「ぐぅ~」といきおいよく腹の虫がいている。

今日はいい天気だ。こんなぽかぽか陽気ようきの日は寝るにかぎる。食べる物は後で探せばいい。

食欲しょくよくよりも睡眠欲すいみんよくを優先する僕は迷わず寝ることを選ぶ。

そう言えば2日前から何も食べていないな…なんて事を考えつつ意識が夢の中に落ちようとしていた時、「ルービス!」と声がした。

が、僕の意識は迷わず夢に向かって急行きゅうこうする。

もう少しだ。もう少しで完全に夢の世界へと旅立たびだてる。

「おい!ルービス!」ほぼ怒鳴どなり声となったこの声が夢の世界へあと一歩の所で僕の意識いしき現世げんせ強引ごういんに引きずり上げた。

仕方ない…とりあえず目を開けよう。

「ルっ…おぉ、やっと起きたか」

ねぇ、なんでこぶしり上げてるの?

…危なかった。もう少し目を開けるのが遅かったら一発殴いっぱつなぐられる所だった。


 眠い目をこすりながら声の主に目をやると、そこには初老しょろう白髪交しらがまじりのひげ豪快ごうかいに生やしたガテン系のおっさんが腕を組みながら仁王立におうだちしていた。ちなみに頭に毛は1本もなく、太陽光を反射するほどに美しいハゲだ。

「何か御用ごようでしょうか?」人生で1番至極ばんしごくの時間である睡眠。これを邪魔じゃまされた僕は少し不貞腐ふてくされた様子でハゲ…もといひげのおっさんに返事をした。

このおっさん、ハゲって言うとめちゃくちゃ怒ります。


「相変わらず寝起き悪いなお前…」そう言っておっさんはあきれながら自分の頭をいている。

「ほら、えの服だ。お前もう何日も同じの着てるだろ?そろそろ着替えておけ」。おっさんはどこかで拾ったであろう服を僕に差し出した。

「あぁー。いつも悪いねヴィンさん」。

 紹介が遅れたね。このおっさんの名前はヴィン。

外見はさっき言った通りで、何かと僕の世話をしてくれるいいおっさんなんだ。

こうして着替えの服を定期的ていきてきに持って来てくれるし、たまに食料を持って来てくれたりもする。

自分が生きていくだけで精一杯せいいっぱいのはずなのにこうして僕に親切にしてくれる。

 「少しは身なりにも気を付けろよ」。

耳の痛い話だ。ヴィンさんの説教せっきょうが始まると長いから話題を変えよう。

「ヴィンさん。今日の日付は?」

「今日は3の月18日目だ」。

決してくるまぎれの話題の変え方じゃない。ケージの中にいると日付と言う概念がいねんが無くなる。

何より僕は1年の大半を寝て過ごしているから余計に日付が分からなくなるんだ。自業自得じごうじとくだけどね…。

「もう3の月のなかばか…それなら、もうすぐだね。」

「あぁ。今年も大勢の平民がケージ送りになるんだろうぜ。」

 そう。3の月の最終日に一斉に【税】の徴収ちょうしゅうが行われる。そこで規定量きていりょうの納税が出来なかった平民は市民権を剥奪はくだつされ、下民として即刻そっこくケージ内に送られる。

「またさわがしくなるね、ここも。」

「そうだな。ケージ送りにされた人間の悲愴ひそうちた表情を見るのは、あまり気持ちいいもんじゃねぇからな。」


 ヴィンさんの言った事は毎年恒例まいとしこうれいとなっている。

このケージに来る者は皆、毎日毎日【税】を納めるために身をにして働いていた人達だ。

それでも納税が出来なければ容赦ようしゃなく下民に落とされる。

現実を受け止めケージ内でも生きようとする者、自ら命をつ者、ショックのあまり廃人はいじんの様になる者、精神がおかしくなる者、本当に様々だ。

だから【税】の徴収日ちょうしゅうびが近くなるとこのケージ内は結構静かになるんだ。

まるで嵐の前の静けさ、とでも言うかの様に。


 「毎年毎年相当な数の人間がここに送られてきてるよね?あと何年かしたら平民がいなくなって皇族おうぞくと貴族だけの国になるんじゃない?」

「貴族連中にとってはそっちの方がいいんじゃねぇか?最近妙さいきんみょううわさも聞くしな。」

「妙な噂?」

ヴィンさんは結構な情報通じょうほうつうでもある。何か知ってるのかも。

「いや、何でもねぇ。忘れてくれ。」

「そう言う気になる言い方するのやめてくれない?」

このおっさんいつもこうなの。

わざと気になる言い方して結局けっきょく教えてくれないって感じで。まぁいつもの事だから慣れたけど。

「あ!そういや大事な事を伝えるの忘れてた!」

話題変えたなこのおっさん。変にかしこくなってやがる。

「大事なことってなに?」

どうせ大したことではないだろう。魚が釣れなくなったとか明日から雨が降るとかそんなくだらない事だと思う。絶対。いつもそうだもん。

「最近お前の事を探し回ってる奴がいるらしいんだ。気を付けろよ?」

結構大した事だった。めずらしい。

「え?探し回ってるって何?気持ち悪いんだけど。」

本当に気持ち悪い。

「俺も知り合いから聞いた話なんだが、女が「ルービスと言う名前の人を知りませんか?」ってあちこちで聞き回ってるんだとよ。」

うわー。なんか面倒めんどうくさそう。

「ヴィンさん。僕しばらくかくれるから、たまに食料持って来てね。」

「隠れるってどこに?場所が分からんと食料持って行けねぇぞ?」

「いい場所見つかったら何かしらの方法使って知らせるからよろしく。」

「あいよ。でもあんまり行きにくい場所は勘弁かんべんしてくれや。」

いやとは言わないんだよねこの人。本当にいい人だな。

「分かってるよ。」

「んじゃまぁ、伝える事は伝えたぜ。知らせ待ってるからな。」そう言ってヴィンさんは手をりながら帰って行った。


 さて、それじゃ少ない荷物をまとめて身をかくすとしますか。

正直荷物と言うほどでもないが、自分の所持品しょじひんをボロボロのふくろんでいく。

そして「どこに隠れようかな?」なんて事を考えながら荷物をまとめ、早々そうそうにこの場を立ち去ることにした。

しかし…「ルービスさん!」背後はいごから僕を呼ぶ女性の声がした。

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