小さな要塞

 「ルービスさん!」

心臓が止まりそうになった。

今の僕に女性の声は本当に危ない。

そもそもヴィンさんが「お前の事を探し回ってる女がいる」とか言うから少し神経が過敏かびんになっているんだ。

 「ルービスさん?どこかに行かれるんですか?」。

紹介しよう。彼女の名前はソニア。長い茶色のかみを後ろでむすんでいるのが特徴とくちょうだ。

簡単に言うと茶髪ちゃぱつのポニーテールだ。

小柄こがら人懐ひとなつっこそうな外見をしている。

顔は物凄ものすごととのっていて優しい笑顔をいつも僕に見せてくれる。

可憐かれんだ。こんなゴミめのような場所でなぜこの美貌びぼうたもてるのか、なぞきない。

そもそもこの美少女はどこから来てどこへ向かうのだろうか。

きっとこの子は異世界いせかいから来た子なんだ。

そうだ。それならば全ての辻褄つじつまが合う。

きっとこの子は異世界の絶世ぜっせい美女びじょ絶世ぜっせい美男びなん夫婦ふうふの間で生まれた子だ。それならばこの美しさも納得できる。

であれば、この世界の人間である我々はこの美しさを永遠に語りぐのが義務ぎむであろう。

人間として、いや!男として!この美少女ソニアの美しさを後世こうせいに伝える事が喜びであり、栄誉だ。

こうしてはいられない。紙はどこだ?ペンはどこだ?1秒たりとも無駄にはできない。

僕の命が尽きる前に美少女ソニアの美の伝説を書き残さねば!。

「あのぉ…ルービスさん?白目の部分が真っ赤に…。」

「あ…あぁーっ、ソニア!久しぶりだね。」

まずい…ソニアを見るといつもこうだ。

気を付けないと…。

「どこかへ行かれるのですか?」

可憐かれんだ…。」

「え?」

「あっ、ごめん!何でもない。」

ダメだ。ソニアの前だとまともな思考にならない。

「ごめん。ちょっと急いでるんだ。事情はヴィンさんが知っているからあの人から聞いてくれると助かる。」

「ヴィンさんですか?わかりました。」

首をかしげながらも了承りょうしょうしてくれた。まるで頭の上に?マークが浮かんでいるようだ。

「それじゃぁソニア。またね。」

「はい!お体に気を付けてください!」

そう言うとソニアは笑顔で僕に手を振ってくれた。

あぁ…眩しい。なんて可愛らしい笑顔だ。ソニアの笑顔は永遠に見ていてもきないだろう。

後ろがみを引かれる思いで何とかソニアから視線を外し、この場を立ち去ろうとする。

それにしても…僕はソニアを前にすると頭がおかしくなる。何とかしないと…。

余談よだんだが、ソニアはあれだけの美少女であるが、変な男にからまれることはそうそう無い。

なぜかって?ヴィンさんの保護下ほごかにいるからだ。

ヴィンさんって初老しょろうだけど結構強いし、ケージ内だと知らない人いないんじゃ?って思うくらい顔が広い。

1回ソニアを連れ去ろうとしたやからがいたらしい。

けどすぐにヴィンさんにボコボコにされていたよ。それから何度もソニアに言いる男をヴィンさんは撃退げきたいしたらしい。

今ではソニアに言い寄る男はいないらしい。

ヴィンさん…いい仕事したね。

今度ヴィンさんに会ったら「グッジョブ!」って言ってあげよう。

 少しソニアの事について語りすぎたね。

気持ち悪いって?仕方ないだろ。僕だって男の子なんだから。


 そんなどうでもいい事を考えながら僕は身を隠せそうな場所をくまなく探した結果、ようやくいい場所を見つけた。

人が近寄ちかよりにくく、かつ害虫がいちゅう害獣がいじゅうから身を守れる場所を。


 そこは…まるで忘れられた存在であるかのようなごく小さな要塞ようさい

周りの雑草ざっそう要塞ようさいを隠すようにしげっている。

「こんな場所があったのか」

思わず声が出るくらい、小さいながらもしっかりとしたつくりをしている。

雑草ざっそうをかき分けながら要塞ようさいの入り口を探す。

「まるでジャングルだな。」そんなことを1人ぼやきながら、雑草ざっそうをかき分けていくとようやく入り口を発見した。

そろそろ外も暗くなってきた、早めに中に入ってしまおう。

 要塞ようさいの中はおどろくほど何もない。もう何年もほおっておかれたのだろう。要塞の壁は所々ところどころちており、亀裂きれつからは植物が生えている。

とにかく今日は寝る所を確保しよう。夜が明けたら中を少し掃除して生活空間を整えよう。

 そしていくつかある部屋を簡易的かんいてきに作った松明たいまつを片手に1つ1つ調べていく。全部で部屋は4つある。1つ目の部屋は…開けない方がよかったと思うくらい植物の侵食しんしょく、そして虫が多い。この部屋はこのまま閉めておこう。

 2つ目の部屋。ここはまだましな方か?虫は多少たしょういるがそれさえ何とかすれば全然問題ないレベルだ。植物も部屋の中までは入って来ていないし、とりあえずこの部屋を第1候補こうほとしよう。

 そして3つ目の部屋。恐る恐るドアを開けて部屋の中を松明たいまつで照らす。

この部屋も特に植物の侵食はなく、虫も気になる程ではない。

しかし部屋の奥にある椅子いすにぐったりとした体勢たいせいを取る人影ひとかげが見えた。

その瞬間しゅんかん、背筋に冷や汗がしたたるのが分かった。

松明たいまつらしながら少しずつその人影ひとかげに近付くと、全容ぜんようが見て取れる。

 遺体は完全に白骨化はっこつかしている。腐敗臭ふはいしゅうが無い事を考えても恐らくくなってから相当そうとう年月ねんげつっていると推測すいそくできる。

だが性別や年齢等の情報は分からない。

「こんな所にたった1人で…寂しかったろうな。」

そう言うと、僕は目の前の椅子に座る遺体に向かって手を合わせた。

「明日ちゃんと埋葬まいそうするから、悪いけどもう一晩ひとばんこのままでいてくれ。」

そして僕は部屋を出ようと立ち上がった時、遺体の足元に1冊の本があることに気が付いた。

その本を拾い上げて外観がいかんを見てみるが、タイトルなどは書かれていない。

どう考えてもこの遺体の持ち物だろう。

「ごめん。ちょっと読ませてもらうね。」

持ち主に一応いちおうことわりを入れてから、本の表紙をめくった。

すると表紙のすぐ裏に小さく『記録』と書いてあり、ページ右下の四隅よすみに『ワーグナー』と書かれている。

ワーグナーとは恐らくこの本の持ち主。つまり、椅子に座っている遺体の生前せいぜんの名だろう。

「君はワーグナーと言うんだね?」

返答が返ってくるはずのない遺体に向かって僕は話しかける。正直、声を出さないと怖い。

礼儀れいぎわきまえないとのろわれるかもしれないし…。

隠さず言おう。今かなり怖いです。

冗談じょうだんはさて置き、更にページを捲っていく。

天明暦てんめいれき208年。2の月、19日目。』

天明暦てんめいれき208年?7年前…?」

この日付を見ただけで僕の心臓は破裂はれつしそうな勢いで鼓動こどうきざんだ。

全身からすような汗が出ている事にも気付かず、ワーグナーの記録を読み込んでいく。

落ち着こうにも手が次々とページをめくる。

脳が次の文章を要求してくる。


 結局僕は物凄い勢いでワーグナーの記録全文を読んだ。

「そう言う事だったのか…。」

この時、ようやく自分の状態に気が付いた。

全身から大量の汗が吹き出し、のどがカラカラの状態。

だが、ワーグナーの残した記録はそれほどまでに衝撃的しょうげきてき代物しろものだった。

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