残酷な現実

 泣いているな。そりゃそうか。ワーグナーの手記しゅき王族おうぞく大好だいすてき表現ひょうげんが多かったからな。

とりあえず、何かなみさける物を手渡てわたしてあげよう。

そう思い、僕は適当てきとうぬのをレティに手渡てわたした。

こういう時はしゃべらない方がいいだろう。

泣きたいだけ泣かせてあげよう。


 「彼もまた、アストラルのほまれある国士こくしです。」もう顔がぐしゃぐしゃ。

「無理しないで泣き止んでからでいいよ。待ってるから。」

余計よけい気遣きづかいを…」


 「この手記しゅきには君の名前が出ているけど、ワーグナーの事は覚えてる?」

レティがひとしきり泣いて落ち着いたのを見計みはからってたずねてみた。

「覚えています。何事も率先そっせんして仕事する勤勉きんべん兵士へいしでした。」

「そっか…。」

何千人なんぜんにんもいる王宮仕おうきゅうづかえの兵士へいしの中で覚えていてもらってよかったな、ワーグナー。

「実はこの手記しゅきを発見したのはこの建物たてものの中なんだ。ワーグナーは大事そうにそれをいていた。ほねになっても尚大事なおだいじそうに。」

手記しゅきの中にあった小要塞しゅようさいとはここの事だったのですね。」

「簡単にだがはかも作った。足がなおったら手ぐらい合わせてやってくれ。」

「それはもちろん。今すぐにでも墓前ぼぜんに行きたいくらいです。」

「無理しておがんでもワーグナーは喜ばないだろう。足がなおってからで大丈夫だ。」

「はい…」

ワーグナーの手記しゅきを見せたはいいが物凄ものすごんだようだな。

ここでけたら僕がよわものいじめしてるみたいになっちゃうな。

先に見せたのは失敗しっぱいだったかも。

「あなたの意見を聞かせてください。」

あれ?もう復活ふっかつ可愛かわいげがないな。

「僕の意見?」

「私が今やろうとしていることにたいしての意見です。」

あぁー。やっぱそうなるよね。

まぁ、はっきり言うのもまたやさしさかな。

「わかったよ。」渋々しぶしぶと言う感じで僕はかたりだした。

「まず王国再興おうこくさいこう無謀むぼうだと言った理由は大きく分けて4つある。

まず1つ目、王国再興おうこくさいこうかかげる以上、現帝国げんていこく王朝おうちょうほろぼす事が必須条件ひっすじょうけんだ。そのためには必然的ひつぜんてきぐんの力が必要になるが、もはやほろびた威光いこうぐんおこすことはできない。

この場合の「ほろびた威光いこう」と言うのは、旧王国きゅうおうこく王族おうぞくである君の威光いこう、そして軍事ぐんじ象徴しょうちょうであるアールベルトのを引く僕の威光いこうだ。

これはもはや無いと言った方がいいのかも知れない。

かりにレティ。君と僕の出自しゅつじ今更いまさらおおやけにした所で協力きょうりょくしてくれるのは良くて数百人程度だろう。」

レティはだまって話を聞いてくれている。続けよう。

「2つ目、かりにもしうんよく帝国ていこくから脱出だっしゅつできたと仮定かていして、プレティニーに亡命ぼうめいできたとしよう。国王こくおうは君の伯母上おばうえだ。証明しょうめいさえできれば面倒めんどうは見てくれると思う。

でもそこまでが限界げんかいのはずだ。

「アストラル王国再興おうこくさいこうのためぐんしてくれ」と言われて「わかった」となるほど簡単かんたんな問題ではない。

プレティニーがぐんおこし、ヴァール帝国ていこく侵攻しんこうしたとなれば、そののがさずあの国がかならず動く。」

「アヴァンワール帝国ていこく…。」

「その通り。プレティニーとアヴァンワールは国境こっきょう隣接りんせつしている。たがいにつね監視体制かんしたいせいいて動向どうこうを探り合っている状態じょうたいだ。そんな中でげんヴァール帝国ていこく壊滅かいめつさせるだけのぐんおこしたとなればアヴァンワールが見逃みのがすはずがない。

プレティニーに軍事的協力ぐんじてききょうりょくあおぐことはアヴァンワールに戦争せんそうのきっかけをあたえる事にもなる。

 そして3つ目、これは君がよく知っているんじゃないかな?2つ目の理由に付随ふずいするけど、この帝国ていこくうらには十中八九じゅっちゅうはっくアヴァンワールがからんでいる。

もっと穿うがった見方みかたをすれば、すでにアヴァンワールの傀儡かいらいとなっていることも充分に考えられる。

 これもかりにだけど、ヴァール帝国ていこく脱出だっしゅつでき、プレティニーぐん協力きょうりょくられ、ぐんひきいてヴァール帝国ていこく凱旋がいせんしようものなら、まず間違まちがいなくヴァールとアヴァンワールは同盟どうめいしょうして一気いっきにプレティニーにめ入るはずだ。

いくら大国たいこくのプレティニーと言えど2国からられれば滅亡めつぼうをも視野しやに入れなければならないだろう。

つまり、君の伯母上おばうえ聡明そうめいであればあるほど、協力をられる可能性はかぎりなくゼロに近くなる。」

「…」

「そして4つ目、これは簡単だ。」

「簡単?」

さきに協力を得たいケージ内の人たち。彼らにはもうあらがう力がない。どんな状況じょうきょうだとしても最終的さいしゅうてきにはこの国のたみの力が絶対に必要になる。

国家運営こっかうんえいにしろ、戦争せんそうにしろ、絶対に必要になってくるのがたみの力だ。

いくらプレティニーが手厚てあつ援助えんじょしてくれたとしても、自国民じこくみんに戦う覚悟かくごがないのなら王国再興おうこくさいこうなど夢のまた夢ってこと…。」

さすがに自分で言ってて悲しくなってくるな。この事実は。

「あなたの意見は分かりました…。」

さすがのレティもここまで言われると気持ちも落ち込むだろう。

僕が今したことは彼女がこの4年間、ついやしてきた労力ろうりょくみにじることと等しい行為こういだ。

 けど、全ての可能性を考慮こうりょしての意見だ。

消極的しょうきょくてきと言われようが、悲観的ひかんてきと言われようがかまわない。

 「少し、考えさせてください。」

レティは下を向きながら僕に言ってきた。

「あぁ。おおいに考えるといい。時間はいくらでもあるんだ。」

散々さんざん現実突げんじつつきつけちゃったからなぁ。

せめて今だけは優しくしてあげよう。

「もし…」

彼女がポツリとつぶいた。

「ん?」

「もし、それでもアストラル王国おうこく再興さいこうあきらめられないと言ったら、ロシエル殿どのは協力してくれますか?」

 うるんだひとみで、それでもにらみつけるわけでもない、そんな強い視線しせんで僕を見るレティが、この時ばかりはうつくしいと思えた。

「まぁ、僕もそれについては考えておくよ。」

こう返事をするだけで精一杯せいいっぱいだった。

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