地獄の税徴収日

神聖暦しんせいれき7年。3の月、31日目。平民街へいみんがい

 「相変わらず貧乏臭びんぼうくさい場所ですね。ここは…。」

まるで汚物おぶつでも見るかのように平民街へいみんがいを見下ろす帝国宰相ていこくさいしょう、アマン・ベルモンド。

朱色しゅいろのフロックコートを羽織はおり、両手でつえつかまり、見晴らしのいいおかに立っている。

フロックコートの裏地うらじにはとら毛皮けがわを使っているのか、ラペルの部分から模様もようが見えている。

かなり高価な物であるのは素人目しろうとめに見ても明らかだ。

とにかくざいついやしたと言うちをしている。

そしてかたわらには第一補佐官だいいちほさかんのカルデラ・ハイルディンの姿もある。

カルデラもアマンと同じような緑のフロックコートを身にまとい、同等どうとうの価値とまではいかないが、それなりに高価な物と言うのがうかがえる。

頭にはハゲ隠しのためか、大きめの帽子をかぶっている。

 「カルデラ。あれをお見せなさい。」

アマンはカルデラの方を見ず、手だけをカルデラに向けて要求をする。

「はい!」と返事をすると、カルデラは手元の資料の中から1枚の紙を取り出し、アマンに手渡す。

そこに書かれている内容はこうだ。

交付書こうふしょ

1、規定徴収額きていちょうしゅうがく・大人1人当たり800万VB。

子供1人当たり500万VB。

2、税に関しては現物での徴収ちょうしゅうも認める事とする。その場合、規定徴収額きていちょうしゅうがくに相当する価値のある物にかぎられる。

各物品かくぶっぴん相場そうばは別紙に記載きさい

3、人間を徴収物ちょうしゅうぶつとして納める場合15歳未満の子供の価値を、基本として500万VB。

16歳以上の大人の価値を、基本として300万VBとする。

これについては持ち合わせる技能ぎのう教養きょうよう、そして疾患しっかんや年齢について様々な側面からの状態を加味かみし、価値を見定みさだ基本額きほんがくを上下させるものとする。

その判断については各地域の徴収担当責任者ちょうしゅうたんとうせきにんしゃ一任いちにんする。

4、1VBでも規定徴収額きていちょうしゅうがくに満たない場合、即時全財産そくじぜんざいさん没収ぼっしゅう、市民権を剥奪はくだつの上、ケージに強制連行きょうせいれんこうする事。

5、さきの帝国会議で徴収ちょうしゅう免除めんじょされた者は【免税証書めんぜいしょうしょ】を徴収担当者ちょうしゅうたんとうしゃに提出することで徴収ちょうしゅう免除めんじょするものとする。

6、上記5項目に従わない者、抵抗する者に関しての扱いは徴収担当責任者ちょうしゅうたんとうせきにんしゃ一任いちにんする。』

VB(ヴァールブラン)と言うのはヴァール帝国の通貨単位つうかたんいだ。

1VB=1円と思ってくれて構わない。


 「ふふふ。カルデラ?あなたも随分ずいぶん容赦ようしゃがなくなりましたねぇ?」

一通り資料を見終わったアマンはいやらしく笑うと、カルデラに視線を送った。

「おたわむれを。全ては帝国会議で決まった事案じあんです。」

カルデラは少し緊張した面持ちでアマンに返答をする。

「ほぼ全て皇帝の独断どくだんではありますがね。なぜいちいち下民げみんをケージに閉じ込め生かしておくのかが私には理解できませんが。」

アマンは少し視線を変えてケージの方に目を向けた。

ケージの入り口付近では早速下民落ちした平民が続々と連行されている。

「そろそろ平民街へいみんがいの土地があまころでしょう。カルデラ。明日以降、平民街へいみんがい区画整備くかくせいび着手ちゃくしゅしなさい。余った土地は貴族連中きぞくれんちゅうに売り払うなどして資金を調達しておきなさい。」

どこまでも狡猾こうかつ利益りえきのみを追求ついきゅうする。それがアマン・ベルモンドと言う男である。

承知致しょうちいたしました。陛下はこの話を知っておいでなのですか?」

「陛下は私に全てを任せると言っておいでです。これくらいの小事しょうじを一々報告するまでもありません。」

カルデラは一瞬戸惑いを見せたが、「かしこまりました。」と言い、一歩下がった。

皇帝を怒らせれば首が飛ぶ。アマンを怒らせれば立場を追われる。

厳しい立ち位置にいるカルデラは言われたことを忠実にこなすことでしか自分の立場を守れないと言う事は重々承知していた。

だからこそ王に対しての不敬ふけいと思われるこのアマンの独断行動どくだんこうどうについても目をつむることしかできなかった。


 「さて、それでは私は帰ります。こんな貧乏臭びんぼうくさい場所にいては頭がどうかしてしまいそうです。」

そう言うとアマンは身をひるがえし、近くに止めてある馬車に向かって歩き出す。

「あとの事はあなたに任せます。今日中に下民げみんになった者の総数そうすうを報告なさい。」

それだけをカルデラに言い残し、アマンは馬車に乗り込んだ。

「お任せを。」

そういって腹部ふくぶに右手を当てて、頭を下げるカルデラは馬車が見えなくなるまでその場で頭を下げ続けた。

 しばらく頭を下げ続けたカルデラはアマンが乗った馬車が見えなくなると、頭を上げた。

「つらい立場だ…」

1人になった途端とたん溜息ためいきと共に愚痴ぐちこぼすカルデラ。

重そうな足を使って先程アマンが立っていた見晴らしのいい丘に向かい、平民街へいみんがいの様子を見た。

 今回の徴収ちょうしゅうで多くの平民が下民落ちするだろう。

ヴァール帝国、いや、税徴収ぜいちょうしゅうが始まって以来、年々ねんねん徴収量ちょうしゅうりょうは上がっている。

いよいよ限られた者しか生き残れない状況まで来ているのは明らかだった。

カルデラでさえ、このまま税徴収ぜいちょうしゅうを続けることに何の意味があるのか分からなくなっている。

しかしその追及ついきゅうを行った所で状況は変わるはずもない。

それよりも苦しむ人のために動ける人間ではないと言う事は自分が1番よく分かっている。

ヴァール帝国にいる以上、アマンの庇護下ひごかに居れば身の安全は保障される。

「許されよ平民諸君へいみんしょくん。」せめてものなぐさめとして、それしか言えないカルデラの背中には少し哀愁あいしゅうただよっていた。

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