現実逃避

 「だから!そうじゃないって!」

年寄としより相手にそんなに怒んなよ。」

今なんで僕が声をあらげているかって?それは簡単だ。ヴィンさんの手先が不器用ぶきようすぎて猪用いのししようわなの制作がとどこおっているからだ。

「そこの部分はきつく締め付けないとすぐゆるんじゃうじゃん!」

現在罠が1つしかなく、いくつか持っていた方が捕獲できる可能性が上がる。

それに万が一壊れたりした場合にすぐに取りえられるようにしておきたいと思ったから罠を複数個ふくすうこ作っておこうと言う事になったわけだ。

本当に簡単な罠なんだ。

いのしし駆動部くどうぶんだらストッパーが外れて、物凄い勢いで太い木が振り下ろされるって感じの罠。

走り抜けられたらかわされるけど、駆動部くどうぶに何かしらのえさを置いたりすれば結構引っかかってくれるんだ。

今ヴィンさんがやろうとしてるのが、いのししみつけた後に振り下ろされる木の棒にプレシャーを掛けて固定しておく部分。

駆動部くどうぶも重要だが、木の棒の固定部分も重要なんだ。この部分のロープがゆるんでしまうと猪を気絶きぜつさせられるだけの力が出せなくなってしまう。

だからこそ僕は少し語気ごきを強めて指導している。

 「何かやることねぇか?」とヴィンさんが聞いてきたので、それじゃ…って感じで教え始めたのが始まりだ。

それである程度教えてやらせてみたらヴィンさんの手先が意外に不器用ぶきようだと言う事が分かった。

意外な一面いちめんを発見できたので、これからは武器として使わせてもらおう。

「こんな感じでどうだ?」といろいろ考えている間に固定部分が完成したみたいだ。

僕は棒の固定部分に力を掛けてみてゆるまないかを確認する。

「うん。これなら大丈夫だと思う。駆動部分くどうぶぶんと組み合わせれば完成だよ。」

案外あんがいむずかしいもんだな。」

ヴィンさんがボソッとつぶやく。

「しかし、お前もよくこんな事思いつくな。本当に…あの頃のルービスとはまるで別人みたいだ。」

続けて僕をからかうような言動も出てくる。

「はっは。何年なんねん極貧生活ごくひんせいかつしてると思ってるんだ。めんなよ。」

「お…おぅ。」

いきなり口が悪くなった僕の言葉に驚いたのかヴィンさんが少したじろいだ。

「ほら、あと2つ作りたいから残りもやっちゃってよ!」

予定では3つの罠を完成させる予定だ。

ようやく1つ目が終わりそうだから残りは2つ。

「おう。さっさとやっちまうか。」

2人で気合を入れなおして残り2つの罠の制作に取り掛かった。



 うーん…気まずいな…。

現在私は自室じしつで本を読んでいた。

そして、ソニア殿も同じ部屋で本を読んでいる。

先程から私たち2人の間に一切いっさいの会話がない。

お互い読書をしているから自然なのかもしれないが、この空気は本当に逃げ出したくなるくらい私は苦手だ。

本を熟読じゅくどくしているふりをするのもいい加減疲れてきたぞ。

感覚的かんかくてきにはかなりの時間が経ったような気がするが実際どうなのだろうか?

でもこういう時に限ってまだ1時間も経ってなかったりするものだ。

お互いの吐息といきが聞こえるほど、この部屋は静寂せいじゃくに包まれていた。

ロシエル殿はヴィン殿と猪用いのししようの罠を作ると言っていたし、彼の助けは望めないだろう。

ロシエル殿がお昼ご飯を持って来てくれるまでえるしかないか。


 しかし、やはりえきれなくなった私はたまらずその場に立ち上がり、「お手洗いに行ってきます。」と言って部屋を出ようとした。

「あ、私も行きます。」とソニア殿も立ち上がった。

なんだと!?

お手洗いでさえもこの重い空気にえねばならんのか!

だがここでダメなどと言えない。生理現象せいりげんしょう我慢がまんさせるなどやっていいはずがない。

「えぇ。一緒に行きましょう。」

私はニコッとソニア殿に返答する。

 そして部屋を出て外に向かって歩き出す。

やはりお互いしゃべることはない。

空気が重いなぁ。

すると作業をするロシエル殿とヴィン殿が見えた。

何故だろうか?ロシエル殿が今は神に見えるぞ。

「あれ?2人ともどうしたの?」とロシエル殿が聞いてきたが、非常に答えにくい質問をするものだ。やはり神ではなかったか。

「えぇ、ちょっと…」

ソニアが言葉をにごすとロシエル殿は頭の上に?マークを出している。

にぶい男だな。

するとヴィン殿がロシエル殿の肩に手を置き、「ルービス、察してやれ。」と言った。

なおも?マークを浮かべるロシエル殿。

じょうちゃん。ソニア。さっさと行ってきな。」とヴィン殿よりうながされると、私たちは小要塞しょうようさいの外に出た。

後ろから「あぁー。なんだトイレか!」と言うロシエル殿の声が聞こえた。

するどいんだかにぶいんだか本当にわからんなあの男は。


 私たちは小要塞しょうようさいを出ると少し離れた場所に向かった。さすがに小要塞しょうようさいの近くでするわけにもいかないのでな。

「ここにいると本当に騒ぎが聞こえませんね。」

ソニア殿がぽつりと言いだす。確かにそうだ。

もう昼近い時刻のはずだが今の所、銃声じゅうせい悲鳴ひめいなどの音は一切聞こえてこない。

むしろありがたいと思えるが、実際に苦しんでいる人がいると言うのは周知しゅうちの事実なので複雑ふくざつ心境しんきょうではある。

「そうですね。あの騒ぎを聞かないだけでも気持ちは楽ですよね。」

こう返事をするのが今の私の精一杯だ。

「早く今日が終わるといいんですけどね。」

ソニア殿の気持ちは痛い程分かる。

だがあと半日以上ある。何事も起こらずこのまま今日が終わればいいが、何か起こると思っておいた方がいいだろう。

「とにかく今日は部屋の中に居ましょう。そうすれば尚更なおさら騒ぎの音は聞こえなくなりますから。」

2人で部屋の中にいるのは気まずいが、それが今できる最善の方法だ。

「そうですね。読む本がいっぱいあるのできないです。」

ソニア殿も同調どうちょうする。

「では早めに部屋に戻りましょう。」

「はい。」

私たちは早々そうそうに用をして部屋へと戻る。

部屋に戻る道中「早かったねー。」と言うロシエル殿の声が聞こえたが無視だ。

その後ヴィン殿がロシエル殿の頭をたたいたのが見えた。

ヴィン殿。ナイスです。

そしてソニア殿と私は何事もなく無事部屋に戻ることが出来た。

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