皇帝と佞臣

‐ヴァール帝国・帝都ていとアクイタニア、アンティーヌ城内、執務室しつむしつ

 「皇帝陛下。今年もそろそろあの季節きせつ近付ちかづいてまいりましたね。」

まるで子供をあやすかのような猫撫ねこなで声で皇帝に対し言葉を発したのは、ヴァール帝国宰相さいしょうアマン・ベルモンド公爵こうしゃく

皇帝からの絶大ぜつだいな信頼をている彼ほど『佞臣ねいしん』と言う言葉が似合う人間はいないだろう。

金色こんじき長髪ちょうはつなびかせ、つね悪意あくいに満ちた笑顔を浮かべている。身長は高く、がっちりとした体格をしている。

百人の人がいたら百人全員が「このひと絶対ぜったい高貴こうきな人だ」と思わせるくらい豪華ごうか装飾品そうしょくひんを身に着けている。


 「全ての処理はお前に任せる。」

こうなく言い放つのはヴァール帝国初代皇帝ヴァール・ド・シャルル一世。

な髪が特徴とくちょうで、顔は整っている。適度てきどきたえられた体で健康的な体格をしている。

承知しょうちいたしました陛下。このアマン、誠心誠意せいしんせいいつとめさせていただきます。」

アマンは右手を腹部ふくぶに当て、ひざまずく様にして皇帝に返答する。

早々そうそうに全ての平民をケージ送りにしろ。この国に下等かとうな人間はいらぬ。」

重々承知じゅうじゅうしょうちしております。ですが平民が苦しみながら【税】をかせぎ出すさまを見るのもまた一興いっきょうあせることはありません。全てこのアマンにお任せくださいませ。」

「ふん。俺は自室に戻る。余程よほどの事がないかぎり呼びに来るな。」

そう言い残し、皇帝は足早あしばや執務室しつむしつから出て行った。

その皇帝の後ろ姿をアマンは「やれやれ」とでも言うかのように鼻息はないきらしながら見ていた。

「皇帝陛下は気が立っておいでですね。」

アマンが声のした方向に目を向けると、そこには少し太り気味の体格をし、背は小さく、頭上ずじょうの髪がうすくなっている初老しょろうの男がいた。

彼の名はカルデラ・ハイルディン伯爵はくしゃく

帝国宰相第一補佐官ていこくさいしょうだいいちほさかんだ。

いたし方ありません。【税】徴収日ちょうしゅうびの時期が近付くと毎年こうです。」

「ご家族への罪悪感ざいあくかん…ですかね?」

「少々口が過ぎますよ?カルデラ?」

カルデラの発言に対し、アマンはそれまでのにやけ顔から一転して、するどい目つきで彼をにらみつけた。

するとカルデラはへびにらまれたねずみの様に委縮いしゅくし、ひたいから大量の汗を流しながら、「も、申し訳ございません。どうかお許しを…。」と許しをうた。

その言葉を聞いたアマンは再びにやけ顔に戻り、「カルデラ?長生きをしたければ発言には気を付けなさい。失言しつげん寿命じゅみょうちぢめますよ?」

表情はにやけているが、目が笑っていない。

この発言を聞いたカルデラは「以後気を付けます。」と言い、アマンから逃げるように執務室しつむしつから退出たいしゅつした。

 「まったく。おろか者ばかりで嫌になりますよ。」

誰もいなくなった執務室しつむしつでアマンは1人呟つぶやいていた。

「私の夢まであと一歩。フフフ…。」

恐らくこの日1番の悪い笑みを浮かべたアマンは執務室しつむしつで1人不気味ぶきみに笑っていた。


                  *


‐アンティーヌ城内、皇帝自室‐

 きらびやかな装飾そうしょくほどこされたシャンデリア。

10人は横になれそうなほど大きなベッド。

見るからに高級そうなカーペットを床一面にめ、その他にも数多くの高級品が置かれている。さすがは皇帝の自室と言うだけあって、一般人はそうそうお目に掛れない物ばかりだ。

 しかしそんなぜいの限りをくしたような部屋は、今はその面影おもかげすらなくなっている。

その原因はこの豪華ごうかな部屋の主である皇帝本人だった。

 「毎年毎年、この時期になると夢に出てきやがって。鬱陶うっとうしいんだよ!」

そう言いながら皇帝は近くにある物を手あたり次第しだいつかんではげ、掴んでは投げを繰り返し次々と壁にたたきつけている。

そのたびにガシャーンと大きな音を立ててつぼやら茶器ちゃきなどの高級品は粉々こなごなくだけて行った。

この一暴ひとあばれだけで平民が一生遊んで暮らしても使い切れない程の財産がんでいる事だろう。

 「俺は悪くない。悪くないんだ…。全てはあの親父が悪い。俺をないがしろにするからこうなったんだ!。」

なおも物をこわし続ける皇帝。

「見ていろ。必ずや貴様らがつくなかった完璧かんぺきな国を俺がつくってやる。」

 自分以外いないはずの室内で、まるで亡霊ぼうれいでも見ているかのように、何かにおびえ、何かに言い聞かせるように暴言ぼうげんを吐く。

その姿はたみ圧政あっせい暴君ぼうくんそのものだった。

部屋の前で待機してる衛兵えいへいたちは、ただただ皇帝が発狂はっきょうするさまをびくびくしながら静観せいかんすることしかできなかった。

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