ルービスの行方

 私は1人森の中を歩いていた。

夜中にもかかわらず、ただひたすら木々きぎえだけながら道なき道を進んでいた。

 ルービス。私がこの名前を耳にしたのは今から4年前。当時の私ははじ外聞がいぶんも捨て、このケージ内で必死に生きていた。

見知らぬ男性におそわれそうになったことも1回2回の話ではない。

その度にげ回った。何度も何度も。

 私が「自分の身は自分で守る」と強く心に決めたのはこの経験が大きいだろう。

ケージの中に頼れる人物は1人もいない。

心を許せる友もいない。ましてや家族もいるはずがない。

そう、私は…たった1人で生きてきた。

 だからこそ、たまたま聞いた「ルービス」と言う単語たんご

偶然ぐうぜんと言ってしまえばそれまでかも知れないが、どうしても私はその単語たんごが頭からはなれない。なぜなら、私は幼い頃にルービスと言う名を聞いたことがあったから。

 針先はりさきほどの光でもいい。可能性かのうせいがほんの少しでもあるのならその光にすがりたい。

その思いだけが、今の私を突き動かしていた。

 しかし、4年間探して見付からないと、さすがに心がれそうにもなる。

各地を転々てんてんとしながら生きているのか、それとも存在すらしないのか。

どう考えてもおかしい所がある。

彼を探し始めて4年。何人もの人にルービスの事を聞いたが、有力な情報が1つもなかった。

それでも私はあきらめきることが出来なかった。

それだけ「ルービス」と言う名は私にとって希望きぼうだった。


 そして数日前、私はついに有力な情報を手に入れた。

「ルービスならこの辺にはいねぇよ。」たまたまたずねたおじさんがこう言ったのだ。

私はこの言葉を聞いて少しむくわれた気がしたのだ。

確かに「ルービスは存在する」と言う情報を手に入れたからだ。

存在していると分かれば、後は探し出すだけ。

4年間苦労して探していた日々がむくわれるかも知れない。そう思った。

 でも現実はそんなに甘くはなかった。

それはそうだ。存在しているとしても、この広大なケージの中でたった1人の人を探すのは容易よういなことではない。


 「ここまで広い森とは…。」

思わず声がれた。日が落ちかけているのに森に入ったのは失敗だった。

開けた場所があれば少し休もう。そう思い歩くスピードを少し早めた。

「それにしても全くと言ってもいい程、人の入った痕跡こんせきがないな。」

それだけ森の深部しんぶに来ているのだと思うと途端とたん恐怖きょうふせまってくる。

遠くで野犬やけん遠吠とおぼえも聞こえる。

「まずいな…。こうして歩いているのも危険だな。」

私は今日のルービス捜索そうさくあきらめ、身を隠せてかつ休めそうな場所を探した。

が、この時私は背後はいごにいる存在に気が付かなかった。



 「きゃーっ!」

森の中に女性の悲鳴ひめいひびき渡った。

木の上で爆睡ばくすいしていた僕がきるのに充分じゅうぶんな程の声量せいりょうで。

寝起きでぼんやりしている意識いしきをすぐに覚醒かくせいさせて周囲しゅうい警戒けいかいする。

結構けっこうはっきり聞こえたから近いかも。」

もう1度、悲鳴ひめいを上げてくれれば居場所いばしょが分かりそうだけど、そううまくは行かないか。

とにかく、悲鳴ひめいを上げると言う事は何かあったのは間違いないだろう。

手遅れになる前にこちらからも捜索そうさくしよう。

聞こえたのは女性の悲鳴だった。急いで助けに行かないと。

一応言っておくが、純粋じゅんすい人助ひとだすけだ。下心したごころなんて無い。いや、本当に。


 


 「はぁっ…はぁっ」

本当に今日はツいてない。まさか野犬やけんに追いかけられるなんて。

獣道けものみちをひたすら歩き続けてからのこの全力疾走ぜんりょくしっそう。さすがに足につかれが出てきている。

でもここで走るのをやめればすぐさま野犬やけんえさとなるだろう。

それだけは死んでもごめんだ。

 走りながらつかめる木のえだいしつかんで追いかけて来る野犬やけんに向かって投げるが、相手は器用きようにかわす。

「しつこいなぁ!」

投げても投げても一向いっこうに当たる気配けはいはない。

走るだけでなく、石や枝を拾う動きに加えて後ろに投げる動作どうさくわわっている。

いくら体力に自信があると言っても、走る・拾う・投げるを続けていると思った以上に消耗しょうもうはげしい。

体力の限界げんかいが近い。

いちばち応戦おうせんするか?そんな考えが頭をよぎった時に不運ふうんかさなる。

私は走ることに夢中むちゅうになりすぎて地表ちひょうにせり出している木のに気付かずに、豪快ごうかい転倒てんとうしてしまったのだ。

「まずい…。」そう思った私はすぐに立ち上がろうとするが、もう足に力が入らない。

私の足はすで限界げんかいむかえていた。

何とみっともない姿すがただろうか。

どろまみれ、体中からだじゅうきずだらけ。おまけにもう立てないときている。

「こんなにもあっけない最後とは…。」

神がいると言うのならば言ってやりたい。

「なぜ私にばかり試練しれん背負せおわせるのか」と。今すぐにでもぱたいてやりたい気分だ。

もはや抵抗ていこうする力さえ残していない私に野犬やけんは「グルル…」と威嚇いかくしながら今にもおそかってきそうないきおいでこちらをにらんでいる。

 「お父様、お母様、お姉様、もうすぐお会いできそうです。」

私はもうここで死ぬのだとさとった。

この時「まぁ…。楽になれると思えば、死ぬのも悪くはない…かな。」なんて事を私は考えていた。


 その時、「生きているなら返事をしろーっ!」と、どこからか声が聞こえた。


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