第10話 2-5 幕間・陸上部の仲間

 わいの名前は辺見へんみ理子りこ

 今年、神城高校普通科に入ったピカピカの新入生で華の15歳や。


 住まいは神戸市の中央区にあるんやけど、おとんもおかんも大阪の河内出身やで,

ちょっと口が悪いかな?

 その所為せいか、わいにも河内かわちなまりが少し入っとんや。


 身長は160センチほどと左程大柄おおがらでもないんやけど、中学時代は陸上部に入っとった。

 種目は短距離走で100mと200mをやっとたんや。


 神戸の地区大会では上位クラスでも、県内では上位には入れない程度の力量やったな。

 陸上競技は、おねぇに勧められたさかい中学の部活に入ったんや。


 そうして高校に進学して、神城高校は一応進学校なんやけど、校風で部活動への参加も推奨しているんや。

 ほやから、入学のしおりを見て、慣れ親しんだ陸上部に入ろうと決めていた。


 4月7日に神城高校の入学式があったんやが、以前にユニバー競技場で出会った忘れられん人物の顔を見つけて驚いてもうた。

 加山優奈、確かにそんな名前だったはずや。

 

 忘れもせん、昨年11月の神戸市陸上記録会。

 中学最後のランと思って参加した100m、そこにあいつが居ったんや。


 それまでの大会や記録会では見かけたことのないのっぽやった。

 ごっつう綺麗な顔してるけど、あれだけ背のでかいやつに可愛いとは言えへんなぁ。


 多分、わいより10センチは高い身長やのに、そいつに向かってわいが「お前、可愛いな。」とはいくらなんでも言えへんやろ。

 何より、結果が正式記録ともなる陸上記録会で100mを走るのに、普通の体育用ブルマーと袖なしシャツで参加している上に、スパイクじゃなく極々普通の運動靴でコースに出ていたんや。


 こいつ、陸上競技をめとんのとちゃうかと思ったぐらいや。

 記録会やから予選も決勝も無いタイムレース。

 

 わいが1組、あいつは2組やった。

 1組では、わいが一位でゴールに入り、フィールドの電光掲示板の速報記録は12秒92とまぁまぁの成績やった。


 で、あいつは2組で走ったんやが、正しく度肝を抜かれたいうのんはあのことやろな。

 記録会や地区予選ではわいとよう張り合うてた岸川由美を30m近くも引き離してあいつが余裕の一着やった。


 フィールドの電光掲示板にはウソみたいな表示が出とったで。

 記録は10秒52。


 中学新記録どころか、日本新記録を運動靴で出してもうた怪物や。

 そんなことがあって、わいはあいつの名前と顔を覚えているっちゅう訳や。


 で、いまここで、あいつは新入生総代として、誓いの挨拶とやらをかましとる。

 司会進行役の先生せんせの紹介では、普通科やのうて統合理学科A組の加山優奈と言うとった。


 神城高は元々進学校として有名なんやけど、中でも統合理学科は県下随一との評判が高いんや。

 昨年までは40名枠やったもんが、今年は70名枠に広げられ、普通科枠が逆に30名ほど削られたんや。


 何れにしろあいつは総代やから、エリート中のエリートちゅうことやろ。

 才女とか才媛と呼ばれる奴はどうもお高く留まってる奴が多いから、わいは好かん。


 4月10日、早速に陸上部の部室に行って入部手続きをした後、先輩に尋ねて何くれと注意事項なんぞを聞いとると、そこにあいつがやって来たんや。

 三年生の部長はんが、驚いたように折畳みパイプ椅子を蹴倒して立ち上がってはったなぁ。


 その音で気付いたんか、部室の入り口やら窓からたくさんの顔が、あいつの動向を見守っているんや。

 あいつは部長はんから入部申請用紙をもろうて、部室の前に設置された折畳みテーブルで粛々しゅくしゅくと必要事項を記入しよった。


 それからあいつが部長はんに尋ねよった。


「部長さん、希望競技種目の選択項目に、七種競技があれへんのやけど、七種競技を選んではいけませんか?」


 わいは、あいつが当然に短距離走を選ぶのやろと思っとったら、斜め上の競技種目が飛び出してもうた。

 部長はんも虚を突かれて驚いたような表情を見せてはる。



「ン、100mやのうて、七種競技って・・・・。

 君がやりたいの?」


「はい、できれば・・・・。」


「うーん、君の体型から言えば、投擲競技に向いとるとは思えないんやけど・・・。」


 あいつは美少女であることは別にしても、明らかにスレンダーなモデル体型をしているから、確かに投擲競技のムキムキマッチョには見えへん。

 部長はんがさらに続けて言うた。


「それに、七種競技なんて指導する者がうちにはおらへんやろなぁ。

 顧問の先生かて、他におらんから顧問になっているだけで具体的な指導なんてでけへんからなぁ。

 有利か不利かはようわからへんけど・・・・。

 まぁ、競技人口だけは少ないから入賞には近いかもしれへんなぁ。

 いずれにしろ、その欄の空いているところに七種競技希望と手書きで書いてくれればええよ。」


 その上で部長はんは背後を振り返って言うた。


「佳那、女子の七種競技って何するんだっけか?」


 佳那と呼ばれたボブカットの先輩が少し考え込みながら言う。


「えっとねぇ・・・・。

 確か100mハードルに、砲丸投げ、走幅跳び、走高跳、槍投げ、・・・・。

 それに200mと・・・。

 ン、あと一つ何だっけ?」


 と、六つまで指折り数えて、頭の上に?マークを浮かべているこの人が女子部員をまとめている副部長やと知ったのは、かなり後やった。

 苦笑しながらあいつが言いよった。


「800mです。」


 それを聞いて大仰に頷きながら部長はんが言うていた。


「うーん、ハードルの機材はあるし、ハードルの女子選手はおらんけど、男子選手はおるよなぁ。

 砲丸投げは緑山冴子、走幅跳びは中野由紀、走高跳は橋本恵理子が居るし・・・。

 槍投げは合田淑子、200mは佳那やし、800mは本山由紀が居るな。

 まぁ、一応、個別練習には困らへんなぁ・・・・。

 で、因みにこれまでの記録は?」


「残念ながら100m以外の記録は有りません。」


「そっかぁ、100mは10秒台やったねぇ。

 おい、佳那、お前の記録は?」


「あのねぇ、いくら何でも日本記録保持者の優奈ちゃんと比べないでよね。

 自慢じゃないけれど、今のところ、うちは100mで12秒84が最高なんよ。

 優奈ちゃんと走ったら、多分間違いなく20m以上の差がついちゃうよ。」


 部長が頷きながら言う。


「うん、・・・。まぁ、そうやろなぁ。

 うちの男子でも11秒台が精いっぱいだかんなぁ。」


 そんな中で佳那と呼ばれた先ほどの先輩が不思議そうに言うとった。


「優奈ちゃんが陸上部に入ってくれて、うちらとっても嬉しいのやけど・・・。

 でも、なんで優奈ちゃん、陸上部に来たん?

 中学では勧誘されても応じなかったのやろ?

 永倉出身の子からそう聞いてたけど・・・。」


「山名陽子さんに直接お願いされちゃったんです

 高校に入ったら是非陸上部に入ってほしいって。」


「山名陽子さんって、・・・。

 短距離選手の?」


 あいつが頷くと、ざわざわと部員達がざわついた。

 正直なところ、わいもそんな名が飛び出すとは思うてへんやった。


 短距離走をやっている者なら誰でも知ってる名前や。

 ここ数年、日本の女子陸上競技を引っ張て来た人やから、そんな雲の上の人の名が出たから皆が驚いたに違いないんや。

 高校生でもトップクラスになれば、国体や競技会などで出会うこともあるやろうけど、少なくともここにおるもんで山名陽子はんに直接会った者はいないやろ。


 その後、先輩たちの指示もあって新入生部員達の取り敢えずの自己紹介があった。

 取り敢えず云うのんは、部員の新規加入が今日だけではあらへんからや。

 

 それが終わって、部室から出がけにあいつがわいの傍に寄ってきて話かけて来た。


「理子さんやったね。

 貴方、去年11月の記録会で100mの3位になった人でしょう?」


 こっちはあいつが印象深い奴やったから覚えていたんやけど、まさかわいのことを覚えているとは思うてへんかった。


「何や、わいのこと覚えてたんか。」


「そやね、表彰台に一緒に登ったからよう覚えてる。

 二位の人は、中馬ちゅうま弘美ひろみはんやったっけ?」


 中馬弘美は昨年11月の記録会で3組を走り、12秒69で二位になっとった。


「そや、あいつは県内でも常時上位に入る力を持っとったんやけど。

 多分神戸市の記録会で負けたんは初めてやろな。

 それもあれだけ大差を付けられると、かなりストレスになったんとちゃうかなぁ。」


「そうかぁ、そら悪いことしてもうたなぁ。

 先生に頼まれたから、出ただけやのに・・・。」


「で、今回も山名陽子はんに頼まれたから、陸上に入るって、・・・・。

 なんか、自主性に乏しいとちゃうか?」


「そやかなぁ?

 何でも一生懸命できるんやったら構わんと思う。

 ただ、中学の時とはちょっと違うかな。

 山名さんには後に続く者達の目標になって欲しいと言われたから・・・。

 でも、陸上競技を生活のかてにしようとは思わへんで。

 あくまで陸上競技は高校の部活の範囲だけや。

 もし仮に学業に影響を与えるようなら、部活を辞めるか出場を棄権する。

 部活の範囲内か、学業に影響を与えない範囲で、私ができる範囲の活動ならするつもりなんよ。

 だから、ひょっとしたら理子さんらとは目標が違うかも・・・。」


「まぁ、人それぞれやからかめへんけど、それにしても七種競技って大変やでぇ。

 走る、投げる、跳ぶの全部が入っとるし、あんたの体型から言うと砲丸投げは難しいんとちゃうか?」

 

「あら、これでも私は結構力持ちなんよ。

 記録は無理でもオリンピックと一緒で参加することに意義があると思うてる。

 身体の鍛錬にもなるしね。」


 そう言ってにこやかに笑うあいつは思いのほか話しやすい相手だった。

 それ以来、加山優奈あいつは、わいのマブダチになった。


 あいつがいくら記録を出したにしても親しき友には変わりないはずや。

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