心の変化

 この小要塞しょうようさいを見つけてから苦節くせつ10日間。

僕の人生最大級の悲願ひがんが今、成就じょうじゅする一歩手前まで来ている。

「ロ、ロシエル殿。もう良いのでは?」

レティが早くGOサインを出せと言わんばかりに今か今かと身構みがまえている。

「いや、まだだ。ここで奴を動かしてしまっては今までの苦労が水泡すいほうに帰す。絶好の機会きかいは必ず来る。今はえる時だ。」

「しかし…私はもう…」

えきれなくなったレティが目標に向けて右手を伸ばした。

馬鹿野郎ばかやろう!」

僕はそう言うとレティの右腕みぎうでをガシッと掴む。

「こんな生殺なまごろしもうえられるか!後生ごしょうだロシエル殿!早くそれを私に!」

「このいやしんぼうめが!猪肉ししにくはしっかり火を通さないと食中毒しょくちゅうどくになるでしょうがぁ!」

 そう。僕たちは今、昨日捕まえたいのししの肉を使ってステーキを焼いている最中だった。

「知らないのかロシエル殿!猪肉ししにくと言えど鮮度せんどたもっていれば多少たしょう生焼なまやけでも問題はないのだ!いや、新鮮であればこそミディアムな焼き加減かげんいただくのが最高に美味びみなのだ!。」

「やかましいぞレティ!冷蔵施設れいぞうしせつのないこんな所でどう鮮度せんどたもてと言うんだ。」

解体かいたいしたのは昨日だ。まだ新鮮に決まっている。」

「これだから素人しろうとは…」

僕ははぁ~と溜息ためいきをつきながらレティにあわれみの目を向ける。

素人しろうと…だと?」

少しレティはお怒りの様子。

美食びしょくに関して私の右に出る者は「静かにしろ。肉の声が聞こえん。」

僕はレティの言葉をさえぎった。だってうるさいんだもん。

「き、貴様きさま…」

おー。レティがプルプルふるえてる。だけど今の僕にとってそんな事は取るに足らない小事しょうじだ。

「今だ!」

そうさけんだ僕は肉をサッと鉄板てっぱんから取り上げ大皿の上にせる。

次は黒曜石こくようせきの包丁で手際てぎわよく一口大ひとくちだいの大きさに切り分け、レティと僕の皿の上に肉を置いていく。

そしてあらかじめ用意しておいた野草やそうを使いいろどりくわえる。

この間およそ5秒。

「さぁ食えレティ!ロシエル謹製きんせい極上猪肉ごくじょうししにくステーキ、~季節の野草やそうえて~だ!。冷めないうちにし上がれ!」

先程まで怒りに震えていたレティだったが、目の前に数年ぶりの肉を出されると怒りは即座そくざんだようだ。

「ゴクリ…」

「うまっ!」

レティが肉にひるんでいるうちに僕はもくもくと食べ進めた。

「ず、ずるいぞ!私も…」

慌てて猪肉ししにく頬張ほおばるレティ。

「お…おいしい…」

元王女とは思えない程のだらしない表情で肉を次々と頬張ほおばっていく。

「こんな姿お父上が見たら泣くぞ。」とは本人の前では言えず、ぐっとこらえる。

「ロシエル殿!次だ!次の肉を焼きましょう!」

丹精たんせいめて焼いたんだからもっと味わってよ!」

「存分に味わっています!さぁ!次を早く!」

まるでえさを求める狂犬きょうけんの様な目で次の肉を要求ようきゅうしてくる。

まぁ、無理もないか。

僕もくさってない肉を食べるのはケージに来てから初めてだ。

「いいだろう!次はハーブっぽい野草やそうをふんだんに使って下味したあじをつけた香辛焼こうしんやきだ!心して待っていろ!」

香辛焼こうしんやき…」

肉ってすごいよね。何年も食べないだけで人間をここまで豹変ひょうへんさせるんだもん。

香辛焼こうしんやき」って単語たんご聞いただけで元王女様うっとり顔だよ。


 じゅ~と肉を焼くいい音と香辛料こうしんりょうのいい香りが周囲に広がっている。

鉄板てっぱんの上でこんがりと焼かれている猪肉ししにく凝視ぎょうししている元王女、もといレティ。

彼女の中で何かあったのだろうか。ここに来たばかりの頃と違って随分ずいぶんと明るくなった。

まるで周囲に緊張感きんちょうかんをまき散らすかのような、独特どくとく雰囲気ふんいきりをひそめ、今はギャグ路線ろせんまっしぐらのコミカルな感じになった。

僕の中ではいい変化だと思う。


 「まだですかロシエル殿?」

「慌てるな。心配しなくても肉は逃げん。」

「そ、そうですよね。」

今はただの肉バカだ。

こうしてあらためて見てみると、元王女様も普通の感性かんせいを持った女の子なのだと思えてしまう。

今まで背負せおってきた重圧じゅうあつと言うものが余程重よほどおもかったのだろう。


 いろいろ考えているうちに鉄板てっぱんの上の猪肉ししにくは食べ頃だ。

先程と同じ要領ようりょう大皿おおざらに肉をうつし、慣れた手つきで切り分けていく。

2人分の皿に盛り付ければ完成だ。

「さぁ出来たぞ!特性とくせいスパイスの猪肉ししにくソテーだ!」

「いただきます!」

出された瞬間しゅんかんに肉に食らいついた。

ここまで美味しそうに食べてくれると、作った方としては実に気分がいい。

まぁ、そのおかげで僕のテンションも少しおかしくなっていたんだ。

 

 あの話し合いから3日。

レティが今何を思っているかはわからない。

僕として忠告すべきところは全て忠告したつもりだ。

あとはどう判断するのかは本人に任せよう。

あの時のレティは本当に心に余裕がないと言う感じがひしひしと伝わってきた。

この国を、国民を救うと言う使命感しめいかんのみで動いていた印象いんしょう色濃いろこかった。

だからこそ僕はその意見にいなを突きつけた。

気の持ち様が違うだけで、人間は全く違った考えが浮かぶものだ。

気が沈んでいる時に物事を考えると大抵たいていマイナスの方向にばかりに考えが行ってしまう。

逆に気持ちが上向きならそれだけでプラスの方向に考えが向く。

ここに来た時のレティは明らかに前者ぜんしゃだった。

だけど今は少しずつ気持ちを上に向けようとしている。

これならきっといい選択ができるはずだ。

 「ロシエル殿。もう焼かないのですか?」

「…」

どうやら今は肉の事しか頭にないらしい。

「少し待っててくれ。今新しい肉を持ってくる。」

こうして、この日の夜は2人して久々の肉をたらふく食べた。

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