第9話 2-4 練習と競技会

 翌日水曜日、赤土のグランドで、記録のための部内臨時競技会が行われました。

 神城高のグランドは60m×80mほどのやや歪な方形をしています。


 一周約250mのコース取りでは、コーナーは多少丸みがあるもののほとんど直角なので、かなり急なカーブとなっているのです。

 正直なところお世辞にも良いグランドとは言えません。


 神戸など都市部の学校では敷地が十分ではないことが普通なのだけれど、それでも1周200mほどのトラックレーンが取れるほどの広さが無ければ十分な体育活動はできませんよね。

 このグランドでは、100mは斜めの対角線を取らねば距離が取れないのです。


 そうは言っても、優奈の通っていた長倉中学のグランドはもっと狭くて、斜めの対角線でも100mのコース取りはできません。

 都市部の学校で敷地を確保するのは非常に難しいということでしょうね。


 いずれにしろ、この狭いグランドは利用する各部の話し合いで使用時間帯を振り分けて使っているようなのです。

 もっとも神城高校には、テニスコート主体の第二、第三グランドのほか、武道館、体育館、誠心会館などの運動施設もあり、グランド使用が陸上部と競合するのは、サッカー部、ラグビー部と野球部だけなのです。


 但し、ウェイトトレーニング等の室内での練習については、他部とも競合するのでそちらはそちらで練習場所の確保が運動各部との話し合いによる調整になるようです。。

 特に雨天時は屋内練習場が手狭になることがはっきりしています。


 部内臨時競技会では、新入生は、5名ずつ1周コースと2周コースの二回のタイムが計られました。

 その間、野球部、サッカー部などは、本館とグランドをつなぐ大階段で観客と化しているのです。


 コースは、グランドの四隅に近い場所に小旗を立てて、それを外回りに回ればよいことになっています。

 新入生24名は5組に分かれ、最後の組は4名だけになりました。


 2年生、3年生はそれぞれ手分けしてストップウオッチを持って、ゴールで待ち構えるわけですが、100m付近と200m付近の途中計時も行っているようです。

 聞くところによるとこれが陸上部の年中行事の一つであるらしいのです。


 春と秋に二回行われるようですね。

 因みに、サッカー部、ラグビー部、野球部は、ボランティアのマネージャーを除くと、男子ばかりなのです。


 遠目にも身長の高い優奈はとても目立ちますから、それら思春期の男子生徒の熱い視線を浴びながら、2組目の優奈の出番になりました。

 スターティング・ブロック5基がグランドの南東端に設置されていて、そこがスタート地点です。


 優奈は3コースでした。

 まぁ、コースと言ってもラインなんぞはありません。


 あくまでスターティングブロックの順番で、スタート直後からインに入ってもいいことになっているのです。

 スターティング・ピストルの合図で男女混合の5人が一斉に飛び出しました。


 隣の2コースの男子がややフライング気味だったのですが細かなことは気にしないことにしています。

 最初のスタートダッシュで4人を一気に引き離し、コーナーと言うよりは「角」部分ではやや大きく外側に膨らんで最初のコーナーを回り、高速で次々にコーナーを回って行く優奈を階段上の男子生徒たちが「スゲェー」と声を上げながら驚愕の表情で眺めていました。


 一緒に走った4人ははるか後方において行かれ、最低でも40m以上の差がついていたからです。

 結局、優奈は概ね250mを27秒程で回りました。


 二度目に走った2周コースでは、概ね500mを60秒程で回ってしまいました。

 2周コースの走りでは、同じ組の清野美幸がもう少しで周回遅れになるところだったのです。

 因みに清野美幸は、1分43秒で何とか2周を回り切っていたようです。


「凄い!」


 先輩たちがタイムを確認してから一様に発した言葉だと後で聞きました。

 100mの途中計時で11秒台、200mで22秒台はこれまで初めての記録のようです。


 何せコースが曲がっているからどうしても、大回りになって距離が長くなるうえにスピードは抑えめになってしまうので普通よりもタイムが悪くなるのは間違いないのです。

 それなのに、ただの運動靴で驚くべきタイムを出すのだから先輩達の驚きは当たり前の話だったようですね。


 勿論、距離も計時も、正規の審判が計ったものではないのですから単なる目安にしかなりません。

 その結果を見て、副部長の佳那が吠えました。


「インハイは無理やけど、優奈ちゃん、ユースでは絶対にリレー要員で決まりやね。

 だって、ユースは七種が無いもん。」


 因みに辺見理子も周回分はこれまでの記録と並ぶぐらい結構いい記録だったようです。

 但し、2回目の2周コースはペース配分がうまく行かずに、がっつりと速力が落ちてしまっていたようです。


 仮に理子が1600リレーに出るとするならば、400mのペース配分をしっかりと教え込まねば無理そうですね。

 先輩たちの言葉を借りれば、今年の新入部員は近来稀に見る逸材が揃っているそうです。


 インハイ地区予選は五月中旬、県インハイは五月末、近畿インハイが六月中旬、ユース陸上は、地区予選が七月下旬、県予選が八月、近畿ユースが九月の予定です。

 今年の全国インハイ7月29日~8月2日まで山形で開催予定ですが、今のところ細かい日程は明確になっていないようです。


 全国ユースは、例年から言えば、十月頃になるようです。

 このほかに合間、合間に神戸市の記録会などがあるようなので、こうしてみると年間を通して結構スケジュールが詰まっているみたいです。


 何だか陸上の合間に勉強するような錯覚に陥るのは優奈だけなのだろうかと首をかしげたくなりました。

 4月中の競技会には、新入生は出場しないのですが、先輩たちの応援と支援をするために神戸市須磨区緑台にあるユニバー競技場へ出向くことになりそうです。


 2年生の先輩の話によれば、ユニバー競技場に隣接する補助競技場が練習場として解放されるので、利用方法は若干制限されるけれど、広いグランドのない神城高陸上部員にとってはとてもいい練習場になるそうです。

 いずれにしろ、今年の土日は、かなりつぶれてしまうことになりそうですね。


 直近では、4月15日が記録会、22日、23日はリレーカーニバルの予定があります。

 5月3日は郡市区対抗戦、13日、14日はインターハイ地区予選、26~28日は県インターハイ。


 6月3日は神戸市記録会、13日は長距離記録会、15日~18日は近畿インターハイ。

 7月8日、9日は兵庫選手権、21日、22日はユース地区予選、7月下旬に全国インターハイ。


 8月11日は三校(神城高校・○庫高校・長○高校)定期戦、20日~22日県ユース、24日混成大会(七種、スプリントトライアスロン)。

 9月2日、3日は神戸市高校選手権、12日長距離記録会、9月15日~17日近畿ユース。


 10月7日は記録会、8日リレーカーニバル、13日長距離記録会、14日、15日秋季記録会、10月下旬ジュニア・ユース。

 11月4日、5日県駅伝。


 12月25日全国高校駅伝

 年内はもう目白押しですよねぇ。


 このほか、成績如何では国体や国際大会へ招請されるかもというのは、山名さんからの情報なのですけれど、これ以上スケジュールが詰め込まれたなら何となく身動きが取れなくなりそうな気がしている優奈です。


 ◇◇◇◇


 4月15日神戸総合運動公園にあるユニバー記念競技場に出向きました。

 辺見理子と申し合わせて三ノ宮駅で落ち合い、地下鉄西神山手線で運動公園駅へ。


 運動公園駅から100m余りで陸上競技場なのです。

 理子は神城高校陸上部のロゴマークの入ったジャージを着用しているけれど、優奈は未だに学校推奨の体育ジャージを着用しています。


 上はMサイズでも大丈夫なのだけれど、下は流石に股下80センチを超えるものは特注品となってしまうのです。

 因みにダブルXOで股下80センチなのだけれど、優奈は股下89センチでありダブルXOでさえもちんちくりんになってしまうのです。


 12歳で82センチだった股下も中学を卒業する時点では、更に7センチも伸びていたのです。

 従って、優奈の着ている学校の体操服ジャージも特注品であり、注文してから出来上がるまで20日ほどかかったものなのです。


 優奈の他のジャージは、米国製の品物をネットで入手したものなのです。

 優奈の場合、オーバーサイズなので色々な面で着るものに少々困る場合があるのです。


 陸上部は男女共、白地に赤色のラインが入ったジャージで背面に神城高校陸上部の文字、左胸に校章のロゴが入っています。

 そんな中で授業用の薄青色ジャージは胸に小さな校章ロゴが付いているとは言え、目立って仕方がありません。


 特に優奈は身長が高いので余計に目立つのです。

 競技用に使うハーフトップとレーシング・ブルマーは、人並みであるので入手済みなのですが、着替え用の予備を二着、ジャージ下と共に注文しているところなのです。


 流石に予備分の経費までは、部費では充当してくれません。

 優奈の貯金がまた目減りしたのですが、幸いにして父方、母方二組のおじい様、おばあ様達は共に優奈に甘々なのです。


 何かあるたびにお小遣いをくれるので、正直なところ小遣いについては、余り心配はしていません。

 優奈としてはむしろ必要経費として見ているのですが、今後遠征等が増えればお父様、お母様に費用負担のお願いを申し入れなければならないなと思っています。


 インハイ近畿ぐらいなら問題ないのですが、全国インハイやジュニア・ユース本大会は近畿以外の遠隔地での開催予定ですからね。

 運賃も、宿泊費用も結構馬鹿にはならないはずなのです。


 先輩の話では、そんな場合には母校のために陸上部OBやOGが寄付をしてくれるらしいのですが、人の好意にばかり甘えるわけには行かないでしょう。

 ウチは高給取りのダブルインカムなので多少の負担があっても経済的には全く問題無いはずです。


 実のところ、優奈がユニバー競技場に来たのは、これで二回目なのです。

 中学三年生の折り、高梨教諭に引率されて秋季記録会に参加した時が初めてでしたね。


 昨年11月5日に開催された神戸市中学陸上競技秋季記録会です。

 その記録会で、うっかりと日本記録を更新してしまったことで報道関係者などにさんざん追いかけまわされて随分と難儀なんぎしたことを覚えています。


 面倒なことは高梨教諭が請け負うという約束でしたから、優奈は徹底してノーコメントを貫きました。

 それでも諦めてくれない記者には泣き真似をしてまで撃退したのでした。


 あの頃は、まだ少しは幼く見えたのじゃないかと思うのですが・・・。

 あれから半年で身長が3センチ近くも伸びており、流石に男子高校生の平均身長を数センチ上回る体格なので、今回はそんな真似をしても通じない可能性が高いのでちょっと心配しています。


 体重は1年で53キロから57キロに増えたのですが、身長も伸びたので未だにスレンダーに見えるようです。

 優奈は未だ育ち盛りと言えるのですが、流石にその勢いは収まってきたように思えます。。


「180センチを超えるとお婿さん探しに苦労するわよ。」


 と、よく母には言われているが、そんな先のことは、今のところ優奈は余り気にはしていないのです。

 少なくとも成人式を迎えるまでは結婚なんぞ考えないと決めているのです。


 9時からの開会式に十分に間に合うように、午前8時15分にはユニバーに到着、理子と優奈は他の部員に先駆けて神城高校に割り振られたアルプススタンドに陣取ったのです。

 ユニバー競技場の赤っぽいトラックと緑のフィールドのコントラストがとても明るく爽やかな印象を与えてくれます。


 フィールドは大部分が天然芝なのですが、トラックの部分の赤とそれ以外の少し薄緑の通路部分は、昔はタータンという商品名で呼ばれたこともあるポリウレタン系舗装材で覆われています。

 タータンという製品名は現在では存在せず、単に『全天候型トラック』あるいは『オールウェザー』と呼ばれているようですね。


 ただの土ならば雨に弱いけれど、オールウェザーは雨に強いのです。

 但し、アンツーカー(土のグランド)で使うスパイクは当然に使えません。


 オールウェザー対応のスパイクで鋲の長さも会場ごとに制限があるのです。

 神戸の場合は通常9ミリ、高跳び等の場合最大でも12ミリと決められているようですね。


 従って、優奈も9ミリのスパイクを購入しているのです。

 因みにこのスパイクは、交換できるので必要に応じて長さを変えられるものなのです。


 一般に9ミリのスパイクが容認されていますから、普通はそのままで大丈夫なはずです。

 今日は北方向に少し雲があるものの、お天気には恵まれた記録会なのです。


 少し肌寒い気候ではあるのですけれど、ジャージ上下を着て、必要に応じてベンチコートを被っていれば暖かいだろうと思っています。

 念のためにスポーツバッグには、飲料と弁当に若干のおやつ、それに薄手のベンチコートを入れてあるのです。


 神戸の4月半ば、暖かい日には最高気温も20度を超えますが、一般的には17~18度前後が多く、日差しはあっても未だ肌寒い気候なのです。

 9時までに新入生は勿論のこと、参加予定の部員が勢ぞろいしました。


 出場選手は、開会の挨拶時に競技場の中で並ばねばならないのですが、支援要員である新入生はアルプススタンドで待つことになります。

 そうして開会式も終わり、いよいよ競技が始まりました。


 優奈と理子も一生懸命に応援はしてみたのですけれど、先輩たちの記録は捗々はかばかしくありませんでした。

 神城高陸上部は、戦前の中学校や高女を含めて結構な歴史だけはあるのですが、これまで陸上競技では左程の成果は出していないのです。


 今回の記録会も稀に上位に食い込むことのできる先輩もいるのですが、8位までの入賞に届かない先輩が大半なのです。

 結局、8位までの入賞ができたのは42名中13名であり、トラックでは男子200mの倉田宗助先輩の3位が最高、フィールドでは女子槍投げの合田淑子先輩の2位が最高でした。


 その記録は正直なところお世辞にも良いとは言えません。

 倉田先輩の22秒58、合田先輩の33m48でした。


 多分優奈が200mを走ったなら倉田先輩よりも早いし、槍投げも合田先輩よりは遠く投げられるのではないかと思うのですが、実績が何もない中でそれを吹聴するほど愚かではありません。

 応援しながら部員間の交友を深めることができたのが最大の収穫でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る