期待と不安、そして憂鬱

 非情ひじょう憂鬱ゆううつな気分だ。

明日の今頃いまごろ、このケージの中は地獄絵図じごくえずと呼ぶに相応ふさわしい状態になるだろう。

さきが見えているぶん、押し寄せる不安感ふあんかんも相当なものだ。

ロシエル殿どのはそこを見越みこしていたのだろう。

本当に彼にはすくわれてばかりだ。


 今日この小要塞しょうようさいにロシエル殿どの友人ゆうじんが2人来るらしい。

その内の1人は私と同年代どうねんだいだと言うから、楽しみな反面はんめん、少し不安ふあんもある。

ずかしながら私は人との適切てきせつ距離感きょりかんと言うものがよく分からないんだ。

わけに聞こえるかも知れないが、ケージに来てからはロシエル殿どの捜索そうさくのための聞き込み程度ていどで、それ以上いじょうはなしふくらませることはなかった。

そして王族おうぞくであったころは、みなつかうように話をしていた。

立場上たちばじょう仕方しかたない事とは言え、どこかで『普通の女の子』と言う立場たちばあこがれを持っていた。

だからこそ、あこがれだった存在とのせっし方に少し不安をいだいている。

 そしてもう一つ。れいのハゲマッチョと呼ばれていた方。

確か名前はヴィン殿どのだったと思う。

このかたについてはふかく考えないようにしているが、あだ名のインパクトが大きすぎて頭からはなれないんだ。

ロシエル殿どのは「世話焼せわやきでいい人。」と言っていたが、たしてどんな御仁ごじんなのだろうか。

 期待きたい不安ふあん。どちらも大きいが、ここはロシエル殿どのを信じる以外いがいみちはない。

ロシエル殿どのが2人を呼びに行ってから結構時間けっこうじかんっている。

説得せっとくできたら連れてくる。」とは言っていたが、うまく説得せっとくできたのだろうか?

とりあえず私は、自分の正体しょうたいとロシエル殿どの正体しょうたいを明かさぬようにつとめなければいけない。

それがロシエル殿どのわした約束やくそくだ。

うっかりミスがないように今から気持きもちをかええておこう。



結構けっこうあるかせるなぁおい!」

何やらぶつぶつ言いながら歩いているハゲ…ではなく、ヴィンさん。

「森に入っちゃえばすぐだからもう少し我慢がまんしてよ。」

そう言ってヴィンさんをなだめながら東海岸ひがしかいがんから西海岸にしかいがんに向かって歩いていく。

この森は【ベルゲンの樹海じゅかい】と呼ばれている。アンバー大陸たいりく北端一帯ほくたんいったいめる大森林だいしんりんだ。

東海岸ひがしかいがんから樹海じゅかいに入ることもできるが、東海岸側ひがしかいがんがわには山があって、そこを大きく迂回うかいして西の方に進まなければいけないため、樹海じゅかいけて西海岸にしかいがんかって歩いていると言う感じだ。

西海岸にしかいがんの方から樹海じゅかいに入れば小要塞しょうようさいまでの距離きょり然程さほどないため、断然だんぜん西側にしがわから樹海じゅかいに入るほうが安全なんだ。

そして今は人類じんるいたからであるソニアを同行どうこうさせている。まんいちがあってはならない。

「ヴィンさん。文句もんくを言わずに歩いてください。」

「わかってるよ!」

ソニアは先程さきほどから一切文句いっさいもんくを言わずに付いて来てくれている。

ソニアのつめあかでもせんじてませたいくらいだ。

いや、むしろ僕が飲みたい。

気持ち悪いなんて事はひゃく承知しょうちだ。

「ソニアは大丈夫?疲れたらいつでも言ってね?」

「ありがとうルービスさん。私なら全然大丈夫ですよ。」

疲れているはずなのになんていい子なんだろうソニアは。

「ルービス。俺は疲れたぜ。休憩きゅうけいにしようや。」

このハゲマッチョめが。筋骨隆々きんこつりゅうりゅうなのは見た目だけかよ。

「ヴィンさん。がんばれ。」

僕はなく言いはなった。

「お前ソニアと俺とで態度たいど全然違ぜんぜんちがうくねぇか?」

何を当たり前の事を。そんなの気にする時点じてんでおこがましいぞ。

「ヴィンさん。文句言わずに歩きましょう。」

ソニアからもげきぶ。

「はいはい。わかりましたよ。」

ヴィンさんは渋々しぶしぶと言う感じで返事をする。


 歩みを進めること数分すうふん西海岸にしかいがん到着とうちゃくする。

「やっと辿たどいた。」

そう言いながら「もうへとへと」と言わんばかりにヴィンさんはその場にすわむ。

ソニアも「遠かったですね~。」と言いながらその場にこしを下ろした。

なんか2人共りとも到着とうちゃくした雰囲気ふんいきになってない?

あれ?僕森の中って言ったよね?

「あの…非常ひじょうに言いづらいんだけど、これから森に入ります。」

「「!?」」

そんな2人でびっくりしないでよ…。

「僕森の中って言わなかったっけ?」

ソニアまでびっくりしているから僕も言ったかどうか不安になってきたぞ。

「言ってました…。」

「…」

ソニアがすぐに返事をくれる。

よかった…。僕の勘違かんちがいだったらどうしようかと思った。

そして完全につかてている様子のヴィンさん。

今いる場所から森に入ってしまえば小要塞しょうさいまではすぐだ。

少し日がかたむいてきたが、暗くなる前には充分じゅうぶん辿たどり着けるだろう。

「2人共疲れてるみたいだから少し休憩きゅうけいしよっか。」

「助かります…。」

「もう歩けねぇ…。」

思えばここに来るまでほとんど休憩きゅうけいせずに歩いてきた。

ソニアはまだしもヴィンさんの体力の低下がいちじるしい。

まぁヴィンさんの年齢ねんれいを考えれば仕方ないか。


 「そろそろ大丈夫?」

しばらく時間がったのを見て、おそおそる2人にたずねてみる。

「私はもう大丈夫ですよ!」

ソニアが元気に返事をする。さすが若者わかものだ。

「ヴィンさんは?」

ヴィンさんからの返答がなかったため直接ちょくせついてみる事に。

まだ少しくらいなら休憩きゅうけいしていても平気へいき時間帯じんかんたいだ。

早く小要塞ようようさいくことにしたことはないけど、無理をするのは良くないし。

ヴィンさんがまだ無理そうなら休憩時間きゅうけいじかん延長えんちょうしようと思っていたのだが、「だ、大丈夫だ。」と返事が返ってきた。

本当に大丈夫かな?

少し心配だけど、本人が大丈夫だいじょうぶと言っているならそれに従った方がいいだろう。

「それじゃぁ、森に入ったら一気に要塞ようさいまで歩くからちゃんといて来てね?」

「はい!」

「おう。」

僕は2人の返事へんじを聞くと、森に向かって歩みを進めた。

「ここからは危険領域きけんりょういきだから、2人共気りともきを抜かないようにね!」

振り返ってソニアとヴィンさんにそう伝えると、2人は力強くうなずいた。

無事ぶじ辿たどくことができたら今夜は4人でパーティーだな。

そんなことを考えながら僕たちは小要塞しょうようさいを目指した。

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