第78話 衛藤遥香の眼差し

 葛原飛鳥と星野桃子が不在となり、リーグ戦で窮地に立たされた空組。


 試合を放棄するかどうかで揉める中、衛藤遥香は出るべきだと主張し、自分で選んだ生徒を2時間で鍛え上げると宣言した。

 さらに空組のエースである歌川美咲を次の試合には出さないという。


 彼女の狙いを理解できず、緊張と不信感に空組が包まれる中、ハルは選んだ生徒を指名していく。


「まずは森本先輩。お願いします」


 おおっと声が上がる。

 つい最近まで寝たきりだった男がまさかの選出だ。


 森本は静かに頷き、さらにハルに頭を下げた。


「選んでくれてありがとう」


 その言葉に、おうよと拳を上げて応えるハル。


「で、次は野々村パイセン」


「お、俺!?」


 野々村俊輔。


 試合を放棄するべきだと強く訴えていた人だ。

 まさか自分が選ばれるとは思ってもいないし、そもそも戦いが得意でもない。

 いわゆる陰キャの部類に入る男で、身だしなみを整えようという気持ちがないため、髪はボサボサ、肌は荒れがち。


 学園リーグのような花のある舞台に自分はそぐわないと遠慮する。


「俺は無理だって。そういう柄じゃないから……」


 しかしハルは彼の言い分など聞きはしない。


「なあに言ってるんですか。近所のお子ちゃまが喜ぶような魔法のお城を作ってあげて一緒に遊んでおきながら」


 野々村の頬が赤くなる。


「なんでそれを……」


「ふふ」


 ハルは魔力に人一倍、いや、人三倍くらい、敏感である。

 野々村が近所の子供らのために自身の魔法を使って色々遊んでいるのはもうとっくに察知していたし、こっそり見に行ったりもしていた。

 公園で暇そうにしていた子供たちが、野々村がやってくると、狂喜乱舞して彼に駆け寄る。

 野々村は子供らのために魔法を使って砂の城を作ったり、大きな怪物を作ってヒーローごっこをさせる。

 

 野々村と子供たちの姿を遠目から見るのは彼女の楽しみでもあった。


「試合が始まったらパイセンには防御に徹してもらいます。鉄壁の要塞を作り上げるくらい、実は簡単でしょ?」

 

「君は……」


 野々村はハルの中に勝利へのプランがあることに気づいた。


「わかった。やるだけやってみる……」


 覚悟を決めた野々村に満足しながら、ハルは選抜メンバーを発表していく。


「次は鈴岡ちゃん、あんたに決めた」


「え、うち? なんで?」


 ハルに次いでサボりが多い鈴岡奈々は、自他共に認めるギャルである。


 入学当初は地味で真面目だったが、まわりのレベルが高すぎて絶望を感じ、すべてを諦めて、とにかく遊ぶことに決めた女だ。


 卒業さえすれば後はどうとでもなると考えている空組生徒の一人であり、彼女にとって授業とは睡眠の時間である。


「あたしはむりー。ここんところー、レガリアー、起動してないしー」


 戦いたくない一心でいちいち語尾を伸ばし、あたしは無能なギャルだからと訴えるが、ハルにはそんな見え透いた演技通用しない。 


「あなた、彼氏が別の女と一緒に歩いてるの遠くで見つけて、ふざけんなって超遠距離から魔法使って彼氏だけ気絶させたことあるでしょ。それを試合でもやって」


「……なな」


 なんでそれを知っていると脅える鈴岡。


「あんたストーカーなの? キモいんだけど……」


「まあ、そう言われても仕方ないけど、友達と悪者退治してたら偶然見つけちゃっただけよ……」


 遊びに命をかける鈴岡と、退屈しのぎにスエちゃんと世直ししてきたハルにとって、夜の町は主戦場。

 鈴岡は気づいていなかったが、実はふたりは何度もすれ違っていた。


「まあ、やれるっちゃ、やれるけど、いやかな。あたし忙しいしー」


「手伝ってくれたら、今度の魔法のテスト、あたしが全部何とかする」


「おっけー、私、頑張る」


 あっさり交渉は成立した。

 そばにいた美咲が聞き捨てならないと眉を震わせているが、ここは仕方ないと、ぐっとこらえている。


「さて、森本先輩に野々村パイセン、そんで鈴岡っち。これで三人ね。で、四人目は浪川くん。あんたよ」


 浪川六郎。

 この男だけ今までと反応が違った。


「その言葉を待ってたよ。遥香」


 神武学園伝統のリーグ戦に憧れ、すべてを賭けて入学してきたはいいが、根拠のない自信と、上級生相手にもズケズケものを言う性格が災いして居場所を失い、空組に流れてきた口だけ達者な1年生である。


 空組においても先の野球部との戦いで、求められてもいないのに長々と試合の講釈を続けるので皆に煙たがれていたが、本人はそれがわからない。


 自爆の連続でここまで落ちぶれたのに、今だ自分のことを野に潜む諸葛孔明の如しと勘違いし、いつか劉備玄徳のような英雄が迎えに来てくれると信じていた。


 彼にとってはまさにその瞬間がやって来たわけだが、


「浪川くんは人数合わせだから、特に何もしなくていいわ」


「おいおい遥香、どうしたってんだ!」


 それほど親密でないのに、名前で呼ばれることに露骨に嫌な顔をするハルだが、この浪川という男はそこらへんがくみ取れない。


「秘密兵器と言うことだな。まあいいだろう」


 勝手に決めつけて、満足そうに頷く。

 

「じゃ、そういうことで最後ね……」


 いよいよ最後の一人という段階になり、ハルは間を作ろうとすうっと息を吸った。

 

 サプライズ選出が続く中、いったい選ばれるのは誰だと皆がハルを見つめる。


「星野桃子で行く」


 その名を呼ばれるのを待っていたかのようなタイミングで、その桃子自身がドアを開いて入ってきた。

 彼女の後ろには不動大輔がいるが、伝説の浪人生をこの目で見た以上の衝撃を生徒に与えたのが、桃子の見た目だ。

 F1レーサーがつけるようなフルフェイスヘルメットをかぶっていたのである。


「レガリアが使えないので色々試したら、これが一番安定したのです」


 不動とタオの手により桃子の体を制御させるための改造が施されているようだが、フィルプロの研究所で作り上げたブリューゲルと比べたら、その場しのぎの感は否めない。

 おまけに神武の可愛らしい制服にフルフェイスのヘルメットという外見の異様さ。

 安い特撮ドラマの悪役みたいで、皆、言葉が出ない。

 

「ダメよ……!」


 美咲が青ざめた顔で桃子に近づく。


「せっかく戻してきた体がまた変になっちゃう」


 ブリューゲルにたどりつくまでの桃子の苦労を美咲はよく知っている。

 さらに下校中に突然スプレーを拭きかけられたのだ。

 そのショックも大きかろうと美咲は桃子を案じている。

 

「星野さんはダメ。私が出る。その方がいいでしょ」


 ハルに懇願しても、桃子自身が認めない。


「やられっぱなしでは自分が許せません。無念にも散った葛原氏の仇をとるためにも、私は試合に出ます」


 飛鳥は別に死んでいないが、そんなツッコミができないくらい、皆が桃子の気迫に押されていた。

 

「どこの誰の仕業かわかりませんが……、どんな嫌がらせをしたって私は絶対に負けんってことを見せてやりますよ! あんたらもそうでしょうが!」


 その一言は空組全体の流れを変えた。

 言葉には出さずとも、やってやるという空気が教室を熱くする。


 一人一人の顔を見て、イケると判断したハルは何度も頷くが、美咲はまだ不安そうにオロオロしている。


「歌川氏……。こういうときなんて言うか、あなたならわかるでしょ?」


 桃子の思わせぶりな問いかけに、美咲は呆れて溜息をつく。そこまで言われたら、もう言葉に出すしかない。


「そんな装備で大丈夫なの……?」


 ああ、言っちゃったよと悔しそうな美咲に桃子は力強く叫んだ。


「大丈夫だ、問題ないっ……!」


 その言葉にうおおと生徒達が拳を突き上げ、空組は一つにまとまる。


 選ばれた五人の生徒に皆が頑張れと声をかけて、場は壮行会のような前向きな空気に満ち満ちていく。

 そんな中、ハルはこっそり不動に近づいた。


「飛鳥ちゃんは?」


「目を覚ました。あの部屋にいる限りは問題ないが、ドがつくくらいへこんでるらしい」


「そう」


 冷静を装っているが、飛鳥のことを考えるだけでハルは怒りがわいてくる。

 ヘッドホンを盗んで粉々にした謎の襲撃者をぶち殺したくてしょうがないのだ。

 

 そのイメージをしただけで、その髪は逆立ち、瞳の色は赤から青、青から黒とコロコロ変わる。

 体に流れる魔力を押さえつけるだけでやっとの状態だ。


「来てくれたってことは、協力してくれるってことでいいのね?」


「ふたりとも大切な助手だからな」


 不動も不動で結構怒っている。

 きっとこれから彼の能力をフルに生かして犯人捜しをするだろうが、ひとまず彼はハルの依頼をこなすことに専念するつもりのようだ。


「つまら、あのふたりを鍛えればいいわけだろ」


 その視線の先には、ギャルの鈴岡と口だけ男の浪川がいた。

 ハルに選ばれて子供のようにはしゃぐふたりを不動は睨む。


「2時間の地獄を味わわせてやろう」

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