彼女の正体

 「オルガ殿どのがアールベルトとつぐ前の名は、オルガ・ルービス。」

「へぇ。元帥閣下げんすいかっか奥方様おくがたさま旧姓きゅうせいがルービスだから僕が何か知っていると?」

それはそうだ。このヴァール帝国、いや。このケージの中に「ルービス」と言うせいを持っていた者など多くいるだろうさ。

何を根拠こんきょに彼女はここまで来たんだ?

「そうです。」

言いったねこの子。

「何を根拠こんきょに。それは少し無理やりすぎないかな?」

僕ははなで笑うように返事をかえした。

話始はなしはじめた時とはって変わって、僕は結構けっこう横柄おうへい態度たいどで彼女を見ていた。足までんじゃったりして。

正直、もうそれくらい目の前の女性をうやまえなくなっていた。

現に、もう敬語けいご使う気すらきないからね。

「無理やりではありません。私だってそこまで馬鹿ばかではありません。ある程度ていど確証かくしょうがあるからこそあなたを探していたんです。」

「それならあらためて言わせてもらう。僕はアールベルト事情じじょうなんて知らない。これで満足まんぞくか?」

半分はんぶん口喧嘩くちげんかようになってきたが、このさいかまわない。

この女は僕の平和な生活をこわそうとしている。

おこる理由はそれだけでも充分じゅうぶんぎるほどだ。

こんなに感情的かんじょうてきになるのは何年ぶりかな?

「聞こえませんでしたか?私は「ある程度ていど確証かくしょうがある」と言いましたよね?」

「それで?僕自身ぼくじしん人違ひとちがいだと言っているんだ。それが全てだろ?どんな確証かくしょう持ってるか知らないけど。」

「何をそんなにおこっているのですか?」

「…おこってない。」

うそだ。僕は今かなりおこっている。

彼女は何か可哀想かわいそうな物でも見るかのような目で僕を見ている。

本当に腹立はらたつな。顔見るだけでイライラしてくる。

「では、話を続けさせてもらいます。」

「もう好きにしろよ…。」

つらかわあついとはまさにこの事。彼女は僕の顔色かおいろかまうことなく話を続ける。

僕も、もういい加減かげん彼女の対応にはまいっていた。

「私が知る限りでは、この帝国にはルービスせいを持つのは貴族きぞく平民へいみんふく二家にけしかありませんでした。

オルガ殿どの生家せいかとオルガ殿どの叔父上おじうえの家、その2つの家だけなのです。」

「…」

なんでそんなこと知ってるの?とは思うが、反論はんろんする気力きりょくすでに僕にはない。

「7年前のクーデターでオルガ殿どののお父上ちちうえ叔父上おじうえられました。つまり今この帝国のにルービスと言うせいを持つ者はいないのです。」

「言っておくが、僕のルービスはせいでなく、名前だ。」

まさかルービスせいがそこまで希少きしょうとは。

偽名ぎめいと言う事も考えられます。なにせあなたは最初に、私にうそをついたのですから。」

相当そうとうに持ってるなこの女。

「僕が偽名ぎめいを使っていると?」

「その可能性かのうせいおおいにあると言う事です。」

なんかしつこすぎていやになってきた。

「必要であればその根拠こんきょを全てお話しますが?」

「長くなりそうだからやめてくれ。」

あきらめ。その言葉が今の僕にはぴったりだ。

抵抗ていこうする力すらなくなっている。

はぁ~と溜息ためいきをつき、発言はつげんを続ける。

「わかったよ。全部話す。」

「ようやくその気になってくれましたか。」

うるさいなこいつ。こうなるように誘導ゆうどうしたくせに。

「その前に、名前を教えてくれ。名前も知らないやつうえばなしをするのはける。」

僕の中でおそらく彼女は旧王国きゅうおうこく貴族階級きぞくかいきゅうの人間だったことは間違いないと思っていた。

話し方、所作しょさ、そして態度たいど。そのどれを見ても平民へいみんとは違う事はあきらかだった。

「私の名前…ですか?」

「人のかくし事にそこまで首をんで来るんだ。名前くらい言えるだろ?」

いくら元貴族もときぞくと言っても物怖ものおじなどしない。

このケージの中にいるだけで下民げみんと言う同じ立場なんだから。

「分かりました。最初に言わせてください。私の名前は他言無用たごんむようねがいます。」

随分ずいぶんらすな。他言無用たごんむようって…。

「私の名前はレティシア・ウィル・アストレアです。」

「!?」

…アストレア?え?ちょっと待って。

このくにひろしと言えど、アストレアの家名かめいを持ついえはたった1つしか思いかばない。

旧王国きゅうおうこくアストレアの王族おうぞく

そんなはずはない。ワーグナーの手記しゅきにも確か処刑しょけいされたと書かれていた。

それに本当に生きていたとしても、今の皇帝こうていがこの人を生かしておくはずがない。

はったりか?でもうそを言ってるような目でもない。どう言う事だ?

「悪い冗談じょうだんだ。きゅうとは言え王族おうぞくの名を偽名ぎめいに使うのはつみおもすぎると思うけど?」

少し真偽しんぎさぐろう。

「これを見ても冗談じょうだんと言えますか?」

そう言うと彼女はふところに手を入れ、ある物を取り出した。

それは王冠おうかんかぶった大鷲おおわしつばさひろげたエンブレムが刻印こくいんされたバングル。

そのエンブレムを見た瞬間しゅんかん、僕は思わず言葉がれる。

「イーグル…クレスト…」

「そうです。王位継承者おういけいしょうしゃのみが持つことをゆるされたアストレア王家おうけ紋章もんしょう、イーグル・クレストです。これで信じてもらえましたか?」

言葉が出ないな。こんな物まで出されたらもううたがうわけにはいかない。

僕はそれまでの太々ふてぶてしい態度たいどあらため、片膝かたひざをつきひざまずいた。

先程さきほどまでの無礼ぶれいをおゆるしください。殿下でんか。」

態度たいど変わりすぎだって?仕方ないだろ。相手はもととは言え王族おうぞくだぞ。

やっばー。斬首ざんしゅになっても文句もんく言えないやこれ。

今更いまさらかしこまる必要はありません。私はあなたと同じ下民げみんなのですから。」

確かにそうだろうけどさ…

でもやっぱり、ねぇ?同じ下民げみんと言っても目上めうえの人と言うか、下民げみんおうと言うか…何を言ってるんだ僕は。

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