ワーグナーの手記

『‐天啓暦てんけいれき1812年。2の月、27日目‐。

私はエンディバルじょうに仕える衛兵えいへい、ワーグナー・スプリトフ。

死ぬ前に、ここにあの日私がたりにした事柄ことがらを全て書きしるす。


天啓暦てんけいれき1812年。2の月、19日目‐。

この日はやけに城内じょうない衛兵えいへいが少なかったことを覚えている。通常は2千から3千の兵がいるはずなのだが、この日は私の小隊しょうたいふくめても千人もいなかったと思う。

今にして思えば不明ふめいな点ばかりだったが、当時の私はそこまで深く考えなかった。


天啓暦てんけいれき1812年。2の月、20日目‐。

この日はアイナ王女殿下おうじょでんか、レティシア王女殿下おうじょでんか護衛ごえいでシーバ離宮りきゅう遠征えんせいをした。

きたる3の月。25日目に行われるウォリック国王陛下こくおうへいか生誕祭せいたんさいの準備をするための下見したみとして両殿下りょうでんかが足をお運びになった。

国王陛下こくおうへいか記念きねんすべき50回目のお誕生日たんじょうび

アイナ様、レティシア様のお2人は「どうすればお父様がお喜びになるか」とお互い熱く議論ぎろんされており、私を含め護衛ごえい一同いちどう、そのしあわせな光景こうけいに目をうばわれていた。

 その日の夕刻ゆうこく、アイナ様とレティシア様は生誕祭せいたんさいおおまかなもよおしの計画と装飾そうしょくを決め、この日の下見したみ終了しゅうりょうとなるはずだった。

 しかし、私はその時シーバ離宮りきゅうてきへい包囲ほういされていることにまった気付きづいていなかった。

両殿下りょうでんかともにシーバ離宮りきゅうを出ようととびらを開けると、まず目に入ったのは外の見張みはりをしていた同僚どうりょうたちの死体したいだった。

味方みかたであるはずの王国軍おうこくぐんみな、殺されていたのだ。

当時の私は何が起きているのか全く分からなかった。

しかしさきに頭に浮かんだのはアイナ様とレティシア様をお守りせねば。と、その一心だった。

 だが、多勢たぜい無勢ぶぜい

両殿下りょうでんか近衛隊このえたいは10人程度。

300人はいると思われるてきかなうはずもなく、我々われわれ近衛隊このえたいは簡単にたれてしまった。

うすれゆく意識いしきの中で両殿下りょうでんからえられているのが見えた。

なさけなくもあの時の私は体が動かず、ここで死ぬのだと思うと、護衛ごえいでありながら最後まで両殿下りょうでんかをお守りすることが出来なかった自分の非力ひりきさをただただのろうばかりであった。


 何時間かあたりが暗くなってから私は目を覚ました。

まわりには仲間なかま遺体いたいがいくつもよこたわっていた。

この時生き残ったのは私だけだったのだろう。

周囲に目をやると、エンディバルじょうがある西の空が赤くまっているのが見えた。

王女おうじょである両殿下りょうでんか捕縛ほばくされ、しろがある方角ほうがくの空が赤くまっている。

この事を考えても王族おうぞく皆様みなさまに何かとんでもない事態じたいが起きていることは明白めいはくだった。

仲間の亡骸なきがらに軽く手を合わせ、私はすぐにエンディバルじょうに向かって走った。

エンディバルじょうとシーバ離宮りきゅう距離きょり馬車ばしゃで30分程度。息切いきぎれも体の重さも何も考えず、ただひたすらに走った。

 やっとの思いでエンディバルじょう肉眼にくがんで確認できるところまで辿たどり着くと…しろはげしいほのおつつまれていた。

しろまわりには王族おうぞくをおまもりするはずの王国軍おうこくぐん姿すがた

そして…仇敵国きゅうてきこく、アヴァンワール帝国軍ていこくぐん軍旗ぐんきも確認できた。

 その時の私には何が起きているのか想像そうぞうすらできなかった。

ただ1つ分かっていることは、私が敬愛けいあいするアストラル王家おうけ皆様みなさまがおまいになられていた、エンディバルじょうほのおつつまれている。

その事実じじつだけだった。

私はその場にすわみ、ただたださかるエンディバルじょうを見ていることしかできなかった。


天啓暦てんけいれき1812年。2の月、21日目‐

 気が付くと夜は明け、あたりがあかるくなっていた。

アストラル王国おうこく象徴しょうちょうであるエンディバルじょうはもう見るかげもなくなってしまっていた。


 てきに見付かる前にここをはなれよう。そう思い私は森の中にかくした。

かなりの距離きょりを歩いた。その時の私は頭の中が混乱こんらんしていたのだろう。自分がどこに向かっているのかさえ分かっていなかった。

 なぜ王国軍おうこくぐんしろかこんでいたのか、なぜ敵国てきこくのアヴァンワール帝国軍ていこくぐんがこのアストラル王国おうこくにいたのか、考えても考えても私には何が何だかさっぱり分からなかった。

私が当時とうじ王国おうこく現状げんじょうを知るには情報が少なすぎたのだ。


 さらにしばらく歩くと見覚みおぼえのある人物に会うことが出来た。

私の同期どうきでもある王国軍おうこくぐんのハドラーだ。

この時、私とハドラーはなみだを流し、互いに生きていたことをよろこった。

 たがいに感情かんじょうが落ち着くのを待ち、情報交換じょうほうこうかんを行うことにした。

ハドラーはアールベルト元帥げんすい側近そっきんの1人、私よりも多くの情報を持っていると思ったからだ。

そしてハドラーは重い口を開き、ゆっくりと王国おうこく現状げんじょうを話してくれた。


・今回起きたクーデターの首謀者しゅぼうしゃはアストラル王国おうこく第一王子だいいちおうじシャルルさま貴族きぞくであるベルモンド子爵ししゃくであること。

・クーデターの計画に一早いちはやく気付いたアールベルト元帥げんすい王族おうぞく皆様みなさまがそうとするも、失敗に終わったこと。

・アールベルト元帥閣下げんすいかっか、カーヴァンクルス王国宰相おうこくさいしょうらえられ、即刻処刑そっこくしょけいされた事。

・そしてアールベルト、カーヴァンクルス王家おうけ二柱にはしらと呼ばれる両家りょうけ一族いちぞく全員処刑ぜんいんしょけいされた事。

・ウォリック国王陛下こくおうへいか、ミレイユ王妃殿下おうひでんか、アイナ第一王女殿下だいいちおうじょでんか、レティシア第二王女殿下だいにおうじょでんか処刑しょけいされてしまった事。

・クーデターにはアヴァンワール帝国ていこく協力きょうりょくしたこと。

表向おもてむきはアヴァンワール軍の兵士へいし王族おうぞく皆様みなさま殺害さつがいしたことになっている事。

臨時国王りんじこくおうにシャルル王子おうじ任命にんめいされている事。

・現在、王族派兵士おうぞくはへいし掃討作戦そうとうさくせんが開始されている事。

・そして掃討作戦そうとうさくせん総指揮そうしきをベルモンド子爵ししゃくっている事。

・クーデターの一部始終いちぶしじゅうを知る可能性かのうせいのあるエンディバル城下じょうかに住む国民は口封くちふうじのために皆殺みなごろしにされたとの事。


 私はこの事実を知った時、シャルル王子おうじに対し強烈きょうれついかりをおぼえた。

国民こくみんあいされる王族おうぞく皆様みなさまを、事もあろうに同じ王族おうぞくのお立場たちばである王子おうじ殺害さつがいするなど…王家おうけ皆様みなさま心痛しんつうを思うとむねけそうだった。


 ハドラーと別れたこの時の私は生きる気力きりょくを失っていた。

もういっそのこと楽になりたいと思っていた。

このまま座っていれば掃討兵そうとうへいに見付かり、殺されるだろう。それでもいいとさえ思っていた。

疲れがまっていたのだろう。私は身を隠すわけでもなく、その場にあった木にあずけ、ねむりについた。


天啓暦てんけいれき1812年。2の月、22日目‐

 目が覚めると太陽が真上まうえにあった。

どうやら丸1日以上眠っていたみたいだ。

この日は動く気になれず、その場にずっと座っていた。


天啓暦てんけいれき1812年。2の月、23日目‐

 この日は夢でウォリック国王陛下こくおうへいかにお会いできた。

しかし目が覚めた途端とたん絶望ぜつぼうつぶされそうだった。

陛下へいかはもういらっしゃらないのかと思うと、体はさらに重くなった。

もう3日間飲まず食わずの状態だった。

だんだんと体に力が入らなくなってきているのが分かった。

死期しきせまっていたのだろう。先にってしまった仲間たちのもとに行けるのなら、それも有りだと思えていた。


天啓暦てんけいれき1812年。2の月、27日目‐

 私は今このしょ記録きろくしるしている。

私は4日前に森で衰弱すいじゃくしていた所を同胞どうほうに助けられ、水と食料を分けてもらえた。

そのおかげで少しだが体力が戻り、こうしてしょくことが出来ている。

しかし私をすくってくれた彼も先程息さきほどいきを引き取った。彼の名はラインと言うらしい。

ラインもまた掃討兵そうとうへいから逃げていた所で倒れていた私を発見し、この小要塞しょうようさいに運んでくれたらしい。ラインには感謝しかない。

ラインから聞いた話によると、クーデターによりアストラル王国おうこく崩壊ほうかいし、残された唯一ゆいいつの王族であるシャルルはこの国の名をヴァール帝国として新たな王朝おうちょうきずいたそうだ。

クーデター首謀者しゅぼうしゃの1人であるベルモンドも現在は公爵こうしゃくとなり、帝国宰相ていこくさいしょうとして全権ぜんけんまかされたそうだ。

王族派おうぞくはである貴族きぞく方々かたがたことごと処刑しょけいされた。

最早もはや我々われわれ希望きぼうは残されていない。

私ももう間もなくラインと同じようにこの小要塞しょうようさいてる事だろう。

 だがせめて、このにアストラル王国おうこくと言う笑顔えがおあふれた国があったと言う事実を後世こうせいに残したい。

月並つきなみな言葉ではあるが、私はアストラル王国おうこくが好きだった。この国に生まれた幸せを毎日噛まいにちかめていた。

このしょ永遠えいえんに読まれなかったとしても、こうして私自身わたしじしんの気持ちを書き残せただけでも私は幸せなのかもしれない。


 でももし、このしょを読んでくれる者がいてくれたならば、どうかアストラル王国おうこく過去かこ遺物いぶつとしないでほしい。

このに、かつて笑顔があふれた王国おうこくがあったのだと言う事を口伝くちづてでもかまわないから多くの人に知ってもらいたい。


 恩人おんじんであるラインをとむらってから、私もねむるとしよう。

ねがわくば、先にった皆様みなさまのおそばに…』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る