第10話② 2ー6 幕間・上級生

 私は、新藤恵美。

 神城高校普通科三年生で陸上部員。


 まぁ、陸上部員とは言いながら陸上競技の成績はイマイチやね。

 私の場合は、中学からの親友である矢島佳那かなに引っ張り込まれて陸上部に入ったようなもんやから・・・。


 私の役割は、どっちかと言うと、佳那のお目付け役みたいなもんや。

 佳那は中学の頃から突っ走るタイプやから、放っておくととんでもないことをしでかす恐れがあったんや。


 やから、私がストッパー役をやることもかなり多かったんや。

 高校に入ってからもその性格は治らへんやったな。


 しょうもないから、私も私のできることをしつつ、できるだけ佳那の傍にいた。

 上級生が卒業して居なくなって、ウチらが最上級生になったもんやから、陸上部をまとめて行かんとならんのやけど、部長さんは男子やからともかく、佳那が副部長になっちゃった。


 佳那は姉御肌のところがあって、部員の中でも人気者だから、まぁ、順当なところかもしれへん。

 但し、佳那の手綱をちゃんと締めてかからんとエラいことになりそうや。


 同級生で陸上部の高橋美幸と密かに話し合って、佳那を支えると同時に手綱を引き締めて行こうと確認し合ったばかりなんよ。

 美幸は中学は違ったけれど、高校の部活で知り合った親友の一人や。


 やから、美幸は佳那の性格もよう知っとる。

 そんな中で、今年の新入生が陸上部へ加入のためにやってきた。


 で、実は、その中に特大のびっくり玉が隠れていた。

 女子100mの日本記録保持者のが陸上部に入るために受付に来よったんや。


 長倉中学出身の二年生から彼女のことは事前に色々聞いてる。

 学校の運動会のリレー競技では抜群の速さを見せる子なんやけど、徒競走ではいつも二位につけとるそうや。


 徒競走だけでなく、校内マラソンでも二位らしく、陸上部員の間ではあの子は間違いなく手を抜いて走ってると思われていたそうだ。

 リレーで20mも差がついているのに、それを100mの距離で追い抜くというのは実際にやろうとすると結構大変なんや。


 

 その20mの差をつけていながら追い抜かれた子が、長倉中学陸上部の葉山節子という子で、この子は少なくとも長倉中学では足の速い子として一、二を争う子やった。

 100mを13秒前半の記録やったらしいから、県内で十指に入る訳やないけど、間違いなく足の早い子や。


 そうして加山優奈に100mを走らせたら、葉山節子に20mの差をつけるという事と同じやから、下手すると加山優奈は11秒台で走れるんかもしれないと、長倉中学の陸上部員は考えていたそうで、一生懸命加山優奈を陸上部に誘ったんやそうやけど、あかんかったみたい。

 結局、中学時代の加山優奈は帰宅部のままやったらしい。


 そんなんが、なんで昨年の11月の記録会に出たんか聞いてみると、これまたびっくり。

 顧問の先生が一生懸命頼み込んで一回だけの約束で出てもらった100mだったらしいんや。


 何でも協会への登録さえしてない子やったから、直前に先生が登録してゼッケンをもろたみたいで、加山優奈が出ることはその日まで陸上部員も知らんかったそうな。

 そんな事情を聴いてしまうと、あぁ、これは陸上部には絶対来いへんと皆が諦めてもうた。


 そんな中で、加山優奈が陸上部の入部受付に現れたもんやからホンマにびっくりやで。

 まぁ、いろいろあったけど、彼女は、陸上部に入部して、希望種目に七種競技を選んだんや。


 ホンマに驚かせてばっかりの子やわぁ。

 普通100mの日本記録保持者なら、100mや200mの短距離を絶対に選ぶと思うやん。


 そこに何で七種競技が出てくんの?

 七種競技は100mハードル、200m、800m、走り幅跳び、走高跳び、槍投げ、砲丸投げの七種目をわずかに二日の間に行う特殊な競技やから、よっぽどのスーパーウーマンじゃなければやらない競技なんよ。


 欧米ではこの競技の優勝者はQueen of Athlete(陸上の女王)と呼ばれて崇められる存在らしいんよ。

 七種競技は、陸上競技でも競技人口の少ない種目ではあるんやけど、何で彼女が選んだのかはほんまにようわからん。


 後で聞いたら、自分の力を試してみたかっただけやと言うてたけど、・・・。

 普通、そんなんで七種競技を選ばんと思うのやけど、それを聞いて正直なところ自分の感性は正しいのやろかとチョット疑ってしもうたで。


 まぁ、彼女が七種競技を選ぶならそれはそれでええんよ。

 陸上競技って、なんだかんだ言っても個人競技がメインなんよ。


 リレーや駅伝は例外的に団体戦やけどね。

 やから、本人が望む種目ならそれを伸ばしてやるのが先輩としての役割だと思う。


 でも、そこで佳那がまたまた先走った。

 インハイの地区予選で七種競技以外にも400mと1600mのリレーに出れるかと、よりによっていきなり本人に聞いてんのや。


 待て待て、佳那ヨ。

 先走るでない。


 七種競技は、肉体を極限まで使う大変な競技なんよ。

 やから一日で実施するのでなくって二日に分けているんは、当然に競技者に対する陸上競技会を運営する者からの配慮や。


 それを無視して、別の競技に出そうなんて・・・。

 そもそも優奈ちゃんも部長の質問に答えて100m以外の競技は正式にはやったことが無いって言うてるやん。


 今は4月初めやけど、5月に入るとインハイの地区予選が始まる。

 実質30日ほどしかないんやけど、その間に一通りの七種競技をやってみるだけでも実は大変や。


 学校のグランドは週に二日しか自由に使えへんし、グランドが変形しているから200mや800mの競技は、形だけの練習しかでけへん。

 ハードル、跳躍競技、投擲競技も他の部がグランド使っている時は先ず無理や。


 例年、陸上部OB会の援助を受けて、王子スポーツ公園補助競技場を使わせてもろてるけど、あれも4月末からやないと予算的に難しい。

 多分、優奈ちゃんの場合、その補助競技場を借りてから七種競技を一通り練習するだけで精一杯の筈や。


 それに仮にリレーに出場して成績が良かったら、兵庫県予選や近畿予選に行った場合は、地区予選と違うて予選、決勝があるんやで。

 そんな無理させたら、そもそも後輩が潰れてしまうやん。


 私は必死になって佳那を止めた。

 相棒の美幸も私をサポートするような発言をしてくれて、何とか佳那の無茶ぶりを止めることができた。


 それでも恒例の新入生歓迎のランの後で、佳那が吠えていた。


「インハイは無理やけど、優奈ちゃん、ユースでは絶対にリレー要員で決まりやね。

 だって、ユースは七種が無いもん。」


 うーん、この一年、佳那を抑えるのは今まで以上に大変そうや。

 美幸と目が合って思わず一緒に苦笑いしました。


 優奈ちゃん、本当に活躍して欲しいな。

 結果を残せなかった先輩としての切なる願望です。


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