前日

神聖暦しんせいれき7年。3の月、30日目‐

 ついに明日か…。

3の月最終日の前日に当たる今日、ケージ内はしずまり返る。

それは、もはや恒例行事こうれいぎょうじとなった【税徴収ぜいちょうしゅう】が明日行われるからだ。

「明日は地獄じごく。」恐らくケージ内にいるほとんどの人間が思っている事だろう。

もちろん僕もそう思っている1人だ。

これだけは何度経験しても慣れない。いや、そもそもこれに慣れるようでは人間として終わっていると思える程の地獄じごくが明日と言う所までせまって来ているのだ。

今年はどれくらいの平民へいみん下民げみんとしてここに送られてくるのだろうか?と考えるだけで気分はしずむ一方だ。

僕でさえここまで気が滅入めいるんだ。

レティの思いを考えるとさすがにたたまれないな。

 2日前は楽しく猪肉ししにくパーティーをしていたことを考えるとまさ天国てんごく地獄じごくって感じ。

 レティは今も小要塞しょうようさいの部屋に閉じこもっている。

そう、僕が必死になって害虫駆除がいちゅうくじょを行って、やっとの事で人が住めるくらいまでにしたあの部屋だ。

だってさすがに女の人に外で寝てくれとか言えないでしょ?

それに僕は木の上で寝るとかはもう慣れっこだからさ。

でもちょっと心配ではある。

いつもなら3食きっちり食べるレティが今日は朝から出て来ない。

「ごはんですよ~。」って声をけても「今日は食欲しょくよくがない。」と言う返事しか返ってこない。

食欲がないと言っても何も食べないのは体にどくだ。

そう思って僕は軽く食べられそうな物を作ってレティに届けることにした。

それにレティには少し話しておきたいこともあるしね。


 「レティ。入ってもいい?」

部屋の前に立ってレティに入室の許可をもらうため声を掛ける。

いきなり入って着替えシーンだったら命が無くなってしまう。

「ちょっと待っててください。」

返事が来た。言われた通り少し待つ事に。

もしかして本当に着替えてる最中だったのかな?そんなまさか。

程なくしてレティから「どうぞ。」との声が聞こえてきた。

僕はゆっくりと扉を開けて入室する。

「着替え中だった?」

「何を言ってるんです?」

レティのすような視線しせんが痛い。

「冗談だ。食事を持ってきた。食欲がなくても食べられそうな物を作った。少しでもいいから食べてくれ。」

なかば押し付けるように野草やそうのスープが入った容器とスプーンもどきを手渡てわたす。

「ありがとうございます…。」

やっぱり明日の事が相当そうとうがかりなんだろうな。

肉パーティーをしていた時のテンションとはまるで違う。

「レティ。ちょっとたのみがあるんだけどさ。」

「なんですか?」

レティはベッドにこしけ、スープをかき回しながら返事をした。

「ちょっとここに連れて来たい人がいるんだ。2人。」

「連れて来たい人?」

「そう。僕がここでもっと信頼しんらいしている2人だから変な人とかではないよ。」

「それは別にかまいませんが。私もここでは居候いそうろうの様な身ですから。」

そんなこと気にしてたのかレティは。

「その部分に関しては本当に気にしなくていい。こっちも居候いそうろうだなんて思ってないから。」

するとレティはきょとんとした顔になった。

どこまで腰が低いんだよこの王女様。

「2人のうちの1人はレティと同じくらいの女の子だよ。ソニアって言う子なんだ。」

「そうなんですか。会ってみたいですね。」

同性どうせい同年代どうねんだいの子がいれば少しはレティも気が楽になるかもって考えている。

「あとの1人はハゲマッチョことヴィンさんだ。」

「…」

どうしよ。レティが絶句ぜっくした。

「安心してくれ。無害むがいなハゲマッチョだ。むしろ世話焼せわやきのいい人だ。」

「へ、へぇ…。」

レティの顔が引きつっている。

「ここに連れて来てもいい?」

「も、もちろんです。」

ちょっといやそう。ハゲマッチョって単語たんごがまずかったかな?

「あ!それと、僕がロシエルってのは内緒ないしょにしといてくれない?」

信頼しいらいしているのに正体をかしていなかったんですか?」

「いや、明かす程の事でもないと思ってさ。」

今度は僕がきょとんとした顔をするとレティは「はぁ~」と溜息ためいききながら「あなたと言う人は…」と言ってあきれている。

あきれるほどの事かな?

「わかりました。一先ひとまずはあなたの正体はだまっておきます。お二人の前では「ルービスさん」とお呼びすればいいのですね?」

「そうそう。そんな感じで頼むよ。」

レティは物わかりがよくて助かる。

「それならば私の正体もせておいた方がいいでしょう。いらぬ気遣きづかいをさせてしまう事も考えられますから。」

「それもそうだねぇ。王女様と一緒に生活なんて事になったらあの2人は委縮いしゅくしちゃいそうだし。」

あの2人は良くも悪くも育ちがいい。

ソニアは言うまでもないけど、ヴィンさんも元は軍人だ。

今は身分が等しいと言っても元はアストレア王国の王女様って事が分かれば確実に委縮いしゅくしちゃうな。

まぁ、いずれレティと僕の正体を明かすにしても今言うのは得策とくさくではないな。

と言うか、今まで考えてこなかったけど、僕の正体がアールベルトって事が分かったらヴィンさんがひざまずきそうで怖い。

あのハゲマッチョに様付さまづけで呼ばれたら寒気さむけがしてきそう。

さすがにそれは考えすぎか。

ただの穀潰ごくつぶ同然どうぜんだった僕が実はアールベルトでしたってなったら逆に怒られそう…やっぱりだまっておこう。

「あ!」

ヴィンさんの事を考えていたらある重大な事を思い出した。

僕が突然声を上げたもんだからレティはビクっとしながら聞いてきた。

「どうしたのです?」

「レティ。もう一つ頼みがあるんだ。すごく大事なこと。」

「な、なんですか?」

僕のはなつただならぬ空気に何かを感じ取ったのか、レティは固唾かたずを飲んでこちらの返答を待った。

「ヴィンさんの事をハゲマッチョって言ってたのは内緒にしておいて欲しい。」

かなり重い空気を放ちながら言う僕に対してレティは虫を見るような目でこちらを見ていた。

「…」

返事がないぞ。もしやレティはバラすつもりなのか。

「レティ。ヴィンさんはマッチョはいいがハゲと言うとめちゃめちゃ怒るんだ。そうなると僕の命が非常ひじょうあやうい。頼むからだまっていてくれないかな?」

ほとんど土下座どげざと言ってもつかえない程の低頭ていとうで僕はレティに頼み込む。

「…わかりました。」

「さすがレティ。僕の命を救えるのは君だけだ。」


 この時の僕には見えていなかったんだ。

レティが僕に対して向ける視線が、ゴミを見ているかのような視線に。

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