弔い

 ルービスがワーグナーの記録書きろくしょを読んでいた頃、夜の浜辺はまべに1人座り海をながめている女性がいた。

「お父様…お母様…お姉様…」

そうつぶやきながら彼女のほほには大粒おおつぶの涙が流れていた。

彼女がこの【ケージ】の中に来たのは7年前。

ヴァール帝国が建国けんこくされてからすぐである。

生きることに必死だった彼女は無我夢中むがむちゅうで生きてきた。

そう、彼女にはどうしても果たさねばならない悲願ひがんがあったからだ。

 「ルービス…どこにいるの?」

【ケージ】に来てから3年ほど経ったある日、

彼女は人伝ひとづてにルービスの名を聞いた。

以来、約4年もの間ひたすらルービスと言う男の情報を集め続けた。

いくら【ケージ】内は広大と言っても4年探して見付からないと、「本当にルービスは存在するのか?」とうたがいたくもなる。

それでも、砂粒程度の希望でもすがりたいと思う気持ちだけが彼女を突き動かしていた。

「必ず見つけ出します。ルービス。」

波の音だけが聞こえる砂浜で、彼女は語気ごきを強め、そう決意していた。


                  *


 ザクッザクッ。

僕は小要塞しょうようさい近くの、比較的雑草ひかくてきざっそうが少ない場所を見つけ、そこに大きな穴をっていた。

穴のすぐ横には少し大きめの石があり、『ワーグナー』と書かれている。これは僕が作りました。

僕は昨日発見した白骨化はっこつかした遺体いたい埋葬まいそうするために穴を掘っていた。

さいわい、小要塞しょうようさいの中で土を掘るための道具が見つかり、それを使って人1人が入れる大きさの穴を掘っている。

しばらく掘り進め、「ふぅー。これくらいの大きさで充分じゅうぶんかな。」

少し深く掘りすぎたかもしれない。

そんなごく小さい事を考えながら次は墓前ぼぜんえられそうな花を探すことにした。

そのついでに食べられそうな野草やそうも探してみる。


 ヴィンさんに何かしらの方法で居場所いばしょを知らせないと食料を持って来てもらえないんだけど…どうにも知らせる手段しゅだんが思いつかない。

どれくらいの期間きかんを隠すのかなどこまかい事は決めず、無計画むけいかくにここまで来てしまったことがやまれる。

「失敗したなー。」などとぼやきながら少し長めの木のえだ片手かたてに持ちながらぶんぶんと振り回して草をいでいる。

どうでもいい事だけど、男の子って何かしらの棒を持つとなぜかまわしたくなるよね。

 のらりくらりと草木くさきしげる中を進んでいると、水色の小さい花が何本かいていた。

「これ丁度ちょうどいいな。ワーグナーも喜んでくれそう。」

ワーグナーの好きな色とかは全く知らないが、なぜか僕の頭の中では「ワーグナーにぴったり!」とか思っていたり。

 水色の花を丁寧ていねいみ、持っていたかごの中に置いていく。あ、このかご小要塞しょうようさいにあったんだ。ぼろいけど全然使える。

そして花をんでいる最中、その周りにはとんでもない景色けしきが広がっていた。

「え…ここは…」

僕は動揺どうようかくせなかった。

なぜなら、見渡す限り食べれそうな野草やそうがあちこちで育っていたのだ。

「て、天然の食糧庫しょくりょうこや…」

少し変な言葉が出てしまったが、それほどまでに嬉しかった。

この時、僕の中でヴィンさんのかぶが少し下がったのは内緒ないしょの話。


 花をみ、食べれそうな野草やそうを少し多めに取って現在の住処すみかである小要塞しょうようさいに戻る。

「あんないい場所よく残ってたなぁ。」と思いながら帰路きろく。

「とりあえず小要塞しょうようさいまわりの雑草ざっそうって野草をえよう。そうすればわざわざまで足を運ばなくてむし、何よりあんないい場所をひとめするのは良くない。

ゆずり合いが大切。と考えていると、小要塞しょうようさいが見えてきた。

小要塞しょうようさいに着くなり、僕はワーグナーがねむる部屋まで行くと、亡骸なきがらの前で手を合わせる。

さすがに白骨化はっこつかした亡骸なきがらをそのまま運ぶことはできないので1つ1つの骨を丁寧ていねいに箱の中に入れていく。

窮屈きゅうくつだと思うけど少しのあいだ我慢がまんしてね。」

もちろんワーグナーに対しての礼儀れいぎかせない。のろわれないために。

 全ての骨を入れられる程の大きな箱はさすがに見つからなかったので、何回かに分けて先程掘った穴にワーグナーの骨を置いていく。


 ようやく全ての骨を運び終え、骨の配置はいちをなるべく生前せいぜんの姿にととのえる。

そしてワーグナーが生前せいぜんけていた服と先程さきほどんできた花を半分、亡骸なきがらの胸のあたりに置き、土をかぶせて埋葬まいそうする。

土をかぶせ終わったら、ワーグナーの名前を書き込んだ墓石ぼせきわりの石と、んできた花のもう半分を石の前に置き、完了。

不格好ぶかっこうな墓だけど、これが今できる精一杯せいいっぱいだ。我慢してくれ。それと、君の記録書きろくしょは僕にあずけてほしい。君の意思をげるかは分からないけど…」

そう言い残し、改めて墓前ぼぜんで手を合わせ、ワーグナーの冥福めいふくいのる。


 ワーグナーの墓が完成する頃には辺りは夕日に照らされていた。

結構時間はかったが、ワーグナーのとむらいはできたので良しとしよう。

「あとは…部屋の虫を駆除くじょしておくか。」

生活する場所として、小要塞しょうようさいの4つある部屋の内、比較的ひかくてき植物や虫が少ない部屋を選んだ。

2つ目に確認した部屋だ。ちなみに3つ目に確認した部屋にはワーグナーが眠っていた。

そして4つ目に確認した部屋は書庫しょこだった。

部屋一面にそなえ付けられた本棚ほんだなにはびっしりと本が収納しゅうのうされていて、さすがにここでは寝たり食べたりできないと思い、2つ目に確認した部屋を自室とすることにした。

書庫にはいくつか確認したが読めそうな本が多くあったので、ひまつぶしに読んでみよう。

時間はくさるほどあるしね。

 とは言え、自室にすると言っても虫が多少たしょうはいる。

要塞ようさい石造いしづくりだし、燃える心配はないので、燃えやすそうな物だけ一旦いったん部屋の外に出してから少し大きめの松明たいまつを作って部屋中炙あぶって虫を駆除くじょしよう。

とにかく雨風をしのげるだけでも非常にありがたいが、どうせなら快適かいてきに過ごしたいって思ってしまうのは人間のエゴだろう。

生活空間を整えるのにこれからいそがしくなりそうだ。

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