重圧からの解放

 ロシエル殿との会話後、2日が過ぎていた。

無事に足が動くようになり、動き回れるようになった私はワーグナーの墓前ぼぜんで静かにいのりをささげていた。

あれからお互い話をしていない。

私もなみだを見せた手前、気まずさはあるし、彼もはっきり言った手前てまえ気まずいのだろう。

それでも彼は私の介抱かいほういやがらずにやってくれていた。

おかげで私はこのように自分の足で動き回れるほどまでに回復した。

本当に律儀りちぎな男だ。

 ロシエル殿から言われたことは、全て現状げんじょうもとづいた考察こうさつだ。

彼の言っている事は9割以上正しいのだろう。

もちろん、私だってそこまで考えていなかったわけじゃない。

ただ少し、アストラル王国を再興さいこうさせることに前のめりになっていただけだ。

たぶんロシエル殿はそこも分かった上で、あえて私に現実を突きつけたのだろう。


 正直、王国の再興さいこうあきらめると言う事は私の人生を否定ひていすることに等しい。

クーデターが起こる前までは、国民のために生きることをお父様からおしまれた。

クーデター後、ケージの中に来てからは王国の再興さいこうこそが国民のためだと思って生きてきた。

今でもその気持ちにいつわりはない。国民あっての王族。国民あっての国なのだから。


 私の兄であるシャルルは国民をないがろにしすぎている。

今この国は腐敗ふはいしきっている。

権力至上主義けんりょくしじょうしゅぎ体制たいせい堅持けんじし、いつくしむべき国民をこんなケージの中に入れ、しいたげている。

これが兄の望んだ国だったのだろうか。

今にして思えば、何故なぜ長男であるシャルルが王位継承権おういけいしょうけん剥奪はくだつされたのかが分かる。

お父様にはシャルルの本質ほんしつが見えていたのだろう。

だからこそ、シャルルではなくアイナお姉様と私に王位継承権おういけいしょうけんうつしたのだろう。

 まもなく税の徴収日ちょうしゅうびがやってくる。

また多くの国民が絶望ぜつぼうし、このケージ内は悪い意味でさわがしくなる。

一体シャルルはいつまでこんなことを続ける気なのだ。

このままこんなことを続ければヴァール帝国とてただではまない事くらい分からないのか。

 だめだな。考えれば考えるほどマイナスの方向に考えが行ってしまう。

このままでは最良さいりょう選択せんたくなどできないだろう。

少し気晴きばらしでもした方がいいか。

私は少し頭の中を整理しようと小要塞しょうようさい近くの高台たかだいに移動した。

ここからは海が見えるので、ながめていれば少し気がまぎれそうだ。

高台たかだいに上ると、少し強めの風がいていた。

私はかみを押さえながら、その場にすわんだ。

やはり海はいい。しずんだ気持ちも波の音が洗い流してくれるような、そんな心地ここちだ。

思わずその場にそべって次は空をながめる。

空をながめながら、波の音を聞く。ケージの中でなければ最高のロケーションだ。

 すると、急に眠気ねむけおそってきた。

でも今は睡魔すいまあらがえる気がしなかった。

「今日くらいはいいよね。」

思えばケージの中に来て7年ほど、1秒でも気が抜ける時はなかった。

こんな野原のはら無防備むぼうびようものなら「おそってください」と言っているような状況じょうきょうの中で生きてきたからな。

そんなことを考えながらうとうとしていると、私の意識いしきは夢の中に直行ちょっこうするはずだった。


 ガサガサ。

私が横になっているとすぐ近くの草むらからそんな音が聞こえた。

はっとしてすぐに起き上がり、警戒態勢けいかいたいせいを取る。

まさか、また野犬やけんか?

あの壮絶そうぜつな追いかけっこからまだ3日しか経っていない。足もようやく治ったと言うのにここでまたおそわれたら笑い話にもならない。

とにかく逃げなきゃ。私の頭の中にかんでいるのは「逃げろ」の3文字のみ。

 しかし草むらから聞こえる音はどんどんこちらに近付いている。

急がなきゃ。私はなるべく音を立てないように立ち上がると、足音もなるべく立てないよう、ゆっくりと小要塞しょうようさいに向けて動き出した。

 小要塞しょうようさいまでの距離きょりはおよそ30メートルほどだ。

走ればすぐだが、その足音を聞けばけものはすぐさまおそかってくるだろう。

3日前は夜のやみまぎれておそわれたが、今は昼間。辺りも明るい。

あの時の状況じょうきょうとはまるで違う。

ゆっくりと、しのび足で小要塞しょうようさいまでかって行く。

落ち着け、落ち着け。自分にそう言い聞かせながらはやる気持ちをおさえ、ゆっくりとを進める。

 草むらから聞こえる音がどんどん鮮明せんめいに聞こえてくる。

いつ草むらから飛び出してきてもおかしくない。

そう思った私は、一気にける事を選択した。

少しずつあゆみを進めた結果、小要塞しょうようさいまで約20メートルほどまで近付ちかづいていた。

この距離きょりならすぐ中に逃げ込めると思ったからだ。

 すると草むらから何かが飛び出してきた。

何が飛び出してきたかなど分からない。

そんな事を確認していたら逃げ遅れてしまう。

草むらから何かが飛び出してきたのとほぼ同時に私は小要塞しょうようさいに向けて全力疾走ぜんりょくしっそうしようとしたのだが…

後ろから聞こえた音は「今夜は猪鍋ししなべだーっ」だった。

思わず転びそうになるのをグッとこらえながら、私は声のあるじの方を向いた。

そこには中型ちゅうがたいのししかつぎ、どろまみれた姿をしたロシエル殿が立っていた。その姿すがた先住民せんじゅうみんさながらの格好かっこうだ。

「あれ?ここに居たんだ。」

つい先程までの私のあせりを返して欲しい。

「え、なんでそんな怖い顔してるの?」

「僕何か悪い事した?」みたいな顔で私を見てくる。

「いえ、何でもありません。」

私はこれしか言えなかった。

「ふ~ん。じゃ帰ろ。今日は御馳走ごちそうだよ。」

ロシエル殿はそう微笑ほほみながら背中せなかかついでいるいのししを見せてきた。

 彼のそんな姿すがたを見ているとなやんでいた自分が馬鹿ばからしく思えてしまった。

彼だって辿たどった運命うんめいは私と大差たいさないと言えるだろう。

名家めいかに生まれ、幼い頃から勉強漬べんきょうづけの日々、そしてクーデターで家族をうしなった。

これだけ見れば私とほとんど同じだ。

それなのにロシエル殿はこんなにも強く生きている。

その姿を見ているだけで、不思議ふしぎかたの力が抜けていくのが分かった。

今までは「王族おうぞく責務せきむ」と言うものにとらわれすぎていたのかも知れない。

でもロシエル殿と関わっていれば、このさきなにちが景色けしきが見えるのかも知れない。

いのししって美味おいしいんですか?」

こうたずねた私の顔は笑っていたと思う。

笑い方などとうに忘れたと思っていたのに、不思議ふしぎだ。

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