声が上がりました。


 どうやら今日は、正面スタンド以外にバックスタンドにも笑顔を見せなければならない様ですね。

 優奈は名前を呼ばれると、最初に正面スタンドに向けて、それからくるっと回ってバックスタンドにも手を振って笑顔を見せてあげた。


 またまたバックスタンドが大いにどよめきました。

 どうやら優奈の急造ファンクラブの面々が大挙してユニバーに押し寄せてきて、それがバックスタンドに集中しているようなのです。


 そんな中でも競技は始まります。

 優奈の出番は二人目です。


 一人目細川愛子さんは4m11という記録でした。

 優奈は軽くジャンプしてから、片手を上げて審判に向けて言いました。


「お願いします。」


 それから半歩右足を下げてスタート、徐々に速度を上げて行ったけれど、最後は歩幅が合わず踏切版の大分手前で踏み切ったように思うのです。

 30センチ以上は離れていたかもしれません。


 助走の速度も歩幅に影響するのでどこでトップスピードにするかが問題です。

 今のところその調整に戸惑っている状態なのです。


 男子走幅跳の倉橋先輩から習ったばかりの挟み跳びで跳躍、砂場に足先から着地し、そのまま前向きの勢いを借りて砂場の斜め前方に出る。

 万が一にでも背後に手をついたり、足跡を残したりすればそこが到達点とみなされてしまうからです。


 緊張の面持ちで最寄りの電光掲示板を見つめる。

 最近の計測はレーザー測距を行うので、測定地点さえ間違いなければ正確な数値が出る。


 一回目の試技は7m08。


 これまでの高校記録は6m44、日本記録は6m86なので、当然に新記録となりました。

 またまたウグイス嬢のテンションが高まり、声が完全に裏返っています。


「やりましたぁ。

 ゼッケン2078番、加山優奈さん、一本目の試技で7m08。

 これは大会新記録、高校新記録、並びに日本新記録でぇーす。」


 ウグイス嬢のアナウンス前にスタンドから歓声が上がっていたのですが、更に大きく歓声が増していました。

 優奈は、一本目から笑顔で愛嬌を振りまく羽目になったのです。


 優奈は、2本目でさらに記録を伸ばしました。

 記録は7m32。


 誰しもが世界記録にあと少しと思っていました。

 ウグイス嬢が先走り、優奈の試技の度に吠え捲ってほえまくっていたからなのです。


「女子走り幅跳びの世界記録はアイラ・クレヴォコフさんの7m52センチです。

 優奈ちゃんが徐々にその大記録に近づいています。」


 ウグイス嬢はとうとう「優奈ちゃん」とのたまいだし、関心の無い者まで無理やり振り向かせるようなアナウンスしたものだから、競技場内は否が応でも期待で一杯になってしまいます。

 二日目の初っ端からこれでは後が大変だと思うのだけれど、ウグイス嬢は完全に優奈贔屓びいきになったようですネ。


 そうして3回目の試技でついに7m55を出した時は、競技場が震えるほどの歓声が上がりました。

 巨大な電光掲示板には<Congratulation>の文字が浮かび、世界記録の誕生を伝えたのです。


 記録は7m55で1362点。

 そうして更にもう一度<Congratulation>の文字が浮かび、合計点数6267点で日本新記録誕生を伝えたのでした。


 ウグイス嬢のテンションも最高潮です。


「走り幅跳び世界新記録と同時に、未だ二種目を残していながら、七種競技日本新記録の誕生です。

 因みに七種競技の世界記録は7291点。

 後千点と少しで到達できる点数です。

 残り二種目の優奈ちゃんの活躍に大いに期待しましょう。

 優奈ちゃんの次の種目は槍投げ。

 12時30分からの試技開始が待ち遠しいですね。」


 優奈は苦笑しながら両方のスタンドに愛敬を振りまき、両手を振ってスタンドに引き上げたのでした。

 神城高陸上部のテンションも凄く高いのです。


 何しろ、母校から100mハードル、200m、走り幅跳びの三種目で世界記録保持者が出たのです。

 自分のことでは無いにしても嬉しいに違いありません。


 先輩たちを差し置いて、新入生部員たちが優奈を取り巻き大いに祝ってくれました。

 但し、優奈の周囲には女子ばかりであり、男子部員は遠慮して遠巻きに見ているしかない様子です。


 応援しながら次の槍投げまでに待つ間、11時半には簡単な昼食を食べ始めました。

 今日はお母さまがお休みだったので、普段はマリアさんに任せているのに、わざわざ朝早くに起きてお母様が自ら用意してくれたサンドイッチの弁当です。

 半分だけ食べて、残り半分は槍投げを終えてから食べようと決めていたのです。


 11時50分には準備をして、槍投げの集合地点に向かいました。

 1230から予定通り、七種競技槍投げが始まります。


 その前にウグイス嬢の紹介がありました。

 毎度のように一人一人ゼッケンと名前それに所属高校名が告げられるのだけれど、優奈の時だけ微妙に紹介が違ったのです。


「ゼッケン2078番、加山優奈ちゃん(因みに他の選手は『さん』付けなのにどうして優奈だけ『ちゃん』付けなの?)、神城高校。世界記録を目指しています。」


 優奈は苦笑しながら、正面スタンドと対面スタンド双方に手を振り、笑顔を振りまくしかありませんでした。

 優奈はその時、ウグイス嬢のお姉さんって、一体どんな人なのかなぁと思っていたのです。


 槍投げの試技も優奈は二番目です。

 一番目の試技を行った細川さんは28m07とごく普通の成績だったのですけれど、よほど槍投げに注目が集まっているのかまばらながら小さな拍手が起きていました。


 優奈の出番がやってきました。

 助走でリミットラインぎりぎりまで近づくことはまだまだ難しいのです。


 但し、この二週間の練習でどの程度の角度で投げ上げてやれば飛距離が伸びるか大枠の感覚を掴んでいました。

 後はリリースのタイミングだけなのだけれど、これがやはり難しい。


 これももう少し練習を重ねなければならない様だと思っている優奈です。

 取り敢えずは一回目の試技に集中です。


 練習通りならば、間違いなく高校新記録は塗り替えられるはずなのです。

 観衆が少しざわめく中、優奈が槍を肩にかつぐようにして走り出す。


 助走路をあっという間に駆け抜けて、独特のサイドステップを踏みながら槍を持つ腕を背後にいっぱいまで伸ばし、速度を落とさずに一気に肩を回して槍を押し出す。

 見事な放物線を描きながら600グラムの槍は、はるか先のフィールドの芝に突き刺さっていたのです。


 槍の有効投擲範囲は左右15度の30度幅であるのですが、極稀に投擲方向を間違えて、その範囲から外に出してしまう選手もいるらしいのです。

 優奈の槍はその範囲の中央付近にあり、優奈自身もファールラインの内側にあるから間違いなくセーフの筈なのです。


 踏切位置の審判が白旗を上げました。

 会場内は奇妙に静寂でした。


 フィールドのサイドラインに4本の小旗が立てられているのです。

 近い順に大会記録、高校記録、日本記録、世界記録の4本です。


 優奈の槍は、最も遠い4本目の小旗のラインのすぐ近くに突き刺さっていたのでした。

 20秒ほどしてから電光掲示板に速報値が出ました。


 72m18それが第一投目の記録でした。

 対面スタンドの巨大な電光掲示板に本日何度目かの<Congratulation>の文字が浮かび、日本新記録の誕生を知らせてくれた。


 途端に大きな歓声が沸き上がりました。

 そうしてまたまたウグイス嬢が突っ走ったのです。


「やってくれます優奈ちゃん。

 これまでの日本記録を6mほど上回る大金星、世界記録に僅か10センチ及びませんでしたが、凄い記録です。

 これは2投目以降に大注目です。

 因みに暫定ながら、この記録の場合の、点数は・・・・。」


 ウグイス嬢が少し黙り込み、やがて言った。


「この記録の場合、得点は1293点、従って合計得点は現時点で7560点となり、女子七種競技の世界記録更新がほぼ確実になりました。

 凄い、凄い、優奈ちゃん、本当に凄いです。

 凄すぎます。」


 どうやらウグイス嬢が単なるギャルになってしまったようですね。

 その後、優奈の記録は二投目72m41で世界新記録、三投目で72m92を出して更なる記録更新を成したのです。


 コンスタントに70mを超える投擲は、関係者に衝撃を与えたのです。

 最終的に槍投げの記録は、72m92、得点は1308点で、合計得点は7575点であり、巨大電光掲示板には再度<Congratulation>の文字が浮かび、未だ一種目を残しながらも七種競技世界記録誕生を祝福したのです。

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