操り人形

帝都ていとアクイタニア、アンティーヌ城‐

 「まだ奴は見つからんのか?」

今日も皇帝・シャルルは不機嫌ふきげん様子ようす宰相さいしょうアマンに対してたずねた。

「申し訳ございません。全力をげて捜索そうさくしていますが、まだ見つかりません。」

アマンはばつが悪そうに皇帝に対して返答をする。

「早く俺の前に連れてこい。生死せいしわん。」

「しかし陛下へいか。あれから7年も経っているのです。もう死んでいる可能性もおおいにございます。」

「口答えをするな。いつから俺にそんな口をけるようになった、アマン?」

アマンの言葉に対し、気にくわなかったのか、皇帝は視線しせんするどくしてアマンをにらむ。

「口答えなど滅相めっそうもございません。引き続き、全力で捜索そうさくに当たりますゆえ、もうしばしお待ちを。」

アマンももうれたのだろう。皇帝のにらみなどかいさず言葉を続ける。

「全てはシャルル皇帝陛下のために。身命しんめいして事に当たります。」

わざとらしくひざまずき皇帝にこれでもかとこびを売る。

「ふっ。じつにお前らしいぞアマン。少しは期待きたいしてやる。」

「ありがたきお言葉。」

ひざまずいているひまがあるならさっさと探せ。奴を見つけ出したらお前にはさらなる褒美ほうびをくれてやる。」

「承知致しました。」

アマンはニヤッと笑いながらすっと立ち上がると、「では、失礼致します。」と言って玉座ぎょくざの前から姿を消した。

「奴さえ居なくなればうれいは無くなる…。」

皇帝は玉座ぎょくざの上でそうしずかにつぶやいた。


 「私はあなたほど悪人あくにん、見たことがありませんよ。」

玉座ぎょくざ後方こうほう、皇帝と世話係せわがかりものしか立ち入ることが出来ない控室ひかえしつから姿を現した男が皇帝に対して言葉をはっした。

「ザヒール殿。」

本来であれば、皇帝に対し「悪人あくにん」などと言おうものなら即座そくざ一族いちぞく皆殺みなごろしにされるほど大罪たいざいであるにもかかわらず、この男は平気でそれを口にする。

そして皇帝もこの男に対しては一切いっさいとがめるようなことをしない。

 彼の名前はザヒール・クロエ・ヴァスティーユ。

頭髪とうはつかたほどの長さまでばした髪型かみがた。背は低くがたで、がった目が特徴的とくちょうてきで、皇帝に対しても随分ずいぶん太々ふてぶてしい態度たいどっている。

「少し彼を酷使こくししすぎではありませんか。皇帝陛下?」

ザヒールは皇帝にややかな視線しせんおくりながら言った。

「この帝国で俺が最も信頼しんらいを寄せるのが、あのアマンだ。あいつ以外のしん信用しんようできない。だから俺はあいつにしか物をたのまん。」

玉座ぎょくざ頬杖ほおづえをつき、不機嫌ふきげんに返答をする皇帝。

「あなたと言う人は…。」

そう言いながら頭をかかえるザヒール。

だがその口元くちもとは、ややニヤついているようにも見える。

「用がないならさっさとお引き取り願おうかザヒール殿。あなたにかまっているほどひまじゃないんでね。」

「おやおや。これは手厳てきびしい。」

ザヒールは相変あいかわらず飄々ひょうひょうとした態度たいどくずさない。

随分ずいぶん妹君いもうとぎみにご執心しゅうしんの様ですが、ひょっとして皇帝陛下はシスコンですか?」

「……おい。」

皇帝はザヒールの言葉についにいかりが頂点ちょうてんに達した。

「あまり調子に乗るなよザヒール。俺が一言ひとこところすと言えば貴様きさまの死は絶対だ。」

頬杖ほおづけをついたままの皇帝は眼光がんこうするどくしてザヒールをにらみつける。

しかし皇帝の怒りのにらみもザヒールにとっては効果がないのか、態度をあらためる気は更々さらさらないようだ。

それどころか、「ふふふ。」と笑いだす始末しまつ

「何がおかしい?」

「これは失礼。つい笑みが…どうかお許しを皇帝陛下。」

ザヒールはわざとらしくその場にひざまずく。

皇帝は玉座から立ち上がり、ザヒールの前まで歩いてくると、上から見下ろすようににらみつける。

「次同じようなことがあれば容赦ようしゃなくその首刎くびはねるぞ?」

凄まじい気迫きはくせまる皇帝。

周りにいる衛兵えいへいは気が気じゃない様子で2人のやり取りを静観せいかんしている。

そして、相変わらずザヒールも皇帝のその気迫を目の当たりにしても一向いっこうひるむ様子がない。

あろうことか、ザヒールはその場にすっと立ち上がった。

「おい。誰が立ち上がっていいと言った?」

こう言った場合、よく耳にする「おもてを上げよ」や「ちこれ」などの言葉がないと普通は動くことすら許されない。

だが、ザヒールはそんな常識じょうしきなどおかまいなしで皇帝と向き合い立っている。

「おい。こいつのくびねろ。」

皇帝は近くにいた衛兵えいへいに向かってそうげた。

衛兵えいへいは「はっ。」と短く返事をするとザヒールの近くまで走り寄り、腰に下がる剣をさやから抜いた。

皇帝は「やれ。」と急かす。

衛兵えいへいは剣を両手で持ち、それを振り上げる。

しかしザヒールは不敵ふてきみをくざさない。

「皇帝陛下。私を殺すのは勝手ですが、あなたも、この国も、無事では済みませんよ?」

その言葉に剣を振りかぶっていた衛兵えいへい戸惑とまどいを隠せず、動きを止める。

そしてザヒールは動きが止まった衛兵えいへいに向かって、「君も、私を殺すのなら相応そうおうの覚悟をしておきたまえ。君も、君の一族もみんな死ぬことになる。」とおどすような態度たいどではなく、優しくさとすように言った。

ザヒールは顔は笑顔ではあるが、目だけはするどい目つきになっている。

ぞくに言う目が笑っていないと言う状態じょうたいだ。

衛兵えいへいの中では皇帝からの威圧いあつよりザヒールへの恐怖きょうふまさったのだろう。振り上げていた剣を下ろす。

「何をしている。貴様ができないなら俺がやる。」

皇帝はそう言うと衛兵えいへいの右手から剣を奪い取り、ザヒールに切りかかろうとした。

しかしザヒールはすでに皇帝の目の前まで来ていた。

後ろで手を組み、悠々ゆうゆうと歩き、皇帝とはほぼゼロ距離きょりの状態。

「あまりえなさるな。」

そう言いながら皇帝の顔に自分の顔をどんどん近づけていくザヒール。

もはや口づけが出来るほどまで顔を近づけると「今のあなたのお姿を見たら、あの御方おかたもさぞ悲しむでしょう。」と、まるで皇帝を脅迫きょうはくしているような言動。

実際、皇帝はその言葉を聞いただけでひたいから大量のあせき出していた。

手の力が抜けたのか、持っていた剣を床に落とす。

「はぁはぁ」と全力で走った後の様に呼吸をあらくしている。

その皇帝の様を見て、ザヒールは一歩後ろに下がると、再びにっこりと顔に笑みを浮かべ、「ふふふ。それでいいのですよ皇帝陛下。飼い主にみつくペットなんて私は嫌いですからね。」そう言いながらザヒールは身をひるがえすと、ゆっくりと歩きながら玉座の間を後にした。

玉座ぎょくざの間に残された皇帝と数人の衛兵えいへいは、そんなザヒールの後ろ姿を目で追う事しかできなかった。

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